第15話 ずっとずっと好きだった。今も大好きなんだ、花蓮
白魚のような手で琴を弾き、そこはかとない色気を醸し出していた冥々の
でも、今の璃音姫は違った。
なんだろう……?
気のせいかもしれないけれど……。
明らかに鷹宮と競おうとしていたように見えた。
それにしても。
普段のあのあざとさは全て計算だったということ……?
うわー。
強者だ……。
璃音姫が後を追ってきそうで、私は青桃菊棟を振り向いた。
一つだけ違う動機で私を許さないと思っている姫がいるのかもしれないということだ。
美梨の君。
璃音姫。
男装が趣味の蓬々の家の三の姫。
甘ったるい愛嬌を振り撒いている姫の姿は、完全にかりそめの姿だ。
だが、一つだけはっきりと思うことがある。あの様子では、鷹宮と私が合体の儀をする前に
美梨の君に私を排除する理由が見つからないのだ。
猪と熊のいる山中に酒に薬を混ぜて誘い込む?
いや、彼女は違うと思う……。
距離で言えば、あの猪がたくさんいる
だが、そのことだけで茉莉姫に対して疑いをかけるには不十分だろう。誰かがわざと冥々の家に嫌疑をかけるために謀ったことかもしれないのだ。
第一容疑者は今世最高美女の邑珠姫。
第二容疑者は美貌と気立の塩梅が絶妙な茉莉姫。
こうなるってこと?
うーん、怖い……。
璃音姫含めて青桃菊棟に部屋を構える夜々、冥々、蓬々の家々は、鷹宮の通達をしかと受け止めたはずだ。
済々の家第一の姫の私に何かあれば、残り31人の入内は取り消され、妃候補失格とするというあの強烈な通告だ。
何より、声にならないどよめきと慌てっぷりがそれぞれの家の受けた衝撃を物語っていた。
鷹宮に恋をしている邑珠姫と茉莉姫は、第二妃の座を狙うはずだ。
あー、罪な男だ……。
私は隣に立つ鷹宮の美しい顔を眺めた。
「俺のこと思い出した?」
鷹宮が私を静かに見つめて言った。ま横に立ち、流し目で私の顔を見つめている。
うぅっ。
なんて妖艶な……。
それにしても……。
あの昔の鷹が、鷹宮さまなの?
目の前のこの美しい若君なの?
私は正直ドギマギしてしまって、体が妙にソワソワしてしまった。
「ずっと好きだったんだ……」
えぇっ!?
そんな……っ。
昔からってこと……?
なんだかじわっと胸の奥が熱くなる……。
「さ、さ……最初から私の事を覚えていて、済々の家にご連絡をされましたか?ま……まさかとは思うのですが……入内の運びがいささか急でありましたので……?」
私はまさかと思うことを聞いた。
まさかっ!
ないないってば。
いくらなんでもそんなことは……っ。
私、ばかな事を考えちゃだめ!
だが、鷹宮にあっさり肯定された。
「そうだけど?俺は花蓮のことが忘れられなくて……だから、済々の家の姫の入内を命令した」
鷹宮は私の肩を抱きよせた。
「まあ、周囲は反対したがな。俺は花蓮に最初から決めていた。これは昔からのしきたりで、とにかく素晴らしい姫君から選ぶと言う掟だから、第1候補から第31候補までは、俺の意思は反映されていない。俺の意志は第32候補だけだ。花蓮だけ」
そっか。
そっか。
えっ!
やっぱり、私は宮家の中では周囲からも認められるように、傷物姫だから……。
だから誰も私を選ばず、候補外だったと。
鷹宮が選んでくれなきゃ、入内なんて無理だったってこと。
って、ちょっと悲しい。
でも、嬉しい……。
あーん、複雑だ……。
鷹宮はすっと私の両頬を両手で包み、私の目を覗き込んだ。
透き通った綺麗な瞳……。
鷹の瞳?
私を見つめる目が特別な煌めきを宿しているようだった。
「ずっとずっと好きだった。今も大好きなんだ、花蓮」
私は唇をまた奪われた。
そんなセリフを言われたら……。
なんか勘違いしちゃう……。
「俺じゃだめか?」
私の唇を奪った鷹宮は、美しい顔を真剣な表情にして私に聞いた。声が掠れていてハスキーだ。彼の本音で心の声だと、なぜかその時思った。
本音……?
心から?
ずっと宮は本音で言っていた……?
私は思わず伸び上がった。つま先立ちになり、鷹宮の肩につかまって伸びだち、鷹宮の唇に口づけを返した。
「だめじゃないです……」
そもそも私に拒否権はない。
そのつもりで入内したのだ。
でも、この展開は想定外。
だって、私は傷物……。
私は鷹宮にふわりと抱き寄せられた。
鷹宮の胸の鼓動が聞こえた。
耳元で鷹宮の低い声がした。
「今晩はずっと離さない」
私は弾かれたように鷹宮の両胸を押そうとした。
やっ!
