第9話 当て馬
「悠くん……悠くん……」
お昼休みの時、黒川悠くんとお互いに名前呼びすることになりました。
『飛鳥』
そう呼ばれた時、胸の奥が熱くなるような感覚になって……。
ここまで人に心を搔き回されたことはあったでしょうか。
嬉しくて嬉しくて、どうしようもない気持ちになっていました。
「また、明日も……」
黒川くんとお昼を一緒に過ごせるんだと。
今までと変わりない学校生活。高校に入れば何かが変わると思っていましたが、中学と変わりませんでした。
毎月のように何人もの男子生徒に呼び出され、私の性格上、呼び出されたらちゃんとその場所に行かなければいけないと思い、その場に向かいました。
話したこともない相手。
告白されても、何も感情が動きませんでした。
ある時には、告白するのではなく、私と会いたいがためだけの呼び出しも混じっていて……少し、心が痛みました。
人を呼び出して、会うだけで、何が楽しいのだろうと。
なんでそんなに、自分よがりになれるのだろうと。
だからでしょうか。
高校に入ってからは男子生徒と話すことすら、極力しなくなったのは。
でも、彼は違いました。
私とは無理に話そうとはせず、逆に遠ざけられて。
私の知っている男子とは全てが真逆だった彼に、私はどこか希望を見出していたんだと思います。
事故から庇ってくれた優しさだけが彼の魅力じゃない。
私の知っている男子が持っていないものを彼は持っている。だから私は彼に惹かれているんだと——。
◇ ◇ ◇
翌日。今日は金曜日だったため、明日は学校はお休み。
だからなのか、私は休み時間に色々と誘われていました。
「ねえねえ佐鳥さんっ! 今日カラオケに行かない? それかカフェでも良いっ!」
燕ちゃんではない、クラスメイトの女子からの誘い。
たまに話すがそれほど仲良くはない。そんな女子生徒からの誘いでした。
「燕ちゃんは?」
「ごめんっ。私今日部活があって……」
燕ちゃんは部活に所属しているため、放課後はなかなか一緒に過ごせない。
それでも最初に仲良くなれたのは彼女で、そして、土日も数回遊んだ仲になりました。
「ええと……燕ちゃんが行かないなら私は——」
「お願いっ。佐鳥さんと仲良くなりたいのっ……どうかな?」
私は悩んだ。
この子は以前にも何度か私を誘ってくれていてる。仲良くなろうとはしてくれてはいるけど、燕ちゃんとは違う印象を抱いていました。
私を見ているのではなく、何か別のものを見ているような、そんな心が透けて見える感じがしています。
でも、クラスメイトでもあるので、私だって仲良くしたい気持ちはありました。
「なら……ひとまず今日だけなら……」
「えっ、本当!? すっごい嬉しいっ!!」
私は彼女の誘いに乗ることにしました。
「——という話がありまして……今日の放課後、その子とカラオケに行くことになって……」
「へえ、俺には縁のない話だな。それにしても大丈夫か?」
お昼休み。今日も私は旧校舎で悠くんと一緒にお昼を過ごしていました。
彼の手元には彼の母のお弁当。私が作ったものではないことが、少しだけ悔しいけど、これは普通のことで……。
「大丈夫、とはどういった意味ですか?」
「いや……飛鳥は歌下手だろ?」
「な、なんですかそれはっ!?」
悠くんはたまに酷いことを平然と言います。
私だって怒る心は持っているし、傷つくことだってあります。
でも、彼のこういう言葉は、なぜか嫌ではなくて……。
「最初にあのベンチで一緒に飯食べた時に鼻歌歌ってたじゃん。すっごく下手だったよ」
「うう、嘘です! 私が歌が下手だなんて!」
「カラオケ行ったことはあるのか?」
「ない、ですけど……」
「ふーん」
悠くんは私を訝しむような目で見てきました。
私って、歌が下手だったんですか? 今まで誰も言ってくれませんでした。
というか、中学校では音楽の授業ではちゃんと評定が上だったはずなのに……。
学校で歌う歌とその他の歌では違うのでしょうか。
「じゃあ、今日でうまいか下手かよくわかるな」
「ぜ、絶対に下手ではないこと、証明します!」
「はは、後で感想聞かせてくれ」
悠くん。見ていてください。
私の華麗なる天才的な歌唱力を……!
