第5話 鳥鳥コンビ

 学校へ登校する途中。


 俺が五メートル後方を歩くものだから、佐鳥さんは終始納得のいかない表情をしていた。たまに振り返り、俺がいるのかを確認しながら歩いていっていた。

 それにしても怒った顔も可愛いとはつくづく美少女という生き物は……。


 しかし俺も譲れない。今ですらぼっちで誰も味方がいないのに、彼女と関わることによって誰かの目の敵にされたらもっと居場所がなくなるじゃないか。


 そうして到着した学校。


 校門をくぐる前からわかってはいたが、佐鳥さんへの注目が凄い。

 通る人ほぼ全員が佐鳥さんが近づくと振り向き、色々な視線を向けていた。


 男子なら多少気持ちはわかるが、女子までもが視線を向けていたくらいだ。

 それほど注目される見た目らしい。


 俺はまだ登校二日目なので、彼女が校内でどれほど注目されているかは知らなかった。しかし今目の前の様子を見て、はっきりとわかってしまった。


 佐鳥飛鳥は崇高なる女神なのだ。


 尊敬され、敬われ、女神として扱われる。

 学校のアイドルでありヒロインであり、住む世界が違う主演役者。


 そもそもこのような相手に告白すること自体間違っていたのだ。


 それなのに昨日の男子とくれば、イケメン風だったが釣り合わない自分と相手との差を感じることができず、告白してしまった。勇気は認めるが……。


 そうして起きてしまった手を出しかける事案。告白などしなければ、自分のプライドが傷つくこともなかったはずなのに。


 それなのに、俺のようなプランクトンと関わってしまったが故に女神が汚れてしまう。それはいけない。いけないのだ。



 ◇ ◇ ◇



『お昼休み、昨日のベンチで待ってます』


 二時間目の休み時間。佐鳥さんからそんなメッセージが届いた。


『行けない』


 一言だけ返した。


 返事は来なかった。


 そうして昼休みとなった俺は松葉杖をつきながら、今日は校庭へと向かいグラウンド近くのコンクリートの縁へと腰を下ろした。


 ここはそもそも座るような場所ではないのだが、ここからは早弁した生徒たちがサッカーやスポーツをやっている姿が見えた。


 ちょうど河川敷のようにグラウンドの手前が坂となっており、俺は上から生徒たちが遊んでいる様子を見下ろせる位置だ。高低差があるためか、ちょうど良い具合の風が吹き、気持ちが良かった。


 俺は弁当を取り出し、一人でのんびりと食べることにした。


「……さすがに髪の毛は入っていないよ——な!?」


 この弁当は朝、俺の家で佐鳥さんが作ってくれた弁当だ。

 中身は一切確認していない。さすがに髪は入っていないだろうと予想したのだが、蓋を開けた瞬間見えたものがあった。


 ご飯の上真ん中に大きく、桜でんぶによりハートが描かれていたのだ。


「うおおおおおっ!」


 俺は弁当箱の中身が誰かに見られる前に桜でんぶの表面だけを食べきった。


 その他のおかずは普通に美味かった。普通というか、結構うまい。

 卵焼きはだし巻き玉子でこだわっていたし、俺の言った昨日の言葉を覚えていたのか、ちゃんと甘い卵焼きになっていた。

 美少女に加えて料理もできて気も使えるとは……どこか欠点はないかと探してしまうじゃないか。


 そうして十分ほどが経過した頃だろうか。


「——あ、つばめちゃん。あそこなんてどうでしょう。気持ちよさそうな風が吹いていますよ」


「良いんじゃない。スカート汚れそうだけど……ま、いっか」


 いやーな声が聞こえてきた。


 そして近寄る足跡。俺は恐る恐る右に顔を向けた。


「ふふっ」


 ストーカーか貴様っ!


 俺に軽く笑みを見せて、少し離れた隣——同じ延長線上のコンクリートの縁へと腰を下ろした女子生徒。


 自分の弁当を持った佐鳥飛鳥がそこにはいた。


 そして佐鳥さんの隣であるもう一人の女子生徒。燕と呼ばれていたな。

 飛鳥と燕で鳥鳥コンビか……。


 その燕という生徒だが、やはりというか、美少女の隣には美少女が似合うように、彼女も結構な美少女だった。ベクトルでいえば佐鳥さんが美人系で燕と呼ばれた女子が可愛い系という感じだ。佐鳥さんは肩までの髪の長さだが、友達は長めの髪をポニーテールにしていて、それがとても似合っていた。


「うお! あそこに佐鳥さんと小森さんがいるぞ!」


 するとグラウンドでスポーツをしていた男子生徒の一人が美少女二人に気づいた。 

 佐鳥さんの隣の女子生徒は小森燕こもりつばめさんというらしい。


「もしかして俺たちを観に来たとか!? うおおおおっ! やる気出てきた!」


「てかあの位置、パンツ見えそうじゃね?」


 まさに男子である。そして俺たちがいる縁は、グラウンドから見ると見上げられる位置にある。つまり、スカートの中身が見えてしまう可能性があった。


 二人は現在楽しそうに会話しており、男子生徒のいやらしい発言には気づいていないようだった。


「……………っ」


 俺は立ち上がった。

 ちょうど芝生になっていた斜面。俺はなんとか松葉杖を使ってその位置にゆっくりと移動。


 二人の下に来る位置に収まった。


 ふんっ。これでパンツの中身は見えないだろう。


「……なんかあの子、突然前に移動してきたね。どうしたんだろ」


「さあ、私にもわかりません。男子生徒の奇行は私の想像の範疇を超えますから」


 聞こえてますが? ええ、全部聞こえてますが?

 煽っているようにしか聞こえない佐鳥さんの発言。俺が喋りかけるのを待っているのだろうか。いや、まさか……隣に面識のない女子もいるというのに。


「そういや昨日さ、トリトン告白されたみたいだね」


「ギリシャ神話かよ! そこはせめてトリトリとかもっと可愛いのあっただろ!」


 小森さんの佐鳥さんに対する意味不明なあだ名により、俺はツッコミを入れてしまっていた。


「……………ぁ」


「こわ……何この人。勝手に人の会話に入って来てどうしちゃったの?」


 クソ。佐鳥さんから俺に何か仕掛けてくると思ってしまい、隣の小森さんの発言に注視していなかった。それにしてもネーミングセンス。まさか友達も変な人なのか?


「ふふ。本当にどうしたんでしょうね」


 佐鳥さんはクスッと笑った。

 俺をバカにしやがって……。


「男子共にパンツでも見られてしま————」


「きゃっ!?」


 俺はその場から立ち上がり、斜面の上へと登ろうとした時だった。

 急に強い風が吹き、そして同時に二人のスカートがふわりと広がってしまったのだ。


 俺の両の瞳には二色の鮮やかな色が映し出されていた。


「水色……ピンク…………」


「————」


 小森さんが水色で佐鳥さんがピンクだった。

 そう言えば今日のラッキーカラーはピンクだったっけ……エプロンに加えてここでも……。


「ちょ、ちょっとあんた! 見たでしょ!!」


「み、見てない!」


 すると小森さんが顔を真っ赤にして俺に怒りをぶつけてきた。

 これは自然災害だ。偶然の出来事。見た見てないではない。ただ視界に入っただけなのだ。それより、俺がいたことでグラウンドにいる男子からは見えなかったはずだ。それに感謝してもらいたいくらいだ。


「トリトンも言ってあげなよ! この変態って!」


 俺は佐鳥さんに視線を移した。


「へーんたいっ」


「————っ」


 佐鳥さんは顔を赤らめながらも、なぜか色っぽく「変態」と言ったのだ。

 なんでそんな表情ができる。普通小森さんのようにもっと怒ってもいいだろ。


「と、とにかく俺のせいじゃない! 風のせいだ!」


「あ、逃げるなっ!」


「そんなの逃げるに決まってる——ふぎゃんっ」


 片足は不自由だ。

 急いだ結果、またもや転んでしまった。右手には松葉杖。もう一方の手は弁当箱を入れた袋。昨日に引き続き、顔面から地面にダイブしてしまった。


「い、いだい…………」


「黒川くんっ!? 大丈夫ですか!?」


 お、おい……助けるな。俺と変な関係かもしれないって、小森さんに疑われるだろ。

 だからさっきまでも他人のフリしていたんだろ……。良いから俺は放っておけ。


「放っておけませんっ! ほら、起き上がってください」


 俺の心を見透かしたように言葉を言い放った佐鳥さん。

 ああほら。小森さんが驚いた顔で俺を見てるじゃないか。


「え……トリトンその男子と知り合いなの?」


「ぁ…………隠していてごめんなさい。本当は知り合いなんです」


「男子とはほとんど会話もしないトリトンが!? その陰キャぼっちと!?」


 酷い言われようだ。しかし今の俺は痛みでそれどころではない。


「く、黒川くん! また血が出てます! こ、これを——」


 俺の顔面の怪我を心配した佐鳥さん。

 ブレザーのポケットから取り出したのはまたしても——、


「うさちゃんはもう懲り懲りだぁっ!」


 可愛いうさぎのマークが印刷されてあった絆創膏だった。

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