第20話  七星総長、桐ヶ谷響夜

「紫龍! テメーら、うちの総長代理をこんなところにつれ込むたあ、覚悟はできてるんだろうな!」

「姐さんを返してもらうぞ!」


 乗り込んでくる七星の人達。

 もしかして、メンバー総出で来たんじゃ?

 紫龍との衝突は無しって言ってたはずなのに、私が捕まったから!?

 でも、私は連絡先は言ってないし、いくらなんでも、来るのが早すぎる気が……。


「あ、見つけた! 美子ちゃ~ん!」


 直也先輩が手を振ってきたけど、いけない! 罠が仕掛けられているかも。

 けど、紫龍の総長が……。


「バカな。まだ連絡もしてないのに……お前たち、どうしてここにいる!?」

「え?」


 ひょっとして今みんなが来てるのは、紫龍にとって想定外なの?

 すると、晴義先輩が答える。


「お前たちは最近、派手に騒ぎを起こしているからな。なにか動きがあったらわかるように、見張らせていたんだよ。そしたらここに、皆元さんが連れ込まれたっていうじゃないか」

「大方美子ちゃんを人質にして、俺達を呼び出そうとしてたんだろ。けど、うちのお姫様は返してもらうぞ……いけ、拓弥!」


 直也先輩が叫んだ瞬間、物陰からなにかが飛び出してきた。


「美子! こっちへ来い!」

「拓弥くん!?」


 飛び出してきものの正体は、拓弥くん。

 いつの間に忍び込んでいたのか、彼は私のすぐ近くまでやってきていて。

 私は、拓弥くんに向かって駆け出した。


「おい、捕まえろ!」


 不意をつかれた紫龍の総長が叫んで、何人かが私を捕らえようとしたけど……。


「美子に触るなー!」

「ぐあっ!?」


 相手の腹や顔に拳や蹴りをめり込ませ、流れるような動きで私を受け止める拓弥くん。

 逃れることができたんだ!


「美子、無事か!?」

「うん……でもどうして? 紫龍と争うのは禁止だって、響夜さんが……」

「美子が拐われたんだ、あのときとは状況が違うさ! 響夜さんだって、絶対にこうするはずだぜ。近くにいるなら、聞いてみろ!」


 見ると響夜さんは、無言で頷く。

 倉庫のあちこちでは七星と、紫龍のメンバーが戦っているけど、勢いは七星の方がある。

 紫龍は罠をしかけるはずだったのに、逆に奇襲を掛けられて、完全に出鼻を挫かれているんだもの。

 対して七星はみんな一丸といった様子で、紫龍に挑んでいく。

 そんな中、拓弥くんは私を守るように、後ろに下がらせる。 


「美子、俺の側から離れるなよ。今日だけは、切り込み隊長じゃなくて、お前のボディーガードだ」


 私を守る拓弥くんの背中は、記憶にあるものよりも遥かに大きくなってる。

 一方響夜さんは拓弥くんを……七星のみんなを見て言う。


「コイツら、俺がいなくてもやってくれるじゃないか」

「なにを言っているんですか。みんながこうしてまとまっているのは、響夜さんがいるからじゃないですか」

「俺が?」

「そうです。響夜さん、前に言ってましたよね。今の七星はバラバラで、紫龍とぶつかっても勝てないって。だけど見てください。これのどこがバラバラなんですか?」


 紫龍の動きを探っていた、晴義先輩の根回し。

 私が拐われたと知って、すぐに集まって駆けつけられるだけの連携。

 これでバラバラなんて言わせません。


「響夜さんが一つにまとめたんです。私に憑依して、声を届けて……響夜さんは、自分は総長に相応しくないのかもって思っているのかもしれませんけど、私はそうは思いません。七星の総長は、響夜さんです!」

「美子……」


 ジッと私を見つめる響夜さん。

 けどやがて、フッと笑った。


「そう……だな。これだけ信じてもらってるのに、自信が無いなんてダセーこと、言ってられねーよな。……美子、頼みがある」

「はい、分かってます!」


 私達は目を合わせて、それかはお互い何を言うわけでもなく響夜さんに体を差し出す。

 私の意識が引っ込んで、体の主導権が響夜さんに移る。

 次の瞬間、響夜さんは目を見開いた。


「気合い入れろお前らー! 紫龍のやつらが二度となめたまねできないよう、七星の底力を見せてやれー!」

「はい、姐さん!」

「1人で動くんじゃねーぞ! 隣のやつを信じて戦え!」

「了解です!」


 ……すごい。

 響夜さんが指示を出す度に、七星の士気が上がっていく。

 体は私のものなのに、響夜さんの言葉には人を動かす力が、確かにあった。


「晴義、直也! あいにく今の俺じゃあ、できることは限られてる。だから紫龍の頭は、お前らに任せる。いいな!」

「君、響夜だね……まさか響夜に、頼られるとはね」

「任せとけって。手柄は俺達がもらうぞ!」


 見れば晴義先輩と直也先輩が、紫龍の総長と対峙している。

 けど、そっちに気を取られてばかりはいられない。

 彼が私達に、近づいてきたから……。


「……なにが七星だ。蓮がいなくなって、名ばかりのくせに」

「え、宗士さん!?」


 驚きの声を上げる拓弥くん。先代副総長が現れたんだもの、無理ない。

 すると、響夜さんが前に出る。


「拓弥、悪い。宗士さんの相手は、俺に任せてくれ」

「え? けど、美子の体で?」

「そうだったな……美子、今からすごく勝手なお願いをする。俺に……」

(はい、構いません!)


