第17話 これが修羅場

 ——どうしてこうなった。


 今俺は小森さんに胸ぐらを捕まれ、これでもかと罵倒されている。

 トリトンがどうだとか、お前がこんなクズだとは思わなかったとか、ともかく罵倒の嵐だ。


 部活をしてるやつの力は強い。

 あまりにも力強く胸ぐらを掴まれているので、俺は息が苦しくなる。


 隣では、堀さんが意味がわからないと、そんな表情をこちらに向けている。

 俺だってなんでこうなったのか意味がわからない。


 そして一番意味がわからないのは、小森さんの後方で、一人涙を流して震えている飛鳥だ。


 ——ああ、どうしてこうなった。



 ◇ ◇ ◇



 来たる日曜日に向けて、土曜日である今日は堀さんと俺の服を買いに行く予定だ。


 言われた通りに十三時前に駅前に到着し、堀さんを待った。


「おっつ〜、黒っち」


「は、黒っち!?」


 学校ではしないヘアアレンジをし、ギャルファッションに身を包んだ堀さんがやってきたまでは良いのだが、いきなり俺を意味のわからない名前で呼び出した。

 こいつも小森さんと同類で意味不明なネーミングセンスを持っているのだろうか。


「ほら、早く行くよ〜っ」


「は、はあ……」


 昨日とは打って変わって、なぜか元気で明るい。

 しかも俺の名前を覚えていたのか、『黒っち』などと……。


 ギャルは一日で記憶がリセットされるらしい。



 向かった先は駅のすぐ横に建てられた大型商業施設。

 そこで、俺の服を選ぶらしい。


 まず入ったのは、ファストファッションのお店。

 正直助かる。変にお洒落なお店でも案内されでもしたら困ったが、大衆的な服屋なら俺でも行ったことがある。


「で、黒っちはなんで服を買いにきたの? ま、だいたい理由はわかるけど」


「え、わかるの?」


「そりゃね。だって、男子が女子に服を選んでほしいって、大体が誰かとデートする時でしょ」


「素晴らしい洞察力だ」


「本当に合ってたのか……黒っちみたいな陰キャが誰とデートするかなんて興味はないけど、その女の子のためにも、私が良いやつを選んでやる」


「それは助かる」


 本当に昨日とは違う、何があったのだろうか。

 ちょっと気持ち悪いまである。



「——ってことで、これ全部着て。で、着たら更衣室から出て私が見るから」


「あ、ああ……」


 俺は今、籠の中に大量の服を入れられ、更衣室の前に来ていた。

 堀さんが、それを見てどれが似合うか判断してくれるらしい。



 そうして何度も着替えて見てもらい、最終的には上下二点ずつ残ることになった。


「黒っちは暗いイメージだから黒が似合うよ」


「イメージのまんま過ぎるけど……反論はできない」


 黒のズボンに黒のシャツ。

 とりあえずジャストサイズより少し緩めの黒い服を着ておけばなんとなく良い感じに見える、という理論らしい。


 デートなのにこんなに暗い色で大丈夫かと思ったが、ダサくなるよりはマシだそうだ。


 そうして、俺は服を購入し、店から出た。


「——じゃあお茶でも奢ってもらおうかな〜! 黒っち行くよっ」


「はあ!? ……いや、ここは奢るのが妥当か……ここまでしてくれたんだし……」


「良いから早くっ! 飲みたいやつあるの!」


 と、堀さんに手を引かれた時だった。


「——あんた何してるのよ!!」


 フロアに大きな声が響き渡った。


 ……は?


 ズカズカと歩いてくるその女性は、俺が見知った相手で。

 近づいてきたと思えば、いきなり胸ぐらを掴み始めた。


「え、どういうこと……?」


「俺も知りたい……」


 答えがわからないまま、俺は小森さんに責められた。


「この女は誰なのよ! あんた……飛鳥って存在がいるにも関わらず……なにしてんのよこのバカ!」


「————ぁ」


 思い切り胸ぐらを掴まれたまま、小森さんにつばが飛ぶ勢いで言われる。

 そうして視線をふと動かして見ると、小森さんの後方にはよく見知った人がいたのだ。


「飛鳥……」


 つい先日彼女になった学園の女神——佐鳥飛鳥だ。


「悠くん…………」


 マジで、どうしてこうなった——。



 ◇ ◇ ◇



 時は少し遡る。


 私は明日悠くんとデートするために着ていく新しい服はないかと、駅前の商業施設に燕ちゃんと一緒に来ていた。


 今日は珍しく部活は午前のみだったそうで、お昼から一緒にこうやって行動することができていた。


「ねえ……まさかとは思うんだけど……黒川と何かあった……?」


 燕ちゃんは勘が良い。

 当初から私のことをよく理解くれていたのも、この洞察力あってこそだ。


 だから、私は燕ちゃんにはあまり隠し事ができなかった。


「ええと……少しだけ、ありました……」


 全く少しではない。

 多分、これまでの人生で一番幸せなことだ。


 男性に対して今まで一度も好意なんて持たなかった私が唯一口に出して『大好き』だと言える人。それが黒川悠——ついこの間彼氏になった人だ。


 彼の名前を呼ぶだけで嬉しくなり、私の名前を呼ばれるだけで嬉しくなる。


 悠くんは付き合うのが早すぎるんじゃないかという心配をしていた。

 でも、私は自分の想いを抑えられなかった。


 こんなに自分が独占欲が強いとは思わなかったのだ。

 悠くんのような素敵な男の子を他の誰にも取られたくない。そう思って試験を利用して告白をした。


 だから今日だって、明日のために可愛い服でデートしたかったので、そんな服を探しにきたのだ。


「まあ、二人の様子を見てればわかるけどね……でも、本当になんであいつなのか、わからないよ……まあ、少しだけ見どころはあるけどさ……」


「燕ちゃんは絶対に悠くんのこと好きになっちゃだめです。許しません」


「はいはい。わかったって……で、その悠くんと…………付き合ったってこと?」


「………………はい」


 ほら、簡単に見抜かれた。

 もしくは私が燕ちゃんに心を許しているだけかもしれないけど。


「あちゃあ……」


 燕ちゃんは額に手を当てて、目をつむった。


「今からでも遅くない……考え直せない?」


「私、悠くんしか好きになりません。彼しか目に入りません。大好きなんです」


「マジか……」


 嘘偽りない答え。燕ちゃんであっても、私のこの想いは捻じ曲げることは許されない。


「じゃあ、早く別れるように祈ってるね」


「もう、燕ちゃんはいじわるです! 絶対に別れませんから!」


 と、そう言ったことが"フラグ"というものだったのかもしれない。



「————ぇ?」


「え、トリトンどうした?」


 間違いない。

 ちょっと髪型とか雰囲気は変わっているけど、私が見間違えるはずもない。


 私と同じくらいの身長にあの顔の輪郭。俯きがちな姿勢だって同じだ。


「悠くん……? あの女の子は、誰……?」


 そこには、悠くんの手を引っ張る、女の子がいた。

 楽しそうにどこかへ連れて行こうとしている姿。


 悠くんも嫌がっているわけではない。

 それに……どこかデートにも見えた。


「は……え……? あれ、黒川……?」


「…………っ」


 私は立ち止まり、体が震え、目から涙が滲んだ。


「————っ! あの野郎っ!!」


 その状態の私を見て、燕ちゃんが飛び出した。



「——あんた何してるのよ!!」



 私の代わりに燕ちゃんが悠くんの下へと向かい、聞きたいことを聞いてくれた。





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