第4話 七星の幹部たち

 昼休みはもう半分が終わってしまってたから、七星の人達と話すのは放課後になったけど。

 残りの時間、桐ヶ谷先輩は七星について色々教えてくれた。

 それによると七星を結成した初代総長が別にいて、桐ヶ谷先輩は2代目総長だという。


「その初代総長さんは、今どうしているんですか?」

「……色々あって、今は遠くにいる。俺はあの人から七星を頼むって任されたのに、こんなことになっちまって申し訳ねー」

「で、ですが桐ヶ谷先輩は今もこうして、チームのことを考えているじゃないですか。普通は死んじゃった直後はすごく不安になって、情緒不安定になるんですよ」


 何度も幽霊を見てきた、私だからわかる。

 亡くなったことを受け止めきれずに、暴る幽霊だって少なくなかった。


「ですが桐ヶ谷先輩はしっかりしてますし。きっと先代さんはそういうところを認めて、先輩に後を任せたのではないでしょうか?」

「それは買いかぶりな気もするけど……ありがとうな皆元。おかげでちょっと元気出たよ」


 お礼を言ってくる桐ヶ谷先輩。

 クールな印象があったけど、意外と柔らかい雰囲気にビックリ。

 暴走族の総長っていうより、優しいお兄さんみたいな感じ?

 そんな先輩の心残りを晴らすために、最後のお願いをなんとしても叶えてあげないと。

 その後私は話すのに夢中で、お弁当を食べ損ねちゃったけど。

 昼休みも午後の授業も終わって放課後。

 私は先輩の案内の元、校舎の奥にある今は使われていないという、空き教室の前までやってきた。


「ここが俺達が、アジトにしている教室だ。今くらいの時間だと、七星の幹部は集まってるはずだ」


 アジト教室。そういえば昨日そんなことを話していたけど、本当にあったんだ。

 この中に、七星の人達が……。

 けど、中に入ろうとドアに手をかけようとした瞬間。


「紫龍のやつら、絶対に許さねえ。七星総出で、殴り込みましょう!」

「待て。響夜があんなことになって、みんな動揺している。今行っても、返り討ちにあうだけだ」

「じゃあどうするんですか!」

「だから、まずはメンバーをまとめて……」

「いや、俺も拓弥に賛成だな。響夜があんなことになったのは、紫龍のせいだからな」


 聞こえてきた声に、ドアを開けようとしていた手が止まる。

 桐ヶ谷先輩が亡くなったのは、紫龍のせいってこと?

 先輩を見ると、苦しそうに顔を歪めている。

 交通事故で亡くなったって聞いてたのに、紫龍のせいってどういうこと?

 すると察したみたいに、先輩が口を開く。


「黙ってて悪い。俺が事故にあったのは、紫龍の奴らとモメてる最中だったんだ。だからアイツら、俺の弔いだって言って、殴り込みをかけようとしてる。けど俺は、そんなの望んでない」

「先輩……わかりました。それもちゃんと、七星の人達に伝えますから」

「ああ、頼む」


 桐ヶ谷先輩の言葉を受けて、今度こそドアに手をかける。

 引き戸になっているドアをガラッと引くと、教室の中から6つの目がこっちを見た。


「し、しちゅれいしましゅ!」


 あわわ、大事なところなのに噛んじゃった!

 慌てながら中を見ると、そこにいたのは昨日会った春風直也先輩と、染谷晴義先輩。

 それに、今日休んでいたはずの拓弥くんもいる。

 ひょっとして、ずっとサボってここにいたのかなあ?


「美子? お前、何でここに?」

「拓弥、知り合いか?」

「はあ、まあ……クラスメイトです」

「ああ、見たことあると思ったら、昨日の子かあ。こんなところになんの用? 拓弥に用事?」


 春風先輩が聞いてきたけど、私は首を横にふる。


「あ、あの。みなさんに、聞いてほしいことがあって来ました。桐ヶ谷先輩からの伝言を、伝えに来ました!」

「は? 響夜さんの?」


 拓弥くんが目を丸くする。


「う、うん。信じられないかも知れないけど私、話を聞いたの。亡くなった桐ヶ谷先輩の、幽霊から」

「──っ! お前、まだそんなことを言ってるのかよ!」


 憤怒の表情を見せたかと思うと、傍にあった机に拳をガンと叩きつける。

 ひ、ひぃぃぃぃっ!

