第18話 別れよう

  ——マジでどうなってるのかわからない。


 黒っちの買い物に付き合っただけなのに、突然学年トップを誇る美少女二人がやってきて、今はなぜか商業施設のカフェに四人一緒に座っている。


 小森はすごい剣幕で黒っちを捲し立てるし、佐鳥のやつは震えて泣いているだけ。

 なんでこの二人と黒っちに関わり合いがあるのかが不思議だった。


 とにかく私がまあまあ、と小森の腕を黒っちから離し、一旦落ち着こうと言ってカフェに誘導した。元々行く予定だったしな。

 でも、頼もうと思っていたドリンクも雰囲気的に頼めず、ただのカフェオレにした。ああ、私何してんだろう。


「——黒川、ちゃんと説明してくれんでしょうね?」


「い、いや……俺には何のことか本当に意味がわからないんだけど……」


「あんたってやつは……!」


「ちょちょちょ。手は出すのはやめなよ」


 話が始まったかと思えば、小森がまたすぐに怒鳴る姿勢でテーブル越しに近寄る。

 私はそれを静止した。


「元はと言えばあんたがこいつと一緒にいるから……!」


「え、私なんか関係あるの?」


「…………トリトンはね! こいつの彼女なの! だから他の女とデートしてたら浮気じゃないの!」


「————は?」


 何を言われたのかわからなかった。


 黒っちと佐鳥が恋人?

 何の冗談だよ。


 こいつは、教室では一言も喋らない陰キャ中の陰キャだ。

 まあ、私とは普通に喋るようになったけど、とにかく学校でのカーストは最底辺だ。


 そんなやつが学年ナンバーワン、いや学校でもナンバーワンかもしれない美少女と言われる佐鳥と恋人……?

 信じられるわけもなかった。


 でも、その友人である小森がそう言っている。

 真実以外の答えはなかった。


「あー、えーとだな。二人が恋人って話自体マジで信じられないけど、それが本当だとして、多分色々勘違いしてる」


「勘違いって何よこの浮気女」


「おいてめえ。言葉に気をつけろよ。勝手に決めつけてんじゃねえ」


 こいつ、人の話を聞かないで感情が先行するやつだ。

 私もそういう節はあるけど、小森は異常だ。佐鳥が関わっているからかもしれないが。


 ただ、私がドスが利いた声で言うと、小森も少し気圧されたようで、会話を進めることができた。


「私はな、昨日こいつが突然うちのお母さんがやってる美容室にカットしに来たんだ。それで、そのあと話を聞くと、日曜にデートがあるみたいな話で着る服がないから買い物に付き合ってほしいって言われたんだよ」


