第3話 総長様のお願い
午前中の授業が終わって、昼休み。
ずっと先輩に見られていたせいか、ただの授業が今日はすごく疲れた気がする。
そして休み時間のたびに、クラスのあちこちで桐ヶ谷先輩のことが話題になっていた。
亡くなったのがショックで泣いている子もいたし、対立しているチームの人に毒を飲まされたなんて、ビックリするような話まで囁かれていた。
けどわたしが一番気になったのは、拓弥くん。
拓弥くんとはクラスが同じなんだけど、今日は朝から来てなくて、彼の席は空っぽ。
拓弥くんは七星の幹部だし、もしかしたら桐ヶ谷先輩が亡くなったことと、何か関係があるのかも?
だけどそれを確かめる術なんてないし、知ったところで私に、なにかできるわけでもない。
それよりもまずは、桐ヶ谷先輩の話を聞かないと。
私は教室の後ろにいた桐ヶ谷先輩の方を向いて、目で合図を送る。
先輩はそれに気づいたけど、教室で話したんじゃやっぱり変に思われるから。
家から持ってきたお弁当を持って、桐ヶ谷先輩を連れて教室を出る。
向かった先は、校舎の裏。
ここなら誰も近づかないから、ナイショ話をするのにもってこいだよね。
「こんな場所あったんだな。アンタ、よく知ってたな」
「それは……1人でご飯を食べれる場所を探してたら、見つけたんです。私、いっしょにお昼を食べる友達がいませんから」
「あー、悪い」
バツの悪そうな顔をする桐ヶ谷先輩。
ま、まあおかげでこうして人目を気にせず話せるんだから、いいよね。
「あの、桐ヶ谷先輩……話というのは?」
「その前に気になったんだがアンタはどうして、俺を視ることができるんだ?」
「それは、私にもわかりません。小さいころからなぜか、幽霊が視えて。たぶん霊感があるんだと思うんですけど、ハッキリしたことはなにも」
「霊感……なあ、拓弥のことを知ってるか? うちのチーム、七星のメンバーなんだが」
「はい……拓弥くんとは、小学校が同じでしたから」
昔聞いてしまった彼の拒絶の言葉を思い出して、胸がチクリとする。
けど、どうしてここで拓弥くんの名前が出たんだろう?
「前にアイツが言ってたっけ。同級生に、幽霊が視える女がいるって。あれって、皆元のことだったんだな」
「拓弥くんが私の話を? あ、あの、他に何か言ってませんでしたか? 変な子とか、気味が悪いとか」
「いや、そういったことはなにも……つーか皆元、そんな風に言われてるのか?」
「そ、それは……」
答えるのが恥ずかしくて目を反らしたけど、桐ヶ谷先輩は察したように「そうか」と言ってくる。
「拓弥は別に、皆元のことを悪く言ってなかったよ。むしろ、心配してる風だった」
「拓弥くんが私の心配を? どうして?」
「さあな。大方、皆元のことが気になってたんじゃないのか? アイツ、友達思いだからな。新しくチームに入ってきたやつが馴染めるように、積極的に声をかけるようなやつだ」
「ふふ、拓弥くんらしいです」
拓弥くんは優しくて、気まずくなる前までは私もたくさんお話ししてたっけ。
今では距離ができちゃってるけど、拓弥くんは変わってないんだなあ。
「拓弥くんって、七星でもちゃんとやってるんですね。昔は背が低くて、暴走族に入るイメージなんてなかったのに」
「背は今でもそんなに高くないけどな。アイツがうちのアジトに訪ねてきたときのことは、よーく覚えてるよ。強くなりたいから、鍛えてほしいって言ってきたんだ」
「今はたしか、幹部なんですよね? すごいなあ、拓弥くん」
「アイツは成長が早いんだ。根が真っ直ぐなやつだからな。拓弥だけじゃない、直也や晴義……チームのメンバーなんだけど、みんないい奴らで、俺の自慢だ」
仲間のことを語る桐ヶ谷先輩は明るい顔で笑っていて、眩しさにドキッとする。
桐ヶ谷先輩って、こんな風に笑うんだ。
だけどすぐに、その表情に影が落ちた。
「けど今は、荒れてる。俺のせいで……」
「先輩の? どういうことですか?」
「俺が死んだからだ……くそ、『紫龍』の動きが、激しくなってるってのに」
「紫龍?」
「七星のことを知ってるなら、紫龍の名前も聞いたことないか? うちによく絡んでくるチームだ」
紫龍って名前ははじめて聞いたけど、七星と敵対してるチームがあるっていうのは、聞いたことがある。
たしか、乱暴な人達だって。
「うちの学校の生徒もよく標的にされていて、七星と紫龍は日々衝突してるんだ。なにか対策を打たねーとって思ってた矢先、俺がこのザマだ。くそ、みんなで団結しなきゃいけねー時に、なさけねー」
悔しそうに言ったけど、こればかりはどうしようもない。
すると桐ヶ谷先輩は何を思ったのか、私に向かって大きく頭を下げてきた。
「そこで皆元、お前にお願いがある。俺の言葉を、仲間に伝えてやってくれないか」
「えっ? わ、私がですか!?」
「ああ。今朝皆元に会う前にチームの様子を見てきたんだが、俺が急にこんなことになって、動揺してるやつも少なくなかった。仲間を残して死んじまう不甲斐ない総長だったけど、せめて最後に一言伝えて、アイツらの背中を押してやりてーんだ。けど今の俺じゃあ、話すこともできねー。だから……」
「代わりに私に、伝えてほしいってことですね」
「そうだ……頼む、俺にはお前が必要なんだ!」
真っ直ぐに私を見つめる瞳から、桐ヶ谷先輩の強い思いが伝わってくる。
確かに、桐ヶ谷先輩の言葉を拓弥くんたちに伝えられるのは私だけ。
でも……桐ヶ谷先輩の幽霊と会って伝言を頼まれましたって言っても、拓弥くんたち信じてくれるかなあ?
今までも誰かに幽霊が見えるって話したことは何度かあったけど、いつも信じてもらえなかった。
今回も、そうなってしまったらどうしよう?
考えたら、怖くなるけど……。
「頼む……」
深く頭を下げて、このまま土下座でもしそうな勢いの桐ヶ谷先輩。
こんなにもお願いしてるんだもの、無下になんてできない。
「先輩、顔を上げてください。わかりました、私やってみます。拓弥くんたちに、先輩の言葉を伝えますから!」
「本当か!? ありがとう皆元!」
正直言うと、ちゃんと信じてもらえるかなっていう不安はある。
だけど、先輩がこうまでして伝えたい強い思いがあるんだもの。
一生懸命言えば、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。
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