第17話 私が花蓮を愛してやまない事を知っていたのは
「一昨日の夜、確かに紫央の酒は出ていなかったな……」
記憶を探るように、鷹宮が目をつぶったまま小さくつぶやくのが聞こえた。
「壺いっぱいの酒……?爛々の家はどのくらいの量を皇帝に献上したんだ?」
「2升ぽっきりでございます」
鷹宮の眉が眉間の皺と重なるほどぐっと深く刻まれ、険しい表情になった。
優琳姫は声をひそめて囁くような鋭い声で言った。
「時の最高権力者の皇帝だけが持つ紫央となりますわ。5年前に醸造された紫央なのか……いえ、紫央の飲める期間はもっても1年ほどでございますから。それ以上のものを飲んで生き残れるはずがございません!使われたのは、今年醸造されたもののはずです」
怖い……。
なんで私を消そうとするのが、皇帝?
震える……。
狼狽する私は皇帝に献上された紫央が全て使いきられたと悟った。
だって、私も小袖も昌俊も、壺いっぱいの酒を飲み干して、山でひっくり返っていたのだから。
私たちは生きている……。
今年の紫央に違いないってことは、皇帝が事故に見せかけて、私を殺そうとした?
いやー。
そんなことって。
震える……。
優琳は賢いようだ。鷹宮の毒気はすっかり抜けて、彼女の言葉に真剣に耳を傾け始めていた。
「時の最高権力者である皇帝だけが保有する酒が犯行に使われたと言うことか」
鷹宮は私をチラッと見た。
「お聞かせいただきたいのは、どなたが、済々の姫を入内させることを把握していたのか?と言うことでございますわ」
優琳姫は詰めてきた。
「私たちは全員、済々の花蓮さまを傷物と蔑んでおりましたわ。失礼な事を申し上げますが、重要な点でございます。わたくしたちにとって、花蓮様は論外。決して鷹宮様に選ばれることのない姫様が入内したのはなぜ?と鼻で笑っておりました。鷹宮様が花蓮様を、選ぶことを予想できた方が犯人ですわ」
ぐっさぐっさと真実を言う優琳姫。
たわわな果実は得意げに鷹宮の目線すぐ下で揺れている。
そうなのよ。
事は私が妃に選ばれる前に起きたのよ……。
鷹宮が私に好きだって言ってくれる前に。
私は一瞬だけ、あの幸せな瞬間を思い出して体が浮き上がりそうになった。
だが、鷹宮の次の言葉で、頭が真っ白になった。
「私が花蓮を愛してやまない事を知っていたのは、皇帝、美梨の君、選抜の儀の吏部尚書を担当する
展開が怖い。
ゾッとする。
皇帝が犯人の可能性があるというの?
美梨の君に動機はないと思う。
芦杏は夜々の家に縁がある末夜の家の者だ。
誰かが皇帝に献上した酒を使って、私を猪と熊だらけの山に誘い出した?
「紫央が蔵に置いてあったかどうか、だな。」
銀子蔵、磁器蔵などと内務府には蔵がいくつもある。
酒蔵、絹蔵、衣蔵、皮蔵、茶蔵、米蔵……。
紫央はどこにしまわれていて、誰が持ちだせた?
「わたくし、なんだか心臓がドキドキしてきましたわ……」
顔を青ざめて、不安げに目尻を下げた優琳姫に、美梨の君が優しく声をかけた。
「ほう?今宵、酒でもいかがでしょう。わたくしが悩みをお聞きしますよ。爛々の酒蔵の酒をいただきながら、どうですか」
優琳姫は目を丸くした。まじまじと美梨の君を見つめている。
間近で見ると、優琳姫の瞳が美形の美梨の君にうっとりするのが手に取るように分かった。
「美梨っ!」
慌てたように鷹宮が止めようとした。
え?
どういう展開?
「わたくしの悩みを聞いてくださるのですか。では、今宵、月を一緒に見ながら、我が酒蔵のお酒を飲みましょうか。琴を弾きますわ」
豊満な体を揺らして、胸を弾ませているのがありありと分かる優琳姫は可愛らしい顔を緩めた。
うんざりしたような、イラッとしたような表情で鷹宮は美梨の君を見たが、何も言わずにむすっとしていた。
「では、失礼した。他の姫のところに挨拶に参るので。これで」
鷹宮はすっと立ち上がり、私の方に手を差し伸べた。
私の手を握る鷹宮の手は、温かかった。
時の最高権力者である皇帝は、どちらの線でも有力な容疑者になった。
鷹宮が周囲の反対を押し切ってまで私の入内を望んで、こうなる事を予測できた3人のうちの1人。
他に存在しない幻の酒、紫央を持っていた人。
いやーんっ。
怖い……。
「相手が誰であっても俺が守るから。たとえ父上が相手だとしてもだ」
鷹宮は私の耳元でささやいた。
鷹宮の透き通るような綺麗な瞳は真剣だった。超絶美形なお顔が熱を帯びて私に迫ってきて、口付けをされた。
私の入内は予期せぬ展開になったようだ。
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