第15話 事故の理由

 病院を出て、拓弥くんに家まで送ってもらう。

 拓弥くんとは家の前で別れて、響夜さんと2人になったけど、お互い何もしゃべらず。

 ようやく口を開いたのは、リビングに入ってからだった。


「響夜さん、さっきはすみませんでした。宗士さんに、失礼なことを聞いてしまって」

「いや、あれはちゃんと話してなかった俺が悪い。蓮さん達のことまで、言う必要はないって思ってた」


 確かに響夜さんが戻ってくるまでの代わりなら、それでいいのかも。

 さっきはたまたま宗士さんと会ったけど、普段なら知らなくても問題はないし。

 言わなくても、問題はない……。


 そうですよね……私は、部外者ですから。

 込み入った話までする必要はないですよね。

 けど、それでも……。


「私は、知っておきたいです。引き受けた以上は、七星のことを、ちゃんと知りたいですよ」

「美子……なんと言うか、真面目だな。社会科見学で行く場所のこととか、しっかり予習するタイプだろ」


 それは否定しません。

 けど今回は真面目とか、そういうのとは違う気がする。

 響夜さんが大切にしているもののことを、もっとよく知りたい。

 それは私の、純粋にやりたいことのような気がするから。


「話すよ……蓮さんって人が七星の先代総長、創設者だってのは知ってるよな。七星は元々、蓮さんと今日会った宗士さんの、2人で立ち上げたチームなんだ」

「最初は、2人だったんですか?」

「ああ。けど次第に仲間が増えていって、いつしか大所帯。俺は比較的最初の頃のメンバーだけどな。蓮さんに誘われて、七星に入ったんだ」


 聞けば響夜さん、親御さんとの仲がよくないみたいで。

 荒れていたところに、蓮さんから声をかけられたのだという。

 そういえば、響夜さんのご両親って、どんな人なんだろう?

 お見舞いに来た様子もないけど……。


「あの、響夜さんのお父さんやお母さんって……」

「会社の社長と重役。たぶん美子も知ってる、割とデケー会社。昔から放任主義で、俺がどこで何をしようが知らん顔してるような人達だ」


 何の気なしに言ってるみたいだけど、そっちも全然知らなかった。

 結構な時間一緒にいるのに、私は響夜さんのこと、なんにも知らなかったんだなあ。


「話を戻すぞ。俺はその後七星の幹部になって、蓮さんの下で活動してた。晴義や直也も入って、七星はどんどん大きくなっていったんだけど……あるとき急に、蓮さんが倒れたんだ。すぐに晴義の家の病院で見てもらったけど、聞いたこと無いような難しい病名を告げられたよ」


 表情を曇らせる響夜さんを見て、私まで胸が苦しくなる。

 話を聞いてると、蓮さんは響夜さんにとって、憧れのお兄さんみたいな存在だったように思える。

 そんな蓮さんに病気が見つかったんだもの。きっとすごくショックだったんだろうなあ。


「それで蓮さんは、これ以上チームに残るのが難しいって言って、総長を引退。俺が2代目として、七星を引っ張っていくことになったんだ。けど……」

「けど、なんですか?」

「今でも時々思うよ。俺に蓮さんの代わりなんて、つとまるのかってな」

「えっ?」


 初めて聞いた、響夜さんの弱気な発言。

 いつだって力強く、生霊なのに生命力に溢れたイメージしかなかったのに。


「そんな! 七星をまとめられるのは、響夜さんしかいないじゃないですか」

「いや……。実は2代目を決めるとき、もう一人候補がいたんだ。副総長だった、宗士さんがな」

「あ……」


 そうだ、副総長で初期からのメンバーで、蓮さんの親友だった宗士さんなら、確かに名前が挙がってもおかしくないかも。


「あれ? だけど宗士さんはもう、七星を辞めてますよね」

「ああ。宗士さんは蓮さんと一緒に、チームを抜けたんだ。蓮さんがいないなら、総長になっても仕方がない。後は俺達の好きにやれって言ってな」


 それで、辞めちゃったの?

 きっとそれだけ宗士さんにとって、蓮さんの存在が大きかったんだろうなあ……。


「けど、七星は俺じゃなくて、やっぱり宗士さんが継ぐべきだったのかもしれない」

「なにを言っているんですか? わたしはまだ宗士さんのことをよく知りませんけど、それでも響夜さんが総長になったことが、間違いだったとは思えません」

「事故にあって昏睡状態になって、生霊になってさまよっていてもか?」

「──っ!」


 愁いを帯びた目を見て、ズキリと胸が痛んだ。


「紫龍のやつらに絡まれて、その途中で走ってきた車にはねられて目を醒まさないとか、情けねーよ。蓮さんや宗士さんなら、こんなヘマはしなかったかだろうな」


 響夜さん、私が思っていた以上に、今の状況を気にしているのかも。

 だけどわからない。

 私の体に憑依した状態でもあんなに強かった響夜さんが、どうしてそんなことになったんだろう?


