遠い遠い、色。

力車のカラカラ通るのが硝子に滲んで見える、少しひんやりする洋間。かちりかちりと時間を刻む手巻き時計のほかには音のない空間で、娘時代の日記をそっと開くような。温度を失った遠い時間に指を沿わせて、いまいちどあの日の騒めきを招来しようとするような。
細胞、たくさんのたくさんの、細胞の、そのぜんぶが世界を擦過した記憶の粒を拾い集めて、ぽつりぽつりと文字として置いていく作業。それが作者さまの恋愛小説だとするならば、それはなんて救いのない、だけど、なんて鮮やかな、全身の骨が軋むほどに鮮やかな悦びの色彩の、そのパレットの直截な表現なんだろうって。
時間が進む。
失ってはならない色を、匂いを、原初に還元しながら。
そんなことを想いながら、わたしはなんどか、このおはなしをなぞってみたのです。
貴方がこれからそうするように。

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