 すると、染谷先輩も。


「響夜の幽霊? 笑えない冗談だ。拓弥、なんなんだ彼女は?」

「昔から、幽霊が視えるとか言ってるやつで……あーもう! 話なら後で俺が付き合ってやるから、変なこと言うんじゃねー」


 ダ、ダメだ。全然信じてくれない。

 変な子って言われたあの日のことを思い出して、ガクガクと足が震える。

 だけど……。


「お前ら待てって。皆元の話を聞いてくれ!」


 桐ヶ谷先輩が前に出て、声を上げて訴えかけてる。

 だけどその声は、拓弥くんたちには届いていない。

 やっぱり、私がなんとかしないと。


「本当なんです! 信じてください! 桐ヶ谷先輩の幽霊がここにいて……むぐっ!?」

「あー、君、美子ちゃんだっけ? ちょっと落ちつこうねー」


 スッと近づいてきた春風先輩の手が伸びて、口をふさがれた。


「わかる、わかるよ。君、七星のファンなんでしょ。響夜があんなことになって、幻覚を見ちゃったんだよね。けど今は、ちょっと黙っててくれないかな。いいよね?」

「むぐーっ! むぐーっ!」

「いいよね?」


 春風先輩はニッコリと笑っているけど、目は笑っていない。

 昨日廊下で会ったときはチャラい感じがしたけど、今は有無を言わせない迫力がある。

 春風先輩は私の口をふさいでいた手を引っ込めると、今度は両肩をつかんで、教室の出口に向かってUターンさせられる。


「悪いけど、こっちも取り込み中なんだ」

「待ってください。話はまだ……痛っ!」


 早く私を追い出したいのか、強い力で肩をつかまれ、指が食い込んで痛い。

 すると、それを見ていた桐ヶ谷先輩が叫んだ。


「おい、やめろ直也! その手を放せ!」


 春風先輩の手を掴もうとしてるけど、やっぱり桐ヶ谷先輩では触れることができない。

 けどそれでもなんとかできないかって、今度は私を引き剥がそうとする。


「皆元、こっちへこい!」


 私を抱き寄せるように引っ張ろうとしたけど、そんなことをしても無理です。

 先輩は、私に触れないのですから……。

 けどそのとき、予想外のことが起こった。


 桐ヶ谷先輩の腕が私を包み込んだその瞬間、先輩がスッと私の中に入ってきたの。

 ……もう一度言うね。

 先輩が私の中に、入ってきたの!


「え?」


 まるで実体のないホログラムに、体を重ねたよう。

 するとそこにいたはずの桐ヶ谷先輩が、私の中に溶けるように入っていった。


 ──っ! こ、これって!?

 この現象には、実は覚えがあった。

 だけどそれを思い出した瞬間、金縛りにあったみたいに、体の自由が効かなくなって、私の体はダランと崩れ落ちた。


「えっ? 君、どうしたんだ!?」

「美子!?」


 さっきまで私を追い出そうとしていた春風先輩も、それに拓弥くんも、驚いたように床に倒れた私を見る。

 けどワタシは、すぐにムクリと起き上がった。

 そして……。


「──っ! いったい何がどうなったんだ?」


 頭を押さえながら、ワタシは言う。

 けど……わ、私はしゃべってなんていないし、立ち上がろうともしていないよ。

 今私の体は自分の意思とは関係無しに、立ってしゃべってるの。

 ──これってやっぱり!


(先輩! 桐ヶ谷先輩、聞こえますかー!?)


 姿を消した桐ヶ谷先輩に語りかけたけど、口が動かない。

 けどそれに答えるように、返事が返ってくる。

 返事をしたのは、私の体だ。


「皆元か? お前、どこからしゃべってるんだ?」

(あ、頭の中で話しているんです。気づいてないかもですけど先輩は今、私に憑依しているんですよー!)

「は、憑依?」


 語りかけるように心の中で叫ぶと、私の口が返事をする。

 心と体の動きがまるであっていないけど、これが憑依という状態。


 過去に何度か幽霊に気に入られて憑依されたことがあったけど、こうなったら幽霊に体の主導権を奪われちゃう。

 つまり今私の体は、桐ヶ谷先輩が動かしてるの。


「憑依って。俺は皆元の体の中に入っちまったのか? 前髪が長くて、よく見えねーよ」


 先輩は状況を確かめるように顔やお腹など、体のあちこちを触りだしたけど……。


「キャーッ! せ、先輩。私の体なんですから、あまり触らないでくださーい!」


 心の中で叫んだつもりだったけど、今度は口が動いて声が出た。

 どうやら気持ちが高ぶったら、少しは体を動かせるみたい。

 桐ヶ谷先輩は慌てたように「悪い」って謝ってきたけど……。

 この状況、拓弥くん達から見れば、1人で会話してるようなもの。

 きっとすごく、不気味に映ってるんだろうなあ。

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