第6話 ダウト

「——で、二人の関係、教えてもらっていい?」


 俺は佐鳥さんに手当てをしてもらったあと、その友達である小森燕こもりつばめさんに問い詰められていた。


 ただ、場所は移動した。グラウンド前は目立ちすぎたために、現在は二階にある体育館の下に設置されている自転車置き場の大きな柱の影にいる。


「燕ちゃんには以前話したと思いますが、入学式の日に私が事故に遭いそうになって少し学校に遅れた話をしましたよね」


「うん」


 ああ、そうか。佐鳥さんも学校には遅れたのか。

 確かに今思えば、事故のあとだって色々あっただろうし、すぐには学校に向かえるはずもないか。

 ということは俺と一緒で入学式の参加は逃していたのか……。


「その時助けてくれたのが黒川くんだったんです」


「えっ! この人が!?」


 小森さんは先ほどから俺を見る目が冷たい。

 佐鳥さんのガーディアンのように男たちを跳ね除けていたりするのだろうか。

 可愛い子の周りにはこういう人はいるというが、小森さん本人も可愛いんだよな。彼女が言い寄られたらガーディアンとしては役に立たなさそうだけど。


「それだけじゃありません。昨日告白された男子からも守ってくれたんです」


「ちょっと待ってどういうこと!? その話まだ聞いてない!」


 仲良さそうな小森さんにも言っていなかったのか。

 こういう話は早めに言っておいた方が相手は手が出せなくなりそうなのに。


「…………」


 ただ、あまり人の悪いところは言いたくないのか、佐鳥さんは口に出そうとはしなかった。


「イケメン風な男が告白を断られたからって、佐鳥さんに殴りかかろうとしてたんだよ」


 だから俺が代わりに答えてやった。


「は!? 何それ! 絶対に許せないじゃん! 誰なのそれ! てかトリトンなんで言わなかったの!」


 すると案の定小森さんは強い怒りを見せた。

 友達がそんなことをされそうになって怒らない人はいないだろう。


「よく知らない人でした。名前もわかりません」


 名前も知らない相手だったの!?

 なのにいきなり告白したわけか……そりゃ百パー断られるだろ。


「ちょっとそれ調査する! それで女子の間で広めてやるんだから」


 うわ……えげつな、女子のネットワーク。

 小森さんは顔が広いのだろうか。確かに明るい感じはするけど……俺も変なことできないな。


「——それで、あなたはどうやってトリトンを助けたのよ」


 もういい加減トリトン辞めてほしいんだが。

 佐鳥さんも拒否すれば良いのに。絶対おかしいあだ名だろ……。


「足骨折してるからな。急いだら手前でこけた。そしたら人に見られてるってわかったからか、そいつ逃げていったよ」


「そう…………」


 あれ。ダサいとか言われるかと思ったのに、なんだか小森さんの目の雰囲気が変わった。先程まではアリを見るように見下していたのに。


 俺の痛々しい足を見て何かを思ったのだろうか。


「だから昨日も顔に絆創膏を貼ってあげたんですけど、家に行ったら剥がされてて残念でした」


 あんな恥ずかしい絆創膏つけてられるかってんだ。

 学校で気づいてたらもっと早く取っていたのに。俺はトイレの鏡は見ない主義だからな。見ない理由は察してくれ。


「ええと、ちょっと待って。色々頭が追いついてないんだけど……家? 今家って言った?」


「はい。黒川くんのお家に母と一緒に謝罪とお礼をしに行きました」


「あ、あー! 謝罪か!」


 安心したかのように胸を撫で下ろした小森さん。

 しかし次の言葉でその安堵は裏返しになってしまう。


「そのあと黒川くんのお部屋にもお邪魔して……なんだか凄い数の本が置いてありました」


「ダウトー!!」


 と、小森さんが言いながら俺と佐鳥さんの間に割って入り、近づかせないようにしたのだ。

 まあ、言えばこうなる展開は予想できてたけど。


「トリトン! 男は獣なの!」


「獣……? 人間ですよ」


「知ってます! でも獣なの!」


「ああ、確かに昔は獣だったみたいですね」


「今も獣です!」


「はあ……」


 おいおい。やっぱり普段からこいつおかしいじゃねえか!

 話が通じてないけど大丈夫か?


 てかもう良いだろ。お昼休みも終わるし、俺は帰るからな。


「ちょっと待てーい」


 歩き出した時、小森さんにブレザーの襟を掴まれた。ちょっと痛い。

 

「話終わってない」


「なんだよ。どうせ俺が佐鳥さんに手を出したとか出してないとかだろ? 何もしてないから。てか自分でさっき言ってたじゃないか。陰キャぼっちだって。そんなやつに変な想像するな」


 例え手を出していたとしても、今更過去のことはどうしようもできない。

 だから俺はここから去るのだ。


「…………本当に何もされてないの?」


「何もとは、例えばどんなことでしょうか?」


 ……マズい気がしてきた。

 まさか、まさかあの時のことを言うんじゃないだろうな。


「部屋の中に入ったなら、ベッドに押し倒すとか、なんだ……直接的なことは言いたくない……と、とにかく! えっちなこと!」


 小森さんはついにキーワードを出してしまった。

 それにより佐鳥さんは考える仕草をした。そして何かを思い出し、次に彼女の瞳が俺の顔を捉えた。


「部屋の中ではないけど……」


 おい。やめろやめろ。

 言ったらさっき俺が嘘ついてたことになるじゃないか。


 今すぐにこの場を離れなければいけない。

 クソ……こんな時にまだ足が……。


「廊下で倒れた時に胸を……もぎゅっと……」


「このゴミクズがぁ〜〜っ!!」


 俺は速攻で小森さん捕まった。

 結局、逃げれたのは五メートルほどだった。今の俺は亀並みのスピードだ。



 ◇ ◇ ◇



「それで、言い訳はある?」


 結局、問い詰められたままだ。

 いつになったら解放してくれるんだよ。


「俺の脚どうなってるかわかる? 歩くスピード遅いから、今すぐに戻り始めないと次の授業に間に合わないんだけど」


「なら早く言いなさい」


「佐鳥さんが俺を支えようとしてバランス崩したそのまま倒れた。で、その拍子に触ってしまった。これで良い?」


 俺は苛ついていた。

 顔が良いからと言って、さすがにここまで釘付けにされると俺だって怒る。

 怪我人には優しくしてほしい。


「燕ちゃん……許してあげてください。私が全部悪いんですから」


 全部は悪くないけど……あれはいきなり密着されたからで……。


「……わかったわ。まあ、トリトンが許してるなら、私がこれ以上言うことはないけど……」


 なら最初から行かせてくれよぉ〜!

 友達想いなのはわかるけどな、その相手を完全に悪だと最初から見做すのは良くないぞ。


「じゃあ行くからな」


 再び俺は二人に背を向けて校舎へと向かった。


「あ、黒川くん支えますっ」


 しかし佐鳥さんがついて来ようとする。

 懲りないなぁ……。


「一人の方が歩きやすいのは知ってるだろ」


「ならお弁当箱を」


「……気持ちは嬉しいけど、俺の立場もちゃんと理解してくれ——そっちの小森さんの方がよく理解してるだろうから、聞いてみなよ」


「黒川くん…………」


 ちょっときつい言い方だったろうか。

 せっかく気を遣ってくれているのにな。


 でも、あまり俺と関わっても良いことはない。特に学校では、な。


 そうして俺は一人寂しく教室へと戻っていった。

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