第2話 総長様が幽霊に!?

『美子ちゃんって変だよねー』


 放課後の教室で、友達の女の子がそう言ったのを、私は信じられない気持ちで聞いていた。


 あの日小学生だった私は、忘れ物を取りに教室に戻ったとき、クラスメイトが集まって自分の話をしているのを聞いた。


 教室のドアの陰に隠れながら耳を傾けていると、誰もいないのに1人でブツブツ言ってるとか、幽霊が視えるなんて言ってて気味悪いとか、みんな口々に言っていた。


『美子ちゃん、ほんとおかしいよね。拓弥くんもそう思うでしょ』


 こっそり教室を覗きこむと、話をふられていたのは、当時1番仲のよかった友達。

 森原拓弥くん。


 このとき私は拓弥くんなら、『そんなことないよ』って言ってくれるって思ってた。

 だけど、彼が言った言葉は……。


『うん……俺もそう思う……』


 それを聞いた瞬間、私の中のなにかが崩れたような気がした。


 同時に、ガタッて音を立ててしまって、教室にいた子達が一斉にこっちを向いた。

 そのとき拓弥くんと目が合ったけど、彼がどんな顔をしていたかは、覚えてない。

 それ以上その場にいたくなかった私は逃げ出して。

 次の日には、クラスで居場所がなくなっていた……。




 ……う、うう~ん。

 久しぶりに見たなあ、あの日の夢。


 目を開けると、飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋の天井。

 昨日拓弥くんと会ったせいか、小学校の頃の夢を見ていた。

 結局あれから、友達の1人もできないまま。

 あ、幽霊とは、たまにお話しするけどね。

 そんな生活にも、もうなれちゃったなあ。


「……起きよう」


 うーんって背伸びをして、私はベッドから抜け出した。



 ◇◆◇◆



 今日も途中で真夏ちゃんに挨拶をして、やってきた中学校。

 だけど校舎の中に入ると……気のせいかな?

 なんだか周りが、いつもより騒がしい気がする。

 廊下を歩いていると、いたるところで生徒が集まっては、ざわざわと何かを話している。


「なあ、あの話聞いたか?」

「うん……七星は、これからどうなるんだろう?」


 七星?

 聞こえてきた言葉に、昨日会った拓弥くんたちのことを思い出す。


 みんな、七星の話をしてるの?

 それ自体はいつものことなんだけど、普段とは何か空気が違う気がする。

 すると……。


「信じられないよ。桐ヶ谷先輩が亡くなったなんて」


 ……え?


 聞こえてきた声に、思わず足を止めた。

 亡くなったって、あの桐ヶ谷先輩が?


 昨日声をかけられたときの、彼の姿がよみがえってくる。

 あれからまだ、1日しか経っていないのに……。


 私と桐ヶ谷先輩の接点はあのときだけで、あとは一方的に知っていただけ。

 けどそれでも、知っている誰かが亡くなったというのは、不思議な寂しさがある。


 拓弥くんは、大丈夫かなあ?

 昨日親しげに話していた、彼のことを思い出す。

 きっと、すごくショックだと思う。

 けど私は彼らとは何の関係もない、赤の他人。心配したところで、どうすることもできない。

 私はため息をついてから、再び歩き出す。

 気にはなったけど、なにができるってわけでもないよね。

 けど、廊下の角を曲がろうとしたそのとき……。


「うわっ」

「キャッ!?」


 まるで昨日の再現。

 角の向こうから曲がってきた誰かとぶつかりそうになった私は、またしても後ろに転んじゃった。


「痛たた……」

「悪い、大丈夫か?」


 聞こえてきたのは、心配する男子の声。

 そして昨日拓弥くんにされたみたいに、手がさしのべられる。


「は、はい。ありがとうございま……」


 その手を取ろうとして、固まった。

 ぶつかってきたのは昨日とは違って拓弥くんじゃないけど、その人の顔には見覚えがあった。

 というか、彼は……。


「桐ヶ谷先輩?」


 ぶつかりそうになった相手は、学校一の有名人。桐ヶ谷響夜先輩だったの!

 だけど……あ、あれ? さっき桐ヶ谷先輩は亡くなったって聞いたんだけど?

 それとも、あれはデマだったのかなあ?


