第4話 花蓮はまるで分かっちゃいない 鷹宮Side②
痛い思いをしていないだろうか?
とにかく俊昌、姫を守ってくれ。
俺が行くまで持ち堪えてくれ。
どうか、間に合ってくれ。
馬を三絃崇山の麓で止めると、俺は200人もの兵と一緒に夜の山を松明を持って花蓮を探して歩き回った。
仕留める猪13匹。
熊2頭。
だが、一晩中血眼になって山中を探し回っても、済々家の花蓮姫の姿は見つからなかった。
「本当に三弦崇山に入っていく姿を見たのだな?」
光基に何度も確認したが、確かにそういう報告だったと言う。
空が白白と開ける頃、宮殿から来た鳩も「済々家一の姫、いまだ姿見えず」の知らせのみ運んだだけだった。
もう、ダメだったのか?
崖から落ちたとか?
俺のせいだ。
頼む、どうか無事でいてく……。
「宮っ!」
血相を変えて転がるように頂上の方から駆け降りて来た第一専属五色の若者がいた。
「上の方に倒れてらっしゃる女人がいらっしゃいますっ!」
俺たちはその報告を聞いて、必死に山道を駆け上がった。途中で獣道になり、よくこんなところをと思ったが、確かに人が通った後があった。
鳥が爽やかに囀り、朝日が美しく山の頂を照らし、辺りが素晴らしい秋の朝を迎える中。花蓮はそこにいた。
落ち葉の上にひっくり返って、気持ちよさそうに眠っている姫を見つけたのだ。長い髪の毛が広がり、衣を布団のように広げ、だが、打掛はしどけなく広がっていたので、光基以外は後方に下がらせた。
見られたらたまらないだろうっ!?
近くによると、血色も良く眠っているようだ。
「うわっ!お前、ここで何をしている!」
俺が低い声で叫ぶと、パシッと花蓮は目を開けた。
おぉ、生きている!
よかったぁ……。
思わず泣きそうになった俺に、花蓮のやつ、掠れた声で叫んだ。
「曲者っ!何者じゃっ!」
「うわっ!酒くっ……さ。何が曲者じゃ。周りを見ろ!」
俺の言葉に花蓮は周りを見渡してやっと事態を悟ったようだ。
打掛やら何やら、全部広げていることに気づいた花蓮は慌てふためいて身を隠そうとした。
「こんな朝っぱらから山の中で呑気に寝ているとは、何をしているっ!?」
俺は安堵のあまり、一晩中探し回った結果、死をも覚悟していただけに、泣きたくなるぐらいに感極まって怒鳴ってしまった。
「な……何をとは。こっちのセリフですが。ど……どうしてこうなったのか、さっぱり」
花蓮は起き上がって、すぐそばの切り株に羽織を置いて枕にして寝ている侍女に駆け寄った。
「小袖っ!」
「姫様ぁ、もう飲めませぬ……」
舌打ちしたくなる程間抜けな侍女の声がした。すると、花蓮は周りを見渡して叫んだ。
「まさとしーっ!」
昌俊は熊のような巨体だ。彼はぐうぐうといびきをかいて近くの木にもたれて寝ていた。
「昌俊っ!起きなさいっ!辺りを見てください」
花蓮は必死に昌俊を起こそうとした。
「薬だな」
俺は何が起きたか、だいだい分かった。
「あんたら、薬を盛られたんだ。よくこの状態で無事だったな。ったく悪運が強いとしか言いようがないな」
まったく、本当に無事でよかったぁ。
これで花蓮に何かあったら。
俺生きていけない。
「あの……若様はここで何をされていたの……」
花蓮に訝しげな顔で疑問を口に出されたので、俺はすかさず答えた。
「狩じゃっ!」
まさか一晩中、血眼になって花蓮を探していたとは言えない。誤魔化そうとして必死にしゃべった。顔が赤くなる。
「せっかく爽やかな朝に猪狩りにでもと朝早くから出てくれば、こんな所で呑気にたぬきのように寝ておるお主らを見つけて不快極まりないっ!酒臭いし、よー無事にこんな所で無傷でおったな!?」
バレたくなくて喧嘩腰になってしまった。
本当に無事でよかったな。
花蓮は頭を下げようと思ったらしいが、一点を見つめて固まった。
な、なんだよ。
何を考えている?
俺の顔を凝視している。
おぉ、思い出したか?
ついに?
俺が助けたことを……?
うん?どうだ?
「どこかでお会いしましたか?」
っなんだよっ!
結局、覚えていないのかよ。
もー、俺は何を期待しているんだ?
俺は一瞬でも期待した自分が恥ずかしくなった。顔が火照る。
「な……ないっ!」
イライラと否定した。
だが、次の瞬間、花蓮は袂から短剣を取り出して、血相を変えて走って来た。
なっ!なんだ?
「これ敵!そなたの不埒な振る舞い、見過ごすわけにはいかないっ!」
花蓮の不意打ちを見て、後ろの黒装束を来た宮第一専属五色の者たちが俺の前に突進してきた。俺はさっと左手をあげて、止まれの指令を出して花蓮の短剣を取り上げた。
花蓮は酒が残っているようで、よろよろとしか走れなかった。俺は花蓮を抱き抱えた。一瞬のことだ。
唇がくっつくほど彼に接近した。
その瞬間、一瞬、俺は嬉しくてふっと笑ってしまった。
無事でよかった。
花蓮、俺は嬉しいぞ。
「髪に葉っぱが付いている、姫。それに酒臭い!そんなに昨晩のお酒は美味しかったか?」
俺の言葉を聞いて、腕の中の花蓮は完全に意識を失った。
「姫さまっ!」
「ひめーっ!」
侍女と熊のような昌俊の絶叫が響く中で、俺の腕の中で落ち葉を髪につけた姫は気を失った。
無事でよかった。
俺は一晩中探し回った山のてっぺんで、奇跡的に済々家の一の姫、花蓮を見つけることができた。
だが、花蓮は事態をまるでわかっちゃいない。
済々の家の一の姫の入内は、俺が頭で何度も思い描いていたのと全く違う、予期せぬ展開となった。
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