第16話 誕生日の予定

 響夜さんはしばらく呆けたように私を見ていたけど、やがてクスリと笑う。


「美子ってときどき、驚くこと言うよな」

「ご、ごめんなさい。生意気なこと言って……」

「いや、いい。ありがとな、おかげで少し、気が楽になったよ。胸張って総長だって名乗るためにも、早く戻らねーとな」


 フッと笑って見せる響夜さん。

 けどよく考えたら響夜さんが目を醒ましたら、響夜さんとも七星の人達とも、私はお別れなんだよね。

 そう考えると、アンニュイな気持ちになる。


 最初は戸惑ったけど、話してみたらみんないい人達で、七星は案外居心地がよかった。

 だけどそれは、総長代理をやっている今だからいられるだけ。

 そもそも拓弥くん達以外には、色々と嘘をついてしまっているし、本来あそこは私の居場所じゃないよね。

 なんて、寂しく思っていると……。


 ピピピビッ! ピピピビッ!


 スカートのポケットに入っていたスマホが、着信音を鳴らした。

 これは通話着信の音。

 私は友達もいないから、今まで電話がかかってくることなんてほとんどなかったんだけど、最近拓弥くんや晴義先輩と番号を交換した。

 総長代理をやるなら、お互い知っておいた方がいいからって。


 七星や響夜さんのことで、なにかあったのかな?

 けど、スマホのディスプレイを見ると、表示されていたのは……。


「え、お母さん?」


 画面に映っていたのは、【お母さん】の文字。

 通話をタップすると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


『ああ、美子。今電話大丈夫?』

「うん、平気だよ」

『そっちは、1人でちゃんとやれてる? なにか、変わったこととかない?』

「う、うん……なにもないよ」


 嘘だ。本当は響夜先輩の生霊にとり憑かれて一緒に暮らしてるし。

 さらに七星の総長代理を任されてるなんて、とんでもない状況だけど、さすがにこれは言えないよね。

 私達の会話が聞こえていた響夜先輩も、気まずそうな顔をしてるよ。


『ちゃんとやれてるならいいけど……。あのね、実は美子に謝らなきゃいけないことがあって。今度の美子の誕生日、帰るって約束してたのに……難しくなっちゃったの』

「えっ……?」


 聞こえてきた声に、思わずスマホを落としそうになる。

 お父さんとお母さんが家を出て行く前、誕生日には絶対に帰るからって言ってくれてたのに。

 でも、仕方ないよね。お仕事なんだから。

 それに正直最近色々ありすぎて、誕生日のことなんてすっかり忘れてたし。

 だから、平気……。


「私は大丈夫だから、気にしないで」

『本当にごめんね。代わりになるかはわからないけど、欲しい物があれば何でも言って。プレゼントするから』

「うーん、今は特に浮かばないかな。けど、ありがとう。なにか思い付いたら、その時お願いするね」

『そう? 遠慮はしないでいいからね』

「うん……お母さんもお父さんも、お仕事頑張ってね」


 通話を切って、ふうっと息をつく。

 大丈夫……そもそも忘れてたんだし、何も気にすることないよね。

 すると、響夜さんがこっちを見ていることに気がついた。


「美子、今の電話は……」

「お母さんからです。帰ってくるはずだったんだけど、難しくなっちゃったって」

「そうか……」

「でも、別に平気ですから。お父さんもお母さんも、お仕事なんだし。それに私のことを気遣って、こうして電話してきてくれたんですから……」


 けど、言っててハッと気がついた。

 そういえば響夜さんの両親は、響夜さんにあまり興味を持っていないとか。

 む、無神経なことを言っちゃったかも?

 すると、響夜さんはそれを察したみたい。


「ひょっとして、うちのことを気にしてるのか? だったら、別にいいさ。俺は、そういうもんだって思ってるから」

「す、すみません」

「けど美子の親御さんは、うちとは違うんだよな。声聞いてたけど、美子のこと大事にしてそうだったし」


 はい。響夜さんの家庭の事情を聞いた後だと言いにくいけど、お父さんもお母さんも、すごく私のことを大切にしてくれてる。

 昔から、幽霊が視えるせいで気味悪がられる私を、可愛がってくれて。

 今回だってお仕事の都合で帰れなかったけど、ちゃんと連絡してくれたんだもの。

 けど、だからこそ……。


「……美子は、寂しくはないのか?」


 響夜さんの言葉にハッとする。

 だって、心の奥を読まれたみたいだったんだもの。

 すると。


「美子の誕生日って、いつだ?」

「え? 今度の日曜日です」

「そうか。なら、七星やつらと……いや、それよりも……」


 ぶつぶつと、何かを考えはじめる響夜さん。

 そして。


「美子さえよかったらその日、俺に付き合ってくれないか?」

「え?」

「もちろん、友達と先約があるとかならそっちを優先して……」


 言いかけた響夜さんだったけど、「あっ」と口を閉じる。

 ええ、はい。私、友達なんていませんから。

 響夜さんもここ数日、ずっと行動を共にしてきたから、先約が何もないことにも、気づいたみたい。


 最近はなぜか男子に声をかけられることが多くなったけど、残念ながら友達と呼べるような相手はいない。


「特に予定はないので、大丈夫ですけど……。あの、いったい何をするんですか?」

「それはまだ言えない。当日のお楽しみだ」 


 イタズラっぽく笑う響夜さん。

 わざわざ誕生日を選んで誘ったということは、何かサプライズでもするつもりなのかな?

 家族以外の人に誕生日に誘われたことなんてないから、変にソワソワしちゃう。

 お父さんやお母さんが帰ってこなくなって、寂しかったけど。

 響夜さんのおかげで、楽しみになってきました。

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