第13話 何でも叶えてやる
飛鳥との一週間かけてのテスト勉強。
今からじゃどうしようもないと思ってはいたが、頭が良いやつから教わることは、思いの外理解が進んだ。
これだけでも十分に飛鳥には感謝していたが、次第にテスト結果で恩を返したいと思うようになってきた。
ラストスパート。本番近くまであまり寝ずに勉強をし、週が開けて、ついにテスト期間がやってきた。
ガヤガヤとうるさい教室に教師がやってきて、テスト用紙が配られる。
一言も話したことのない目の前の女子生徒からテスト用紙をもらい、裏返しのままスタートの合図を待つ。
ちなみに俺の席は窓側の一番後ろだ。だから後方を気にしなくても良い。
教師の合図でテストが始まると、名前を書いてから、俺は紙の問題を解いていった。
◇◇◇
テストが終了し、そしてさらに一週間後。
全てのテスト用紙が返却され揃うとクラス順位と学年順位が掲載されている紙も配られはじめた。
「…………あいつは何位なんだろうな」
一言だけつぶやき、放課後を待った。
俺が学年で十位以内なら飛鳥のお願いを何でも聞くという話になっている。
俺にしかリスクがない話ではあるが、今では勉強を教えてくれたことに対し、まあ良いかと思っている。
そして現在、放課後。
俺の部屋に集まることになった飛鳥は、学校指定のカバンを下ろすと、自分の順位が記載されている紙を取り出した。
「じゃあ私からいきますねっ」
バッと机に広げた紙。
そこには、五位と書かれた数字が見えた。
クラスでは一位らしい。
「おめでとう」
中学と同じ順位の成績をキープか。
俺に教えながらだったのに、さすがは地頭が違うという。
「ありがとうございますっ。じゃあ、悠くんのもお願いしますっ」
「わかった」
俺もカバンから紙を取り出し、裏返しの状態でテーブルの上に置いた。
飛鳥は紙に視線を向け、どこか緊張した様子だ。
「じゃあ表にする」
「はい……」
俺は紙を表にした。
そこに書かれていた数字は──、
「えっ、えっ……」
「なんだよ」
目を大きく広げて紙に書かれた数字を見つめる飛鳥。
「ありがとうな、勉強教えてくれて」
「や、やりましたっ! やりましたね悠くんっ!!」
「うおっ!?」
そこに書かれていたのは十位という数字。
ギリギリだったが、飛鳥に出された目標値を達成することができていた。
俺以上に喜んだ飛鳥はそのまま体に飛びついてきて、その勢いのまま床に倒されてしまった。
「お前は主人が大好きな犬か」
「はい! 私は犬です!」
「例えるならゴールデンレトリバーだな」
しっぽをふりふりとした可愛い大型犬だ。
犬と違って良い匂いしかしないが……。
その後起き上がると、飛鳥はなぜかもじもじしていた。
「なんだどうした。お願いするんだろ?」
もしかして、実はまだお願いの内容を決めてないんだろうか?
あれから二週間ほど経ったけど、まさかそこまで悩むわけもないだろうし。
「いえ…………何と言いますか…………」
飛鳥がどこか言い淀む。
「言っただろ。俺が何でも叶えてやるから、早く言ってみろよ」
ちょっとキザなセリフだったろうか。
叶えられなそうな願いでも、こいつのためなら、頑張って叶えようとするかもしれない。
それだけ今回は助かったから。
それに、もう松葉杖がいらないほど足は回復している。来週には松葉杖なしで歩けるようになるだろう。もう歩くことでの負担にはならないだろう。
「なんだ。言わないと俺が自分で決めちゃうぞ」
「それはダメです! 私が、私が言わないといけないんです……」
手が震え、そして顔が赤くなりはじめていた飛鳥。
なぜこんなことになっているかわからないが、なんとなく彼女の手に触れてみた。
「っ…………温かい、です」
「そりゃ良かった」
「だから…………これからも、私を温めてくれませんか? 側で、ずっと……」
「…………どゆこと?」
震える瞳には、なぜか涙が溜まっていて。
その瞳は俺をまっすぐに見ていて。
でも、何を言ってるのかよくわからなくて。
「告白……です」
「へ…………?」
「悠くんのこと、大好き、です……」
心臓の鼓動が跳ねた。
うるさくてうるさくて。そして、体がマグマに突き落とされたかのように沸騰し、熱くなった。
「ぇ……おれ……」
「私のお願いは悠くんと付き合うことです…………だめで、しょうか?」
頭の整理がつかないまま、次々とぶつけられる愛の言葉。
飛鳥が握り返してくれた手は汗まみれで、この言葉を伝えることにどれだけ勇気を振り絞ったのか、よくわかった。
だから、だから……。
なんて答えれば良いのか悩んで──、
「——俺も好きだ」
…………え? 俺、今なんて?
好きだって言った……?
言うつもりなんて、ないと思って——、
「悠くんっ!!」
その言葉を返したあと、俺は飛鳥に再び抱き締められた。
さっきは目標を達成した時の抱擁。そして今回は良い返事をもらえたことへの抱擁だ。
「あはは…………」
飛鳥の匂いに包まれるなか、思っていた。
なんでその返事を返してしまったんだろうと。
まだ飛鳥とは出会って一ヶ月も経過していないのに。
確かに毎日のように会って話して過ごしていたけど、だからといってそんな短い時間で人を好きになることなんて、あるわけがない。
飛鳥のこと、まだ全然知らないのに。
逆に言えば飛鳥だって俺のことを全然知らないのに。
俺たちはもっとこれからだろ。
だから、だから。恋人なんて関係早すぎる。
それに、俺は日陰者で、日向にいる存在は眩しすぎて、一緒には生きていけない。
「人生で一番幸せです! 私、私……勇気を出して良かったです……!」
それなのに、目の前の飛鳥はこれでもかと喜んでくれていて。
もう否定などできるわけがない。
「私たち……恋人に、なったんですよね……?」
「ああ、そうだな」
「もっと笑ってくださいっ。顔がモアイみたいになってます」
本当にこいつはいつも一言多い。
それは俺もかもしれないが、天然でディスってくる。
「余計なお世話だ。お前こそ福笑いみたいに気持ち悪い笑顔してるぞ」
「むぅ〜! 仏頂面よりは百倍良いですっ」
「その仏頂面を好きって言ったのは誰なんだよ」
「……私です……へへ……」
「可愛い……」
ムカつくことに、本当に可愛い。
笑った顔も、照れた顔も……どんな顔も可愛い。
当たり前だ。通ってる学校を見ても、飛鳥以上に可愛い子は未だに見かけない。
だから本当になぜ俺が……となる。
「え?」
「なんでもない」
だから、可愛いと言ったら負けのような気がしてきた。
「今可愛いって言いました! もっと言ってください! 恋人のことはもっと愛でるべきです!」
「うるさい恋人は嫌いだ」
「早い! 嫌いって言うのが早いです! このあと百万回好きって言ってもらいますからっ!」
俺は捻くれ者なんだ。
そんな俺について来れるのか?
それともいつか見放すか?
見放すなら、もっと早い方が良いぞ。
あとで酷い想いをするなら、早い方がダメージは少ない。
でも、そんなロクでもない俺でも良いって言うなら、少しだけ、こいつを幸せにしてやりたいと思う。
——ああ、俺を好きになるなんて、本当に意味の変わったやつだ。
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