◇ ◇ ◇
放課後、その女子生徒と二人で学校の最寄り駅であるカラオケ店にやってきました。
「遠藤で予約してると思うんですけど」
「はい。遠藤様ですね。十七番のお部屋になります」
カラオケ店の受付でその女子生徒が予約名を伝え、中に通されました。
あれ……遠藤って誰のことでしょうか。
だってこの女子生徒の名前は『深沢由利』。遠藤とは……。
最近はプライバシーを大切にしている人も多くなっているので、カラオケ店では偽名を使うのが普通なのかなと思いつつ、私は深沢さんについていきました。
そうして入った十七番の部屋。
「よーう由利ちゃんっ。待ってたぜ」
「俊介っ! あ、他の皆も」
「うっす」
「おっ! もしかしてその子が!」
見知らぬ男の人が三名いました。
「————え?」
何が起きているのか、私にはよくわかりませんでした。
「そうそう。この子が佐鳥飛鳥ちゃん。すっごく可愛いでしょっ。優しくしてあげてねっ」
「あぁ……もちろんだぜ」
「えっ……あっ……この人たちは……?」
「え、言わなかったっけ? 私の友達だよっ。カラオケだもん二人じゃつまらないでしょ。だから誘ったの」
「そんなの聞いていません……私、男の人は……」
「なーに言ってるのっ。ここまで来たんじゃんっ。楽しんでいこっ」
「ぁ——」
私は無理やり部屋に入れられてしまいました。
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇ飛鳥ちゃん。今彼氏はいないんだよね?」
「…………いません」
「そうなんだ。なら俺、立候補しちゃおっかなぁ〜〜なんて。はははっ」
近い……近いです。
見知らぬ男の人は制服姿で。恐らく他校の生徒だとわかります。
その男子生徒は、気持ちの悪いことにぴったりと私にくっつくように近づき、そして軽い言葉を吐きます。
しかも勝手に私の名前を呼んで……。その名前は彼が、彼だけに呼ばれたいのに……。
怖い怖い怖い怖い。
私はずっと鳥肌が立っていました。
深沢さんは私の向かいの席に座っており、二人の男子生徒と仲よさげに話していました。
部屋に入ってから、一度も歌は歌っていません。
ただ、目の前にあるドリンクを飲みながら会話しているだけ。
本当に意味がわかりませんでした。
「佐鳥さーん、楽しんでるっ? 俊介はチャラそうに見えるけど、結構良い奴だから、仲良くねっ」
深沢さんが言う俊介……というのは、私の隣にいる男子のこと。
チャラそうだとか、良い奴だとか、私にとってはどうでも良いことでした。
その存在や仕草、パーソナルスペースを無視した行動。
全てが嫌でした。
「わ、私ちょっとおトイレで、メイクを——」
あまりにもこの部屋にいたくなくて、化粧などほとんどしていませんが、それを理由に学校指定のカバンを持って部屋を飛び出しました。
「悠くん悠くん悠くん悠くん悠くん悠くん……っ」
——助けて。
トイレにこもって、最初にしたことは、悠くんにメッセージを送ることでした。
スマホを持つ手が震えて、うまく打ち込めなくて、変なメッセージを送ってしまいました。
『駅前のカラオケ店にまぃす。てゃすけて』
それ以上、続く言葉を入力できませんでした。
息が詰まって、整えるのに精一杯で。
自分がここまで弱いのだと、痛感させられました。
もっと自分は強いのだと、そう思っていたのに。
こんな時、悠くんなら、どう行動したでしょう。
彼なら、私みたいに騙されたりしなかったのかもしれません。
「来て……お願い……悠くん……っ」
お金も払っていない私は、トイレから動くことができませんでした。
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