 だけど頭にハテナを浮かべていると、桐ヶ谷先輩がハッとしたような顔をして私を見る。

 そして……。


「お前、俺のことが視えるのか?」

「え? は、はい。見えますけど……」


 伸びた前髪で多少目が隠れているけど、ちゃんと見えるし視力も悪くない。

 けど桐ヶ谷先輩は、黒々とした目をますます丸くした。


「声も聞こえるのか? そうなんだな!?」


 桐ヶ谷先輩は声を上げながらしゃがむと、グイッと顔を近づけてくる。

 って、近い近い! 近いですよー!

 さらに先輩は、私の肩に手を置いてきたけど……。


「え?」

「ちっ、さすがに触れはしねーか」


 先輩の手が触れようとした瞬間、スッと私の肩をすり抜けた。

 まるで桐ヶ谷先輩が、存在しない幻みたい……って、ちょっと待って。


 普通に考えたらこれはあり得ない現象だけど、私はこれと同じことを、何度も見たことがある。

 例えば真夏ちゃんが私に触ろうとしても、今みたいにすり抜けちゃうの。

 それは真夏ちゃんが、実体を持たない幽霊だから。

 そして桐ヶ谷先輩でも、同じことが起こったということは……。


「ゆ、幽霊なんですか?」

「あー、どうやらそうらしい」


 やっぱり!

 一瞬、噂は嘘だったのかって思ったけど、違った。

 生きてたんじゃなくて、桐ヶ谷先輩の幽霊!?

 小さいころから幽霊はたくさん見てきたけど、知ってる人が幽霊になったのは初パターン。

 といっても、先輩のことを一方的に知ってるだけだけど。


 こ、こういうときって、どう声をかけたらいいんだろう。

 御愁傷様です、とか?

 けど考えていると、クスクスと笑う声が聞こえてきた。


「なにあの子、廊下で座ってる」


 ハッ、そうだった!

 私は未だ座ったまま。

 しかもみんなには桐ヶ谷先輩の姿は見えないから、座って1人でぶつぶつ言ってるように映ってるはず。

 は、恥ずかしい!

 慌てて立ち上がって、スカートについた汚れを払う。


「すみません。お騒がせしましたー!」

「おい、待てって!」


 去ろうとしたけど、桐ヶ谷先輩は腕をつかんでくる。

 といってもさっきと同じで、先輩の手は空を切ったんだけどね。


「お前、どうして俺が視えるんだ? なあ、聞こえてるんだろ!」


 声を大きくして、聞いてくる桐ヶ谷先輩だけど……。


「す、すみません。場所を移動していいですか? ここでは、目立ってしまうので……」

「む、それもそうか」


 よかった、わかってくれた。

 道の真ん中で真夏ちゃんとお話はしてるけど、学校だともっと悪目立ちしちゃうもんね。


「けど最初に、これだけは聞かせてくれ。お前、名前は?」

「み、皆元美子。1年です」

「最初に」というのが気になったけど名前と、ついでに学年も答える。

 その間も足を止めずに教室に向かったけど……どうして桐ヶ谷先輩も、後ろからついてくるんですかー!?


「返事はしなくていいから、そのまま聞いてくれ。俺は3年の、桐ヶ谷響夜だ」


 はい、知ってます。

 というかうちの学校で、桐ヶ谷先輩のこと知らない人なんていませんから。


「昨日の放課後、わけあって車にはねられて、気がつけばこうなってた。たぶん今の俺は、幽霊なんだと思う」


 はい、きっとそうですね。

 私は視ることができましたけど、他の人は見えていないみたいですし、なにより触れられませんでしたから。


「だれも俺のことなんて見えねーし、声も聞こえねーらしい。けどアンタだけは俺に気づいてくれた。頼む、俺の話を聞いてくれないか?」


 お願いしてくる桐ヶ谷先輩だったけど、もう教室について、もう少ししたら授業がはじまる。

 でもこんなに頼んでいるんだもの、放ってはおけない。

 私は席につきながら、周りに聞こえないよう小声で話しかける。


「……今は、難しいです。けど、昼休みになら」

「本当か!?」


 もしかしたら休み時間でも話せるかもしれないけど、話が長くなるかもしれないから、昼休みの方が確実だよね。


 というわけで、いったん話は中断。

 まずは授業を受けることに。


 授業の間中、桐ヶ谷先輩は教室の後ろからずっと私のことを見ていて、変な緊張感に悩まされたのは想定外だったけど。

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