第10話 救出

『駅前のカラオケ店にまぃす。てゃすけて』


 学校からの下校中、飛鳥からおかしなメッセージが届いた。

 俺は足の骨折のせいでゆっくりの下校なので、全くもって家に到着していなかった。


 なんだ、どういう意味だろう。

 まずわかるのは『駅前のカラオケ店』というキーワード。今日彼女はカラオケに行くと言っていたので、それはわかる。


 ただ、あとの『まぃす』と『てゃすけて』って……。


「うーん。いや……まさか、だよな……」


 あんなことが数日前にあったというのに、連続でそんなことに巻き込まれるか?


 それに、カラオケに行くなら小森さんだって一緒に行くはずだろ。

 ……でも、一緒ではなかったなら……。


『駅前のカラオケ店にいます。たすけて……?』


「————っ!?」


 クソ、クソっ。


 そうとしか考えられなくなった。

 俺はBSSとかNTRに興味はねぇ。というかそもそも飛鳥は俺のものでもない。

 だけど、知ってる人が嫌な目に遭うのは見てられないだろ。


「あぁっ、なんでこんな時に俺の足は……っ」


 俺の家は駅とは真逆だ。だからかなり時間がかかる。


 タクシーなんかそんな簡単には通らないし、ここは既に住宅街。もっと大通りにいかないとならないのに──、


「──ぐえっ、陰キャぼっち!」


 そんな時だった。

 俺の嫌いなやつの声がした。


 そして、そんなやつは一人しかいなかった。


「小森さん! 止まって! 緊急事態なんだ!」


 俺はスポーツウェアの姿でランニングしていた小森さんに大きな声で声をかけた。


「は!? 私今走ってるの! わかる!?」


「違う! 俺じゃなくて飛鳥が! 佐鳥さんが危ないんだ! カラオケで、何かやばいことが起きてる!」


「っ!? 飛鳥ってあんた……いや今はどうでもいい。どういうことなのよ!」


 佐鳥さんの名前を聞いたからかランニングを止めてくれた小森さんが俺に近づく。


「カラオケに行ったのは知ってる!? こんなメッセージが届いて!」


 俺はスマホ画面を小森さんに見せた。


「な、何よこれ! 何書いてるのかわからないじゃない!」


「友達ならわかれよ! 『助けて』だろ!」

「──っ」


 その言葉を言った瞬間、小森さんの顔が青ざめる。


「あいつ、深沢の野郎っ!」


 美人なのに汚い言葉を吐いた小森さん。そして何かを決心したかのように、部活のランニングの列に戻って──、


「部長! この通りです! 自転車を! 自転車を貸してくれませんか!? 私の友達の窮地なんです!」


 次の瞬間、先頭の列で自転車を漕ぎ、後輩たちを先導していた部長と呼ばれた人物の前で、小森さんは土下座したのだ。


「小森……お前、わかってるのか? 部活に入ったばかりのお前が、一人だけこの輪から抜けることの意味を」


「わかってます! でも、友達も大切です!」


「ほう、この私に歯向かうんだな?」


「歯向かいたくありません! それでも友達は大事です!」


 小森さんはブレなかった。

 見るとその女子の部長は上にジャージを着ており、そこには『羽球部』と刺繍されていて──つまりバドミントン部だとわかった。


「同じ一年のお前ら、どう思う?」


 いつの間にか、ランニングをしている生徒全てがその場で止まって、頭を下げている小森さんを見下ろしていた。


「え、私も友達が窮地なら部活休みますけど、ね?」


「まぁ、よほどの緊急時なら?」


「友達って一生物だし、彼氏とかは裏切るけどねー」


 誰一人、部活を選ぶ人はいなかった。

 この部活、大丈夫だろうか。


「…………だ、そうだ。いいぞ。私の自転車を使え!」


 すると部長はその意見を聞いてか、なんと自転車を貸してくれることを言ったのだ。


「部長!! 大好きです! 後でちゅーします!」


「ほう、お前のファーストキスは私がもらうのか」


「いえ! もう済ませてるので!」


「なにぃ!?」


 俺のキスでニヤけた部長だったが、なんと小森さんは既にキスは済ませてるとか。彼氏いるのか?


「陰キャ! 行くぞ乗れ!」


 すると小森さんは部長から自転車をもらうと俺の前まで来て、後ろに乗れという。

 ママチャリの後ろの部分だ。警察に発見されると大変面倒くさいことになる。


「お、俺も!? ……わかったよ!」


「ひゃう!?」


 俺はカバンを前かごに入れ松葉杖を手に持って、小森さんの腰に抱きついた。

 その時、小森さんは少し変な声が出ていた。


「それ以上変なとこ触ったら振り落とすからね!」


「わかってるよ!」


「じゃあ行くよ! ──部長! 愛してる!」


「行け! 小森! 私も愛してるぞ!」


 訳のわからない熱いラブコールを交わした二人。振り返ると部長がこちらに手を振っていた。



 ◇ ◇ ◇



「──カラオケはどこのお店なのよ!」


「わからない!」


「死ね!」


 小森さんはとにかく必死に駅前を目指した。

 足腰が強いのか、めちゃめちゃ速い。


 それに彼女の特徴的なポニーテールがさっきからバッサバッサと俺の顔に当たる。

 一種のプレイか? 良い匂いはするのに痛いったらありゃしない。


「どこの店舗なのか聞いてるけど返事ない! クソ……この駅だと三店舗ある……どれなんだっ」


 地図で調べてみるとカラオケ店は三店舗だった。この誰かに飛鳥はいるはずだ。


「てか深沢って誰なの?」


「トリトンを誘ったクラスメイト。私もあいつのことあんま知らなくて……知ってるなら絶対行かせなかったのに!」


 そうか、つまり深沢という女子がカラオケに誘ったのか。

 あいつ、純粋にカラオケを楽しみにしていたのに、なんてことを……。


「そいつ、どんなやつなんだ?」


「私だって知りたいわよ。学校ではそんなに変な奴には見えなかったけど、外ではビッチってことなんでしょ!」


「ってことは、ビッチ御用達のカラオケ店ってことか……」


「何その理論!」


 俺だってわからねえ!

 でも出されたキーワードから絞り込むしかないから、そう言ってるだけだ。


 ビッチが使いそうなカラオケ……そもそも俺たちは高校生、そんなに金持ってるわけでもない。

 なら、安いところを使うか?


 それに、カラオケといえば外から見られたくないよな……ん、このカラオケ屋だとスモークみたいのかかってるな……ヤリ部屋としては最適に見える……。


「ここだ! カラオケ屋敷!」


「間違ってたら二回殺す!」


 こわいよぉ。この人なんでこんなに怖いのぉ?

 この件が終わったらもう関わりたくないよぉ。



 ◇ ◇ ◇



「ここだ! 陰キャも後からついて来い!」


「あぁ!」


 カラオケ屋敷に到着した俺たちは足が速い小森さんが先に店内へ突入。エレベーターを使って受付階へと向かった。


 俺もしばらく遅れて隣のエレベーターを使って登った。



 ◇ ◇ ◇



「すみません! ここに深沢とか佐鳥って受付はありませんか!?」


「ん、そうですね……特にはないようですが……」


 私は女性店員に受付名から部屋を絞ろうとしたが無駄だった。男の名前で受付されていたら全くわからない。


「クソ……あ! 今日めちゃ美人な女子高生きませんでした!? ほら、髪が肩までの女神みたいな女の子!」


「え……もしかしてあの子のことかな……いや、でもプライバシーだし、教えるわけには……」


「ここで襲われてるかもしれないの! 本当だったらあなた、責任取れるの!?」


「え、いや……じゅ、十七番ですぅぅ!!」


「ありがとう! 愛してる!!」


「愛してる?」


 素っ頓狂な顔をした店員さんを横目に、私は部屋へと向かった。

 私が助けてあげるからね、トリトン!



 ◇ ◇ ◇



「はぁ、はぁしんど……」


「あ、あの! ポニーテールの女の子が走ってきませんでした!?」


 俺は店員に向かって息を整えながら聞いた。

 少し急ぐだけでもきつい。


「あ、今さっき中に入って——」


「何番ですか!?」


「じゅ、十七ですがぁっ!?」


「ありがとう! 君は最高の女神だ!」


「な、なんなの!? 今日は何が起きてるの!?」


 俺は彼女から聞いた番号へと向かおうとした。


 でも待てよ。既に小森さんが向かってるということは、俺が行く必要はあんまりない、か……。


 まさか、さすがにないとは思うが。

 それでも、逃げる場所があるなら、もうあそこしか──。


 俺は部屋とは別方向──青と赤のマークが示されている方向に向かった。



 ◇ ◇ ◇



「助けて、助けて……っ」


 返事が、返事がきてる。

 悠くんからの返事。返さなきゃ返さなきゃなのに、手が震えて……っ。


「飛鳥ちゃーん? おトイレ長いねー?」


「──っ」


 トイレの外から恐ろしい声がした。

 ここ、女子トイレだよ? なんで……。


「大丈夫中に入ったらしないから。でも俺寂しいなー。あ、ほら由利ちゃんも心配してたからさ、待ってるぜ」


「あ、はい……」


 人を安心させるような言葉。

 でも本心はそうではないことはわかっている。


 たくさんの男の子から告白を受けてきて、それは十分に理解できた。

 嘘をついてる時とついていない時の声音。今のは嘘をついている時の声だった。


「悠くん……お願い、きて。——きて……」


 言葉足らずなメッセージを送っていたことなどとうに忘れ、私は祈りを捧げることしかできなかった。


 そう、涙がこぼれそうになった時だった。


「──飛鳥! いるか飛鳥!」


 心臓を震わせる声が聞こえた。


「いるのか!? いるなら返事してくれ! 中には入らない! おれだ! 黒川悠だ! いるなら──」


「──悠くん!!」


 私はこもっていたトイレから飛び出し、目の前の少年──黒川悠に飛びついた。


「ちょっ、飛鳥!? なんで抱きついて……」


「悠くんっ、悠くんっ……来てくれるって、信じてました……っ」


「そうか……もう大丈夫だぞ」


「──っ」


 悠くんは私を安心させるように背中を撫でてくれた。

 そして、この声は嘘偽りのない、優しさのこもった声だった。


「あとは小森さんに任せおけば多分大丈夫だ。ほら、店から出るぞ」


「ぁ……燕ちゃんまで……ありがとう。本当にありがとうございます……」



 ◇ ◇ ◇



 結末から言えば、あのあと飛鳥をそのまま外へ連れ出すことに成功した。


 そして、当該の部屋に押し入った小森さんは、深沢という女子にこれでもかと怒ったそうだ。


 あまりの怒りに引いた深沢は、お金はいらないから早く出ていってと言ったそう。


 さすがにもうクラスでは二人に話しかけてくることはないだろう。


 俺から飛鳥に言えることは一つだ。


「謝りたいからご飯奢らせてほしい」


 なんて言ってきたとしても無視すること。一度騙してきたやつは二度騙す。

 根が腐った作物はもう二度と元には戻らないのだ。



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