第19話 ごめん

 途中から訳がわからなくなっていた。


 だから、言うつもりもなかった『別れよう』なんて言葉を出して、勝手に落ち込んで。


 当たり前だ。

 この短い期間に信頼など勝ち取ることなんてできる訳がなかった。


 俺も考えが浅はかだった。

 他の女性と一緒に行動することのリスクをまるでわかっていなかった。


 こんなの誰が見ても勘違いしてしまう。

 信頼とか以前に勘違いしてしまうんだ。


 それなのに俺は、辛くなるような言葉を言ってしまって——。



 全てが終わったと思った時、俺は堀さんに席に戻された。

 そこからは怒涛の説教が始まった。


「まずあんたよ、小森!」


「私!?」


「ええ。こいつら二人のことが気に入らないようだけどね、あんた邪魔なのよ! 邪魔して楽しい? 相思相愛なのに、なんで首突っ込むかなあ。それ相談されたの? 相談されてした行動ならわかるけど、今までも似たようなことをしてきたって、見なくてもわかるわ!」


 すごい剣幕で話す堀さんは、これまでにもなく熱がこもっていた。


「そしてあんた! 佐鳥!」


「ぴいぴい泣くだけで何も言いたいこと言えずに……ポイズンじゃねーんだよ! 言いたいことあるならはっきり言え! お前がそんなんだから、小森にも邪魔されるし、この隠キャも悪い方向に考えるんだろうが!」


「ぁ……ぁ……」


「その顔と体はなんのためにあるんだよ! これでもかと好きなやつを誘惑して、別れたくないって言わせるくらいしてみろよ!」


 そのアドバイスはどうかと思うけど、確かに有効かもしれない。

 飛鳥はどんな男でも虜にしてしまうような美貌を持っているんだから。


「そしてお前だ黒川!」


 怒った堀さんは黒っち呼びではなくなっていた。


「勝手に自己完結して別れようって、なんなんだコラ。テメーが一番ムカつくわ! こんな小せえことで別れてたら世界終わってるわ! 好きなら前向きに考えろよ! これからどうすりゃ良くなるのか、一人じゃなくて二人で考えろよ!」


 感情に任せた怒りでありながらも、その説教の中身は的を得ていたもののようにも聞こえた。


「私はな、ぐちぐちちびちびしたような性格が大嫌いなんだよ! 何のために髪整えて服まで買ったんだよ! 相手のため想ってやったんだろ! それだけ好きだってことじゃねえか! ちゃんと自分を認めろよこのカスが!」


 言われたことで、何かがスーッと胸に落ちた気がする。

 そして、自分一人で完結したことが、おかしかったのだと考え直すことができた。


 堀さんは陽キャギャルだが、良いやつだ。

 俺の買い物にまで付き合ってくれるくらいだ。普通断っても良いくらいなのに。


「はぁ……はぁ……疲れた。でも言ってやったぞ。あー、スッキリした」


 すると財布を取り出しバシンと千円札をテーブルの上に置いた堀さん。

 そのまま席を立ち歩き始める。


「堀さん? どこに?」


 遠のいていく堀さんに聞いた。


「私の言いたいことは言った。後は本人たち次第だ。小森、お前も出ろ。二人で話させろ」


「あ…………うん」


 小森さんも財布から千円を取り出し、立ち上がった。


「トリトン、黒川……今日はごめん。それにいつもごめんね。色々早とちりもそうだけど、二人の邪魔してたと思う……今日は行くね」


「ぁ……」


 何かを言いかけた飛鳥だったが、そのまま小森さんは堀さんに続いてカフェから出て行った。


 テーブルには俺と飛鳥だけが残った。


「悠、くん……」


 飛鳥はまだ涙目で、気持ちが整理できていないようだった。

 それは俺が別れると言ったからだろう。


「ごめん、飛鳥……」


「あす、か……」


 先ほど、別れの言葉を告げる時、俺は『飛鳥』ではなく『佐鳥さん』と言った。それを元に戻したのだ。

 そして立ち上がり、小森さんが座っていた場所へと移動した。つまり飛鳥の隣だ。


「別れるって言ったことは取り消す。飛鳥が良ければ……だけど」


「っ! 良い! 別れない! 取り消して欲しい!」


 食いつくように飛鳥が声を飛ばした。


「なら、俺たちは恋人のままだ……」


「うんっ……うんっ……」


 飛鳥は安心したように、先ほどとは違う涙を見せた。


「お前、タメ語の方似合ってるぞ」


「ぇ……ぁ……」


「さっきなんか言ってたよな。制御できないとなるって」


「そ、それは……はい……」


 こいつらしくはあるが、敬語を使われるとむず痒い。

 それにタメ語の方が仲良くなれる気がするから。


「でも、大丈夫。これからゆっくりお前のこと、俺に教えてくれ」


「悠くん……」


 だから俺は一つの提案をした。


「……よかったらさ、早いけど今から二人でデートしないか?」


「えっ……したいですっ!」


「突然で計画もクソもないと思うけど、仲直りしよう」


「うん……はいっ……」


 タメ語なのか敬語なのか、入り混じった返事だった。


「じゃあ、ここ出ようか」


「うん……出よう……!」


 飛鳥は笑顔になって立ち上がった。

 やっぱりこいつは笑顔の方がずっと似合う。その笑顔の一つでこちらの心まで晴れた気になるから。


 それに、こいつの真骨頂は意味のわからない発言をした時。

 今日中にそれを引き出せれば良いんだが……。


 俺たちは堀さんと小森さんの置いていった千円札を持った。

 そして気づく。


「カフェは先払いが原則だろ……自分でさっき払ってたじゃねーか……」


 と、二人合わせての二千円は使うことなく、持って行くことになった。


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佐鳥さんは変カワイイ。 事故から庇って助けたら学年一のちょっと変わった美少女が押しかけてきた 藤白ぺるか @yumiyax

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