「……え?」


 すると小森がポカンとした顔を見せる。

 ついでに佐鳥も今まで俯いていた顔を上げた。


「こいつの教室での立場知ってっか? 一ヶ月も学校休んでから登校したからか、友達も誰でもできねえし、元がこんなんだ。誰も話しかけもしねえ」


 私が怒られるのはお門違いにもほどがあったため、全部説明してやった。


「そんな奴がだ、誰に頼めるでもないことを、話したこともない私に頼んできたんだ。この意味わかるか?」


 黒っちはずっと黙っていて、私の説明を静かに聞いていた。


「さっきの話が本当ならな。佐鳥——お前のために髪も整えて服まで買って、できるだけよく自分を見せようとしたんじゃねーか?」


「ぁ……ぅ…………」


 佐鳥は両手で顔を覆っていた。

 黒っちはと言えば少し恥ずかしそうに頭をカリカリしていた。


「うちの美容室に来たのは、こいつの母親がうちの母親と同級生だったかららしい。私だって昨日知ったばかりだ。私はこいつに一ミリも興味ねえ」


 ちょっと酷い言い方だが、佐鳥が彼女だというなら、ここまで言っておく必要があるだろう。


「これでわかったか。どっちが怒りたいか、どっちが謝った方が良いのか……態度見せて見ろよ」


「ぁ…………黒川……ごめん。早とちりした……」


「ああ、わかってくれたなら良いよ」


 私が全てを説明したところで、まずは小森が謝罪した。

 それに対して黒っちは苦笑いしながら受け入れた。


「悠、くん……ごめんなさい……私が勝手に……勘違いして、それを見た燕ちゃんが怒って……だから全部私が悪いの……」


「ああ、大丈夫だよ。怒ってないから……」


 続いて佐鳥が涙ながらに謝罪した。

 こいつのために涙を流すやつがいるのかと驚くくらいだったが、それだけ二人の間には私の知らない何かがあったのだろう。


 ただ、黒っちの目はどこか遠くを見ていた。

 それは失望にも似た、期待を裏切られたような人の目で。



「——俺たち、やっぱり付き合うのには早かったんじゃないか?」



 白い息が出たと錯覚するほど空気が凍りついた気がした。

 黒っちの出した言葉は、それほどのものを纏っていた。


「ど、どういうことですか……?」


 理解できなかった佐鳥が聞き返す。

 しかし、私は既にその言葉の意味を理解していた。


「お前が俺を知って二ヶ月。再会してからだと一ヶ月。お互い、信頼なんてできるわけがなかったんだ」


「な、なにを…………」


 黒っちは儚げな目をして、視線をテーブルに向けたまま話した。


「俺は浮気なんてできるような人じゃないし、そもそも女性の知り合いだってお前ら二人以外に昨日までいなかった。だから浮気なんてできるわけもないんだけどな」


「飛鳥——いや、佐鳥さん」


 呼び方が変わった。

 いや、戻ったのかも知れない。


「な……な…………っ」


 佐鳥は言葉が続かなかった。


「——俺たち、別れよう。信頼できない相手と付き合うなんてこと、できないだろ。だから、付き合うのには早かったんだ」


 そんな言葉が出るのは、わかっていた。

 黒っちは心苦しそうに、痛々しい顔をしていた。


 そして——、


「いや……いや、いやっ! 悠くん何を言ってるの!? わ、私が勝手に勘違いしたのはわかる……わかるけど……っ! ダメ……それは嫌……別れたくないっ……大好きなの……大好きだから……っ!」


 涙に加え、嗚咽混じりに話す佐鳥。

 校内トップの美少女の美しい顔が崩れていく。


「……今はタメ語なんだな。そういう所も、もっと早く見せてくれていたら……何か違ったのかもな……」


「ぁ……いや、違うの……これは……ちがくて……自分が制御できない時はこうで……いや……いや……っ!」


 取り乱し、もう見ていられないほどに、佐鳥はぐちゃぐちゃだった。


「俺たち、似合わないよな。お前は学校一可愛くて、俺は学校一ダサくて陰キャだ。そんな凸凹な二人だ。お前が望んでも、他の誰も認めないし、認めたくない。他でもない一番仲の良い、小森さんが証明してるだろ」


 黒っちはもうマイナスのことしか言わなかった。

 まるで、わざとそう言って、自分から遠ざけようとしているかのように。


 本当は、佐鳥のことが好きなのに、自分といるといつか似たような事が起きると、そう言っているかのようだった。


「あ…………いや、違う。私は黒川の事がわからなくて……だからトリトンのこと大事にできるか心配で……」


 小森が佐鳥に弁明する。

 まあ、私が小森のポジションでも似たようなことを言うだろう。


 黒っちはそれほど、信頼するにはあまりにも関わった時間が少ないから。


「——俺、先に帰るね。堀さんも巻き込んで悪かった。——短い間だったけど……楽しかった」


「ぁ……ぁ……ぁ……ゆう、くん……っ」


 黒っちは椅子から立ち上がる。

 佐鳥は縋り付くように手を伸ばすが、黒っちはそれを躱して歩き出した。


 なんだよ。


 ええ? なんなんだよ。


 さっきまで、私は黒っちの味方だった。

 でも、今のやりとりを見て、黒っちにピキンと来ていた。


 こんな小さなことで別れるってなんなんだよ。

 この程度のこと、喧嘩にすらなってないだろ。


 お前、どんだけ自分に卑屈なんだよ。

 今までの教室の様子を見て、それは少なからずわかるけど……。


 それでも、お前は私と普通に話せるくらいには、常人だろ。

 常人というには、ちょっと変なところもあるけど、別れるほどじゃあないだろ。


 だから、今から私は同じ女子である佐鳥の味方だ。


「——おい、ちょっと待てよ」


「え……」


 私は黒っちの腕を掴み、無理矢理に引き止めた。


「逃げんじゃねえ。てめえのダセえ考えを振りまいてまま逃げんなっつってんだ」


「堀さん…………?」


 私のイラついた言葉を聞き、黒っちの表情が変化する。

 沈んでいた顔が動揺したように変化した。


「座れ……戻って座れ。まだ話は終わってねえ」


「……いや……俺はもう……」


 私は腕を引っ張り強引に黒っちを席に戻し、座らせた。


 巻き込まれて意味もわからず怒られた私。


 だったら、首を突っ込んで、好き勝手意見を言ったって良いよなあ?


 超美人な顔を持つくせに好きな人に対しては弱々なやつ。

 友達想いのくせに人の恋路を邪魔するやつ。

 陰キャをこじらせて自分の世界に入っているやつ。


 全員、本当にムカつくやつらだ。


「——お前ら、いい加減にしろよ……!」


 ブチ切れた私は、人間のなってねえクソたちに向けて説教をはじめた。

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