「あの、走ってきた車にはねられたって、どういう状況だったんですか? 紫龍の人に、突き飛ばされたとか?」

「……話しても、面白くないと思うぞ」

「お、面白いとか、面白くないとかじゃありません。響夜さんがどうしてこんなことになったのか。私はちゃんと知りたいんです。私にとり憑いているんですから、これくらい教えてください……や、宿り主命令です!」


 響夜さんの弱味になることを言って、普段なら絶対やらないような駆け引きで聞き出そうとする。

 私ってば、なにをやってるんだろう?

 だけど、真相をちゃんと知りたい。

 響夜さんが悩んでいるなら、力になりたいから。

 響夜さんはらしくないことを言った私に驚いていたけど、フッと笑った。


「宿り主命令か……まさか美子が、そんなことを言い出すなんてな。総長代理になって、ちょっと変わったか?」

「す、すみません。ですが……」

「分かったよ。巻きこんだ以上、美子には聞く権利があるからな」


 響夜さんは怒るわけでもなく、ゆっくりと語りはじめる。


「あの日、学校から1人で帰っていたら、紫龍のやつらが10人くらいで襲ってきたんだ」

「10人!? こっちは、響夜さん1人だったんですよね。いくらなんでも、そんなにいたのならどうしようも……」

「ん? それくらいなら、何とでもできる。現に向こうは、全滅寸前になってたしな」


 サラッと言ってのける響夜さんは、嘘を言ってるようには見えなかった。

 私の体を借りるのではなく元の体だったらもっと強いだろうとは思っていたけど、まだまだ認識が甘かったのかも。

 けど、それならどうして……。


「……子供」

「え?」

「近くを歩いていた子供が、俺達のケンカに巻き込まれたんだ。紫龍のやつらが襲ってきた場所ってのが、人通りのある通りでな。普通ならそんな場所でケンカを仕掛けるなんてありえねーんだけど、不意をつこうとしたんだろうな。所構わず襲ってきやがった」

「そんな。関係無いその子が、ケガするかもしれないのに」

「ああ。その子は小学校低学年くらいの、男の子でな。暴れる紫龍のやつが、近くにいたその子を突き飛ばして、車道に転がって。そこにトラックが突っ込んできた……」


 暗い顔で語る響夜さん。

 あれ、でもそれって……。


「ひょっとして響夜さん、その男の子をかばって……」

「……ああ。そいつを助けようと俺も道路に出て、トラックにガシャンだ。その子供が無事だったのが、不幸中の幸いだったけどな」


 直接紫龍の人達にやられたわけじゃなかったんだ。

 けど、それなら……。


「だったら響夜さんは、なにも間違ったことなんてしてないじゃないですか! そりゃあ、自ら危険に飛び出しはしましたけど、響夜さんが動かなかったらその子がどうなっていたか」

「けど結果俺は眠って、チームにもお前にも、迷惑をかけてる」

「それでもです!」


 私は言いながら、響夜さんの手を握る。

 実体を持たない生霊なためか、触った感じは生きてる人間よりも冷たい。

 普段の私なら生霊とはいえ、男性の手を握るなんて絶対にできないけど、今は響夜さんに触れたかった。


「美子……?」

「七星の総長は、響夜さんです。事故にあったとき、もし何もしてなかったら、その子は亡くなっていたかもしれないけど、それを助けたんです。それに響夜さんだって、今は眠っていますけど必ず帰ってきますから」

「帰ってくるって……今のままじゃ、それがいつになるかはわからないし、本当にできるかも……」

「だったら、今ここで約束してください。絶対に目を醒まして、あのときの行動が正しかったって証明するって。そしたら、胸を張って総長様だって、名乗れますよね」


 我ながらメチャクチャな理屈。

 だけど私は、七星の総長は響夜さんしかいないって思ってるから。


 だって昏睡状態の今だって七星の人達は、響夜さんのことを信じてついてきてるんですよ。

 先代総長の蓮さんを思う気持ちも、宗士さんをおしたくなる気持ちもわかりますけど、みんなきっと響夜さんが引っ張っているから、七星にいるんです。


 彼らと過ごした時間はそんなに長くはないけど、それだけはわかる。

 だから自分が総長でなければよかったなんて、言わないでください。

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