第7話 提案と条件
『燕ちゃんのこと、あまり怒らないであげてくださいね』
五時間目の休み時間。佐鳥さんからメッセージがきた。
自分の心配より友達の心配とは。
さっき冷たくしたのに、よくこんなメッセージを……。
先程の件で少し俺は困惑していた。
自分には痛む心があったのだと。
自分を気遣ってくれる相手を蔑ろにすることは想像以上に堪えたみたいだった。
『ああ。佐鳥さんにもごめん。さっきは言いすぎた』
『私は気にしていませんよ。黒川くんは元々優しい人だって知ってますから』
彼女は理解できてないんだ。
俺がこじられぼっち陰キャだということを。
今だって彼女の好意を素直に受け取れず、自分から遠ざけようとしている。
俺じゃない他の人なら、すぐに好意を受け取ってもっと先に進展しているだろうか。
でも今の自分は周りの目を気にして、それ以上に佐鳥さんが俺と関わることでの悪影響が心配なんだ。
でも、今日だけでも、素直に──、
『ありがとう』
彼女の褒め言葉を受け取っておこう。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
「おはようございます、黒川くん」
またもやエプロンの天使がいた。
新妻かと思うほどエプロンが似合っていて、ため息をつきたくなる。
「おはよう佐鳥さん」
「──っ、今日はなんだか穏やかですね」
俺が普通に挨拶してくれたことが嬉しいのか、佐鳥さんは笑顔でそう返した。
昨日のことがあり、俺は少しだけ彼女を受け入れることにした。
人の辛い顔を見るのは苦手らしいからな、俺は。
しばらくして、朝食の用意ができ、両親と共にまた四人で食事をスタートさせた。
「今日もすまないね、佐鳥さん」
「いいえ。私がしたくてやってることですから」
父さんが佐鳥さんにお礼を言う。
ただ、その言い方は違うだろ父さん。
あんたのために朝食を作ってるんじゃない。俺のために作ってくれて、でも一人分だけ作るなんてことができるわけもないから作ってるんだ。
おそらく一人も二人も変わりませんよ、と彼女は言うと思うが、ずっと両親の分まで作るのは違うと思う。
「佐鳥さん、食事終わったら部屋来てもらえる?」
「ひゃうっ。……はい。わかりました」
耳打ちしたからか、佐鳥さんが首を引っ込めて反応した。
耳、弱いのか?
◇ ◇ ◇
朝食後、言っていた通りに佐鳥さんを部屋に呼んだ。
なんの話だろう、と不思議そうに思っている顔をした佐鳥さん。とりあえずテーブル前に座ってもらうと、俺から話し始めた。
「佐鳥さんは、俺に恩を感じて朝ご飯とかお弁当作ってくれてるんだよね?」
自分で言うのもおこがましいが、はっきりさせておかなくてはいけない。
「はい。私なりの恩の返し方です。まだまだ返しきれていないです」
当たりどころによっては命に関わるかもしれない事故だったからな。当然か。
「俺は十分恩を返してもらってると思ってる。だから、朝食を作ってくれるのをやめてほしいんだ。これは嫌だからじゃない。俺の両親の分まで作るのは何か違うと思ってるんだ」
「……ご迷惑をおかけしたのは黒川くんだけじゃないと思っています。ご両親にも迷惑がかかったでしょう。ですから私はその分の償いもあると思っています」
そっちかあ。自分のことばかりで両親の迷惑まで考えていられなかった。
これは俺が反省だな。
「そうか、そうだよな。頭が回っていなかった。なら、他のことにしないか? 朝食も弁当もだ」
すると佐鳥さんは少し「ん〜」と可愛く唸りながら考え込んだ。
しばらくそうしていると、答えが出たようで俺の方を向いた。
「なら、毎日お昼ご飯をご一緒するのはどうでしょうか? これは恩とは少し違うのですが、黒川くんと交流して仲良くなりたいんです」
普通の人なら大喜びするくらいに嬉しい提案だ。
そしてこの提案は、朝食も弁当もないという意味になる。
条件付きなら……良いだろうか。だから少し俺は考えて、
「誰にも見られない場所で、二人きりなら……」
二人きりと言ったのは変な意味ではない。
他の人に見られると絶対に噂になるからだ。
「本当ですか! すごい進歩です!」
両手を胸の前に置いて可愛い仕草をしながら喜ぶ佐鳥さん。
進歩という言い方が気になったが、気にしないでおこう。
「うん。あの小森さんは少し苦手だし、あと毎日ってのは互いの予定がない時な。俺だって一人になりたい時もある」
「わかりました! 燕ちゃんの件は残念ですけど……黒川くんとお昼を一緒にできるなら……!」
「でも友達に嫌われるようなことはしないで欲しい。俺と一緒に昼食を食べることで、何かが制限させるっていうなら、ちゃんと相談してくれ」
「……はい。黒川くんは本当に優しいです」
過大評価だよ。
優しいのは佐鳥さん、君だ。
本当に不思議な人だ。
こうして、俺と佐鳥さんのお昼休みの逢瀬が始まった。
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