 言い終わる前に、キッパリと返事を返す。

 何をしたいかなんて、ちゃんと分かってますから。

 響夜さんは「ありがとう」と言って、宗士さんに目を向ける。


「宗士さん……アンタが蓮さんと一緒に作った七星を、大切にしていたのはわかる。今の七星は、昔とは違うのかもしれない。それでも俺達にとっては、かけがえのない場所なんだ」

「俺達?」


 口調に違和感を覚えたのか、宗士さんは眉をひそめる。


「相手がアンタでも、壊させやしない。七星は俺が守る!」

「知ったような口を……七星はもう、終わったんだ。蓮がいなくなったときからな!」


 拳を振り上げる宗士さん。

 だけどそれを、響夜さんは受け止めた。


「なにっ!?」

「終わってない……アンタがなんて言おうと、七星は終わってないんだ!」


 声を張り上げる響夜さん。

 それからはもう、あっという間。

 素早く動いたかと思うと、響夜さんはあっという間に宗士さんをねじ伏せて、床へと倒してしまったの。

 私の体じゃ、全力は出せないはずなのに。

 倒された宗士さんは信じられないといった目で、響夜さんを見上げてる。


「さっきとは、まるで別人じゃないか……君はいったい?」


 すると響夜さんは、ゆっくりと答える。


「……信じられないかもしれないけど、俺が響夜だ。蓮さんから七星を託された、七星2代目総長、桐ヶ谷響夜だ。」

「は?」

「信じてくれなくてもいい。けど、これだけは言っておく。オレは蓮さんから、七星総長の座を引き継いだ。だから、必ず守る。例え相手が、アンタでもな」

「…………」


 響夜さんが生霊になってるとか、私に憑依しているといった説明は何一つしなかったけど、宗士さんは納得したような顔になる。


「宗士さん。俺は確かにアンタから見たら、情けない総長かもしれない。納得がいかないのも仕方がない。けどそれでも、七星の総長だ」

「蓮がいない、七星のな……」

「ああ。俺が憧れたあの人は、もういない。けど宗士さん、まだアンタがいる。絶対に七星を、アンタに認めてもらえるだけのチームにしてみせる。だから……」


 そこで言葉が途切れて、2人は見つめ合う。

 今2人が何を考えているのか、どんな葛藤があるのかはわからない。

 だけやがて、宗士さんはフッと笑った。


「……相変わらず甘いな。けど、そんなお前に、蓮はチームを託したんだよな。いいぜ、もうしばらく、見ていてやるよ」

「宗士さん……」


 負けたにも関わらず、まるで憑き物が落ちたみたいに、穏やかな顔の宗士さん。

 それを見て、なにかが終わったような気がした。

 ずっと響夜さんと、宗士さんを悩ませていたなにかが……。


「美子……悪かったな、危険な目にあわせちまって」

(いいえ……響夜さんや七星の人達が、助けてくれましたから)

「美子のこと、たくさん巻き込んじまったな。……けど、もういい」

(え?)

「なんとなくわかったんだ。俺がどうして、体に戻れずにいたのか。けど、もうそれも終わりだ……」

(それってどういう──っ!?)


 その瞬間、なんとも言いがたい不思議な感覚が襲ってきた。

 私の中にいるはずの響夜さんの存在が、急激に薄れていくような、変な感覚。

 けどこの感じ、覚えがある。

 私は目の前で幽霊が成仏するのを視たことが何度かあるけど、そういうとき幽霊は急に、存在がおぼろ気になっていくの。

 今はそれを、私の内側から感じる。


「響夜さん! いったいどうしたんですか!?」


 叫んでから、ハッとする。

 しゃべれたってことは、憑依が解けてるはず。

 だけど、響夜さんの生霊の姿はどこにもなく、代わりに私の中で声がする。


(ありがとう……俺を見つけてくれたのが、美子でよかった……)


 それだけ言い残して、私の中から響夜さんは消えた……消えたんだ!


 この数日、一緒にいるのが当たり前で、常に側で気配を感じていたのに。

 私の中にも外にも、響夜さんを感じない。

 そんな、どうして……。

 呆然と立ち尽くしていると、様子がおかしいと思ったのか、拓弥くんが声をかけてくる。


「美子! ……響夜さんじゃなくて、今は美子の方だよな? いったいどうしたんだ?」

「拓弥くん、響夜さんが──!」


 何か言おうにも、これ以上言葉が出てこない。

 何をどう言えばいいか、まるでわからないもの。

 すると離れた場所から、直也先輩と晴義先輩が駆けつけてきた。


「2人も、無事か!?」

「直也さんに晴義さん。紫龍の総長は?」

「ぶちのめしたさ。他の紫龍のやつらも、もう逃げはじめてる。このケンカは、俺達の勝ちだな。後は……」


 倒れている宗士さんを見る、直也先輩。

 きっと響夜先輩と同じで、複雑な思いを抱いているに違いない。

 たけど「それよりも」と、晴義さんが続けた。


「宗士さんのことは後回しだ。今、病院から連絡があった。響夜が──」

「響夜さんが、いったいどうしたんですか!?」


 心臓がうるさいくらいに、警鐘を鳴らす。

 紫龍との抗争は、七星の勝利で終わったけど。

 私は不安で仕方がなかった。

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