第17話 水族館に一緒に

 約束の日曜日。

 今日は朝から響夜さんと一緒に、お出かけしている。

 ちなみに事前に私に憑依した響夜さんが晴義先輩に頼んで、響夜さんの財布を持ってきてもらっている。

 私は、支払いなら自分がするって言ったんだけど、響夜さん。「付き合わせるんだから俺が出す」って言って聞かなかったの。

 それに財布を持ってきてくれた晴義先輩も。


「響夜が出すって言ってるんだから、甘えたら? 素直に甘えるのも、響夜の顔を立てることになるよ」


 なんて言われたら、断るなんてできないよね。

 というわけで。響夜さんは駅に行ってほしいとか、切符を勝手とか指示を出しながら私を案内して。

 到着したのは、水族館だった。

 まさかこんなところに、連れてきてくれるなんて……。


「私、水族館なんて来るのはじめてです。響夜さんは、来たことあるんですか?」

「いや。けど美子、前にテレビで魚を観て、面白そうにしてただろ。だったら、楽しんでもらえるかって思ったんだけど、どうだ?」


 テレビで観てたって、いつの話? たしかにそんなことあったような気もするけど。

 けど私もよく覚えてないことを覚えてくれていて、連れてきてもらえるなんて……。


「ありがとうございます、響夜さん! すごく嬉しいです!」


 笑顔でこたえた後、お金を払って館内に入る。

 水族館に来たのははじめてだけど、クマノミやチンアナゴなど、かわいいお魚がたくさん。

 あ、こっちに興味を持ったのか、水槽の中からじっと私たちを見てる。

 ふふふ、かわいい~。


「かわいいですね、響夜さん」

「ああ……それにしても。なんかコイツら美子じゃなくて、やけに俺の方を見てないか?」

「そうですね。もしかしたらこの子たちには、響夜さんのことが視えているのかもしれませんね。動物は人間よりも霊感が優れてるって、聞いたことがあります」

「そういえば俺も。だが犬や猫が何かを視てるって話は聞いたことあるけど、魚もかよ」


 たしかに、魚が幽霊を視えるという話はあまり聞かないかも?

 けど、そうかもしれないってわかったのは面白い。

 それから2人で館内を回って、たくさんの生き物達を見たけど、私が一番気に入ったのはラッコ。

 ガラス越しに見る愛くるしい姿に、一瞬で胸を撃ち抜かれてしまったの。


「か、かわいい~! ほっぺに手を当てたポーズが、愛くるしすぎます!」


 水面から顔を出して、両手をほっぺにくっつけてるラッコちゃん。

 解説文によると、手を冷やさないためにやるポーズだそうだけど、つぶらな瞳でこのポーズは反則だよね!

 思わずスマホを取り出して、写真を撮る。

 ふふ、待ち受けにしようかな~♡


「ずいぶん気に入ったみたいだな」

「だ、だって……ほら、ここの解説見てください。ラッコってそれぞれお気に入りの石を持っていて、それを使って貝を割るんですよ。大事にしてるお気に入りの石があるなんて、かわいいじゃないですか!」

「たしかにな……美子の方がかわいいけど」


 響夜さんがボソッと何かを言ったみたいだったけど、よく聞こえなかった。

 けど、話していると……。


「ねえ、あのお姉ちゃん、誰としゃべってるの?」


 小さい男の子がこっちを見ながら、、お母さんと思しき人にたずねてる。

 ──っ! いけない。


 普通の人には響夜さんの姿は見えないから、私が1人ではしゃいでるようにしか見えないんだ。

 ここ最近、響夜さんとは一緒にいて、話すことが多かったから、ついクセでしゃべってしまっていた。

 慌てて口を閉じると、響夜さんが申し訳なさそうな顔をする。


「悪い……フツーにしゃべってた」

「そんな、響夜さんは悪くありませんよ。私も忘れちゃってましたし」

「けど……俺が生霊じゃなくて、ちゃんとしたやつだったら、こうはならなかったのに」


 悲しそうな目をする響夜さんを見て、胸が痛む。

 でも……。


「変な話ですけど……本当におかしな話なんですけど。響夜さんが生霊なのは、私にとっては悪いことばかりではありません」

「え?」

「だって、そうじゃなければ、こうして知り合うこともありませんでしたし、今日だってきっと家で1人で誕生日をすごしていました……ああ、でも響夜さんは生霊になって困ってるのに、こんなこと言ったら失礼ですよね。すみません」


 あんまりしゃべったらまた変な風に見られるかもしれないけど、しっかり言った上で、頭を下げる。

 響夜さんは一瞬キョトンとしたけど、すぐにフッと笑顔になる。


「そうだな……変な話だけど、たしかに悪いことばかりじゃないか。俺も美子と知り合えて、こうして話ができてよかったよ。ありがとな」


 響夜さんの笑顔に、さっきまでズキズキしていた胸が、今度はドキッとはね上がる。

 ん、んんー? なんだか最近響夜さんと話していると、ときどき不思議な感覚におそわれる。

 もしかしたら、これもとり憑かれてる影響なのかなあ?


 なんて思っていると、通路の後ろから、たくさんの人がやってきた。

 どうやら団体客がきたみたいで、通路はすぐに人でいっぱいになる。

 これはちょっと、歩きにくいかも。

 すると私の手を、響夜さんが握った。


「え? きょ、響夜さん?」

「……はぐれないようにするためだ。それとも、イヤか?」

「い、いいえ。そんなことありません」


 響夜さんの手は冷たいはずなのに、手を繋いでいるとどんどん体が熱くなっていくから不思議。

 響夜さんは私から離れられないんだから、はぐれようがないけど、それでも手を放す気にはなれなかった。


「いくぞ」

「……はい」


 私たちはガラスの向こうにいるラッコに見守られながら、水族館の中を歩いて行った。

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