第14話 変化

 六月に入り、俺はついに松葉杖が取れるようになった。

 つまり、他の皆と同じように歩行できるということだ。


 ただ、走ることについては、徐々に慣らしていくため、体育の授業などはやれるところのみの参加となった。


 脚が治ったという大きな出来事。

 しかし、それ以上の出来事が俺の身に起きていた。


「悠くんっ……大好きですっ」


 この毎日のように愛を囁いてくる、へんてこな女神のことである。


「おい……くっつき過ぎるなよ……誰か見られたらどうするんだ」


「ここなら誰にも見られませんよ。だからこうして、朝早くに登校してるんじゃないですか」


 ほんの二十分だけ。

 俺と飛鳥はいつもよりもその分だけ早く登校し、校内で逢瀬を重ねていた。


 その場所はいつも昼休みを一緒に過ごしている旧校舎の屋上前の踊り場ではなく、本校舎横——二階に設置されてある体育館上のキャットウォーク。下からは死角になっている少しだけ広いスペースだ。


 このキャットウォークは、早朝は誰も利用することがなく、それでいて体育館を見渡せる位置にあった。立って移動すると姿を見られるため、腰を落として移動しなければいけないが、この場所を選んだのにも理由がある。


「そらぁっ!」


「小森! もう一本だ!」


 ラケットの中心に羽根が思い切り当たり、爽快な音を出しながらスマッシュする美少女。ポニーテールを揺らしながら朝から汗を飛ばし、真面目に部活に取り組んでいる一人の生徒がキャットウォークから見ることができていた。


「燕ちゃんが部活をしている姿、見たことがありませんでしたけど、すごいですね……あんなに真剣に」


「結構な熱血タイプっぽいしな」


 キャットウォークから見えたのは、バドミントン部の朝練。

 といっても全員がいるわけではないようで、両手で数えられるほどの人数。


 恐らく朝練したい人、もしくは一年だけが集まってしている練習なのかもしれない。ただ、先日見た部長さんもそこにいて、小森さんにシャトルの球出しをしていた。


 バドミントン部以外にも他の部活の生徒がちらほらいるのだが、朝からすごい熱気である。


 こちらは別の熱気が漂っているのだが、この佐鳥飛鳥と交際することになってから、飛鳥の愛情表現がすごい。


 一緒にいる時はこれでもかというほどくっついてきて、夏だったら熱いと言ってしまいそうなほどだ。


 俺はと言えば、まだ飛鳥と付き合ったことに対しての実感はそれほどなく、現実なのかと毎日のように疑ってしまう。


 学年ではアイドル的な存在の飛鳥は、いつも人に囲まれていた。

 たまに廊下で見かけた時は、基本的に小森さんとはいるのだが、他の生徒にもよく話しかけられているようで、少しタジタジになっていた。


 人気者も大変だと思いながら、飛鳥はそういったことをたまに愚痴として吐き出すようになった。


「昨日は他クラスの男子に声をかけられたんですけど、通せんぼして歩く行為を阻害してくることには本当に腹が立ちました」


「そうか。それならお前の鳥光線でもお見舞いしてみろよ。すぐに吹っ飛ぶぞ」


「はぁ〜っ! こんな感じですか?」


「ぐぉぉぉぉぉおっ!?」


「悠くんっ!?」


 飛鳥ビームを直に受け、あまりの可愛さに俺は後ろに倒れ込み背中を床につけた。


 俺は飛鳥が愚痴を言うのは良い傾向だと思っている。

 何かを誰かに吐き出さないと、いずれ溜まったものが爆発する。


 恐らく小森さんにしか深い話はできてないだろうから、彼女が一緒にいない時は、俺がその役割になっているはずだ。


「床……冷たいですね」


「埃つくから、お前はやらなくていいのに」


 飛鳥は俺の真似をして、視界を天井に向けた。

 冷たいキャットウォークの床に二人一緒に寝転んだ。


 手は、繋いだまま。

 ここにきた時からずっと飛鳥は手を離してくれない。


 白く細く、爪すら綺麗なつやつやの小さな手。

 同じくらいの身長のはずなのに、俺よりもずっと小さい。


「あ、あの……」


「なんだ」


「そう、指をこねこねされると……なんだか、くすぐったいというか……」


 俺はいつの間にか飛鳥の指をすりすりし、一本一本の指を自分の指を絡ませるようにしていった。

 飛鳥がすりすりしてくるのは、いつものことだ。だから俺がやったっていいじゃないか。


「気持ちいいのか?」


「いえ……何か、変な感覚です……」


「へえ……飛鳥って案外えっちなんだな」


「ななっ!?」


 寝転びながら顔を赤くする飛鳥。

 恐らくこういったことには耐性がないのだろう。


 俺はそっちの知識だけは豊富だ。エロラノベで腐るほど自習したからな。

 ただ、それを実践できるとは思っていない。


 実際そういう展開になったら、俺は恥ずかしくて逃げてしまう可能性がある。


「お前、わかりやすいんだよ」


「な、何がですか……っ!」


「えっと……その……なんだ……。お前が……俺の唇をずっと見てること……」


「はうわっ!?」


 まだ交際し始めてから数日だ。

 飛鳥は俺にくっつく以外にも、何か事あるごとにもじもじしたりする時があるのだ。


 その一つが、俺の唇をじっと見つめてくること。


 こいつにも、何かそれなりの知識はあるらしい。

 どこまで知っているかはわからないが、まあ、友達はあの小森さんだ。

 色々と飛鳥には知識を教えているだろう。


「キス、したいのか……?」


 俺如きが言うなど、おこがましい言葉だ。

 でも、俺は飛鳥の彼氏だ。


 こいつの前では、一応素の俺でいられるらしい。

 だから、恥ずかしくても、言える時は言えるのだ。


「キキキ!? キスってなんですか!? もしかしてお魚ですか!?」


 逃げたなこいつ。

 まあ、飛鳥と本当にキスができるかなんてわからない。


 その前に捨てられる可能性だってあるから。


 俺は既に覚悟している。

 いつ捨てられても良いと考えることで、それがやってきた時、ダメージを最小限に抑えるために。




===============

<あとがき>


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