急に……?
恥ずかしいっ!
「ダメだ」
鷹宮は私の体を抱きしめたまま、びくともしなかった。
「ダメじゃないんだろ?」
だめじゃないです……。
傷物の私を鷹がずっと好きだったなんて。
嬉しい……。
初めて、事態を悟った私はふわふわとして、とろけそうな心地だった。
「鷹宮さま……」
私たちは、前庭に咲く黄色い菊の前で、赤く紅葉した葉がはらりはらりと落ちてくる中でしっかりと抱き合っていた。
金木犀の香りだ。
でも、鷹宮の男らしい香りもほのかにする。
夢心地だ……。
「はいはいはい!」
凛々しい若者に、突然、私たち2人は乱暴に引き離された。
「美梨っ!?」
鷹宮がハッとした表情で、鮮やかな青い衣を纏った若君に鋭く叫んだ。高価な絹で仕立てられた衣は、凛々しい若君の顔をよく引きたてていた。
髪を後ろに結んで男装した璃音姫に、私は唖然としてしまった。
えっ!
めちゃくちゃ美男子なんですが……。
凛々しいのにどこか愛嬌のある顔立ちは、子供の頃によく遊んだ美梨の君を彷彿するものだった。
「よっ、花蓮。鷹に溺れるな」
美梨の君は私に快活に言った。
「な……何を言っている?」
鷹宮はタジタジとなっていた。
「要はあれだろ?花蓮の命が狙われたから、31人の姫の中から犯人を洗い出そうって魂胆だろ?」
美梨の君は私たち2人の顔を見て、何でもないことのように言った。笑っているが、何だか迫力があって少し怖い。
「待てっ!美梨、叔母上に叱られるぞ?お前は今、蓬々の家を背負っている三の姫だろう。お前から、璃音は俺の妃になりたいと申し出たはずだ」
「あぁ、それは本音だ。だが、花蓮をお前が手にするのは絶対に許さん」
2人の美形男子同士の言い争いに、私はぽかんとしていた。
「な……なぜだっ!」
鷹宮はムキになっていた。顔が赤く紅潮し、美しい瞳がギリギリと光っている。
「鷹には100年早いっ!お前には今世最高美女とかがお似合いだよ」
美梨の君は言い放った。
この格好をすると、関係性は完全に美梨の君と鷹に戻っている。
「いや、俺は花蓮が良いのだ」
「じゃあ、花蓮がお前を選んだのか?」
美梨の君の言葉に、鷹宮はグッと言葉を飲み込んだ。一瞬、悔しそうに斜め上を眺めた。
「さっき……だめじゃないと言ってくれた」
鷹宮はぼそっと言った。力が無い。
「うーん、弱いな。ハハっ!」
高笑いをした美梨の君は、腕組みをして私たち2人を見つめて笑った。
「俺も犯人探しを手伝う。同行してやるよ」
「何もお前にそんなことは頼んでないっ!」
「いやぁ、俺がいた方が動きやすいぞ?」
この美梨の君は本当に男子では?
子供の頃は完全に男の子だったと思う。
いきなり璃音姫だと言われて、びっくりしたが、今の姿の方が違和感がない。
あのあざとさを振り撒く感じにはイライラさせられたから……。
でも、きっとわざとだ。
「花蓮、いいな?」
私に上から目線で言った美梨の君に、私は子供の頃からの流れのまま、こくんと頷いてしまった。
「いいんだな?」
「はい……」
私は返事をした。
「ほらぁ、花蓮がいいってさぁ」
誇らしげに鷹宮に言う美梨の君は、嬉しそうに笑った。今日一番の笑顔だ。花が咲いたように艶やかな表情だった。
「行くぞ、次は第4位から第6位の姫君たちに会うために白蘭梅棟だろ?行こうぜ」
美梨の君は私の腕をとり、さっさと歩き始めた。手を絡め取られ、私はドキっとしてしまった。
「こらっ!気軽に花蓮に触れるなっ!」
鷹宮は慌てて私たちの後を追ってきた。
「花蓮さまぁっ!」
小袖と芳乃が叫ぶようにして走ってくるのが見えた。車を使わずに、後宮から前宮走ってきたようだ。
侍女だけでは車を使えないから……。
顔を真っ赤に紅潮させて汗だくの2人を見た私は、立ち止まろうとした。すかさず鷹宮はバシッと美梨の君と私の間に入り、私の手を取った。瞬時に鷹宮は私と手を繋いだ。
「俺のことダメじゃないんだろ?」
耳元で囁かれて、真っ赤になった私。
白蘭梅棟に行く道中、鷹宮は決して私の手を離さなかった。
私の入内は予期せぬ展開になったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます