第4話 押しかけ女房
翌朝のことだ。
重たい瞼を開け、憂鬱な学校へと向かうために「起きてやるか」と朝に対して上から目線の言葉を吐きながら俺はベッドから起き上がった。
まだ移動が大変なので、ゆっくりと体を動かしながら部屋を出て、階段の手すりを掴みながら一階へと降りていった。
「母さんおはよ〜」
「おはようございますっ」
母さんが朝食を用意しているようで、俺はまだ重たい瞼を擦りながらダイニングテーブルについた。
出来上がるまでついていたテレビで今日の天気予報や占いコーナーを見ていた。
『今日のおとめ座。ラッキーカラーはピンク。ラッキーアイテムは同級生のエプロンでしょう』
何を言ってるんだとテーブルに顔を置きながら横目でテレビを見つめていた。
同級生のエプロンってなんだよ。どうやってそのアイテムを見つけるんだよ。まあ奇跡的に家庭科の調理実習でもあれば、あり得なくはないが……。
「あら悠。起きてたの? おはよう」
「ん〜、おはよう母さん」
廊下からリビングへ続く扉を開けて入ってきた母さん。
起きていた俺に挨拶をしてくれた。
「………………ん。母さんが二人?」
俺は瞼を擦って体を起こした。
そしてキッチンの方へと顔を向けてみたのだ。
「黒川くん。もうすぐ朝食できますから、待っててくださいね」
「なあぁぁにぃぃぃぃぃっ!?」
そこにはピンクのエプロンをつけた超絶美少女——佐鳥飛鳥がキッチンに立って俺に微笑みかけていたのだ。
「彼女、少し前に家に来てね。朝食作ってくれるっていうから任せたのよ」
いやいや理解不能なんですが?
なぜわざわざ料理を?
「お、良い匂いじゃないか。皆おはよう」
そこに俺の父が母と同じ場所からやってきた。
既に仕事のためスーツに着替えており、準備バッチリだ。
「黒川くんのお父様、おはようございます」
「おお。君が昨日聞いていた佐鳥さんか。まさか悠にこんな美人の彼女さんがいたとは……お父さんも鼻が高いよ」
「いえいえ。私はまだ彼女なんかではありません。でも、朝食は精一杯作らせていただきますので」
「はぁ〜、本当にいい子じゃないか。悠、先に顔洗ってきたらどうだ? 酷い顔してるぞ」
酷い顔の理由は佐鳥さんのせいだ。
予想を超えた行動をとってきやがって、俺の心臓を潰す気か。
あんなに可愛いエプロン姿を見せつけて、俺をどうするつもりなんだ。
朝から拷問じゃないか……色々な意味で。
俺は父さんに言われた通り顔を洗ってから再度テーブルについた。
そして朝食が始まったのだが……。
「中にお嫌いなものは入っていませんか?」
「好き嫌いないから大丈夫……」
「わ、そうなんですか。それなら作り甲斐がありますねっ」
エプロンをつけたまま俺の隣に座っている佐鳥さん。既にその下には制服のシャツを着ており、学校へ向かう準備も万端らしい。
目の前に置かれていた朝食メニューはこうだ。
フレンチトーストにコーンポタージュ。副菜にはキャベツとトマトと人参のサラダ。そしてデザートに何やらプリンのようなものが置かれていた。
母さんによれば、どれもインスタントではなく、一から手作りで作ったそうだ。コーンポタージュとかどうやって作るんだよ。絶対面倒くさいだろ……。
俺はフレンチトーストを一口食べ、そしてコーンポタージュをスプーンで掬って飲んだ。
「……………うめえ」
「ふふ。良かったです。実はそのスープには隠し味に私の髪の毛を入れていましてね」
「お前は魔女かっ!」
「魔女だったら良かったです。魔法で色々なことができそうですからね」
食事中になんてことを言うんだと思いつつ、俺は隣にいる彼女の髪を見てみた。
昨日もそうだったが、今日もトゥルトゥルのトゥルである。この髪なら一緒に混ぜてほしいという男子がいてもおかしくないだろう。
◇ ◇ ◇
「あ〜、美味しかったよ佐鳥さん。本当にありがとう」
「いえ……私は黒川くんのためにしただけですから」
父さんは朝食を済ませると佐鳥さんへ感謝を伝えた。
「そうかい。これからも悠と仲良くしてやってくれ」
「……はい」
俺がどんなことを思っているか気にもせず父さんは彼女に笑顔を向けると、そのまま母さんが作った弁当を持って会社へと向かっていった。
その後俺も朝食を済ませてから軽くシャワーを浴び、制服へと着替えた。
準備を済ませるとリビングへと降りて母さんの下へと向かった。
「母さん、俺の弁当は?」
今日の分の弁当をまだもらっていなかったために俺は催促した。
するとなぜかずっとリビングにいた佐鳥さんが一歩前に出て、
「はい。お弁当ですよ」
「…………はい?」
「飛鳥ちゃんが作ってくれたのよ。ほら、持っていきなさい」
「うぇい!?」
俺は夢でも見ているのだろうか。
裸エプロンに……いや制服エプロンに加えて手作りお弁当だと?
俺はどれだけ運を使ってるんだ?
こんな美少女に弁当を作ってもらえるなんて、本当にどうなってるんだ。
まさか髪の毛が入っていないだろうな。
今度こそ入っていそうで怖いが、まあこいつのなら食べてやってもいいだろう。
「……ありがとう。とりあえず受け取っておく」
余計な一言を加え、素直に感謝出来ない俺だった。
でも、正直うれしい。こんなに可愛い女の子からの手作り弁当。暗黒の中学時代を考えると信じられない出来事だ。
「今日も一緒にお弁当食べましょうねっ」
食べられるわけないだろ、と思いつつ俺は佐鳥さんと学校へと向かうことになった。
もちろん彼女との距離は五メートルは保って歩いた。こんなところ誰かに見られたら絶対変な噂が立つ。面倒くさいことはお断りなのだ。
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