第24話 花蓮のそばにいると、心が安らぐんだ

 昌俊が持ってきた手紙を見て、鷹宮はしばらく固まっていた。



「花蓮の済々の父上には、外祖父になっていただく。つまり、俺と花蓮の子が未来の皇帝になり、その祖父になるということだ」



 涙を煌めかせた瞳で、鷹宮は私を見つめてそう言った。


 その言葉を聞いた昌俊は手を震わせ、感動した面持ちになった。小袖も両手を振り絞るように握りしめて、パァっと顔を明るくさせて笑顔になった。



 私と鷹宮の子……?

 飛躍し過ぎて、恥ずかしいような、身が引き締まるような、ふわふわしてしまう……。



「小袖、花蓮の支度を急ぎなさい。皇帝にこれから会う」



 鷹宮が小袖に言い、小袖は勢いよくうなずいた。



 ひいっ!

 なんて格好を私はしているのでしょう……?


 しっかりしなさいっ、私!



 私は湯殿から飛び出してきた自分の薄着を恥じた。

 

 小袖の後ろには、吉乃が険しい顔で羽織を持って控えている。吉乃の後ろにいる女官たちも心なしか顔が引き攣って見えた。


 はい……。

 私がいけないです……。



「春の宮の主たる御自覚をっ!」


 

 吉乃に小声で叱責された。


 吉乃と小袖にその場で立派な刺繍が施された暖かい羽織を羽織らされ、女官たちにものすごい速さで髪を結われた。



光基みつき



 鷹宮が背後に声をかけると、五色の衣を着た若い男性がスッと姿を現した。



芦杏ろあんの自宅を家宅捜索せよ。徹底的にやってくれ。これから俺は花蓮と共に皇帝に会いに行く」



 光基という男性がうなずいて姿を消すと、片手をどこかに向かって振った鷹宮は、そのまま私の手を引いてズンズンと歩き始めた。



 その後を小袖と昌俊が追ってくるが、気づくと、いつの間にか周囲を五色の兵によって守られるようにして進んでいた。



 な……何なの?

 

 この厳重警戒は何を意味しているの?

 時じいさんの手紙が何なの……?



 私は鷹宮に手を引かれたまま、歩き続けた。



「あの……少しお腹が空いているのですが、今から皇帝にお会いするのでしょうか?」



 私は緊張のあまり、鷹宮に消え入りそうな声で声をかけた。



「これをあげよう」



 鷹宮は美しい顔をニヤッとした笑顔で崩し、懐から紙に包んだ月餅をくれた。



 

 あっ!

 大好きな月餅!



「花蓮は子供の頃から、好きだったろう?」

「ありがとうございます」



 私と鷹宮はまるで11歳くらいの子供のように、歩きながら月餅を頬張って歩いた。



 かつてと何も変わらず、私が知っていた鷹が隣に一緒にいてくれると思った。ここに美梨の君がいたら、私たちはまるで済々の家の庭で遊んでいた3人の子供の頃に戻ったようだろう。


 

 妃選びは、それぞれの家にとっては家や子孫の未来を懸けた真剣勝負だ。権力欲しさに皇帝や皇子の心を操る歴史が繰り返されれる。



 当事者にとっては命懸けと言っても過言ではない。



「教えてください。私のどこがそんなによかったのですか?」



 私は皇帝に会う前にどうしても鷹宮に聞いておきたかった。



「子供の頃からずっと好きだったとおっしゃってくれました。鷹は私のどこを好いてくれたのでしょう?」

 


 鷹宮は私の手をギュッと握り、耳元で囁いた。



「正直なところ。花蓮は美味しいものを美味しいと言い、たくさん食べて、自分の気持ちに素直に行動できる姫だ。時じいを助けたのも、花蓮だからだろ?俺はそんな花蓮のそばにいると、心が安らぐんだ」



 美梨の君のそばで従者のようにいた鷹が、数年のうちにこれほど凛々しく美しく、激しい性格をも持つ若者になるとは……想像もしたことがなかった。



 どきん、どきん、どきん。


 私の胸の鼓動が響く。


 隣にいる鷹宮の温かさに溶けてしまいそうだ。



 私たちが歩いていく先には皇帝が待っている。


 現実感のない、妃選抜の儀を経て、私が鷹宮の妃になる。



 それには、私は覚悟を決めなければならない。


 うわっついた気持ちでは務まらない大役を担うのだ。



 やがて、鷹宮が皇帝に即位した暁には、四千人と呼ばれる後宮の主人になるのだから。


 

 できそうにもない……。

 私にできるのかしら?



 私は浮かれた恋心だけでは務まらない大役を与えられることに、震えてしまった。



「大丈夫だから。俺がついているから」



 鷹宮は私を見て微笑んだ。


 昨日までの鷹宮とは随分変わり、言葉がかなり甘くなっている。



 これが本来の鷹宮の姿なのだろうか?

 慣れない心臓の鼓動にびっくりしてしまう。



 内宮の一角で足を止めた鷹宮は、扉の前に控えている宦官にうなずいた。



 扉がサッと開き、「鷹宮さまと花蓮さまがお越しです」と高らかに告げられた。



 私はギュッと鷹宮に手を握られて、部屋に入った。すぐさま人払いがされて、部屋の中には皇帝と鷹宮と私だけになった。

 


「こちらが、2年前に花蓮が助けた老人からもらった手紙です」



 鷹宮が皇帝に手紙を渡した。


 皇帝は蝋燭の灯りの上に紙を置いた。文字がうっすらと浮かび上がり、私はその文字を見て、腰を抜かしそうになった。



 な……何なのっ!?

 秘密の暗号? 



「時鷹は済々の花蓮姫に助けられたし。無事。芦杏ろあんに殺されかけた。鶯、一、二、六、八」


 

 ブルブル震える手で手紙に浮かび上がった文字を見た皇帝は、鷹宮と私にその文字を見せてくれた。



「時鷹とは、先の皇帝の名前だ。俺の祖父だ。筆跡も間違いない。暗号も合っている」



 鷹宮の言葉に、私は驚きのあまりへなへなと床に座り込んだ。



「先の皇帝?時じいが?」  



 呆然として事態が飲み込めない私の両手を、床にへたり込む私に合わせてひざまずいた皇帝が握りしめて、泣いた。



「我が息子の嫁になってくれて、本当にありがとう!私の父を救ってくれたこと、一生感謝しかない!」



 ブンブンと両手を振こられて、皇帝に泣かれて、鷹宮にも泣かれて、私は困惑した。



「これは、危機を知らせる暗号で、ここに隠れているという位置を示すものだ」



 白河に秘密の隠れ家があり、そこにいるらしいと鷹宮はそっと耳打ちしてくれた。



「時のお方をお迎えしよう」



 皇帝が私と鷹宮に力強く言った。


 えっ!

 どういう意味?


 時じいを皇帝は連れてくるのだろうか。


 亡くなったはずの先の皇帝は生きていたということになる。


 皇帝暗殺事件を目撃した私。

 聞けば聞くほど、私の命は風前の灯だったのだと悟った。




 私の入内は予期せぬ展開になったようだ。

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