第12話 ドキドキな気持ち

 七星の総長代理になってから数日が経って。

 私の生活は、以前とはガラリと変わった。

 例えば……。


「あの、皆元さん。七星の響夜さんと付き合ってたっていうのは本当?」


 朝教室に入ったとたん、数人の女子がやってきて私を囲む。

 またこのパターンだ。


 ここ数日で、響夜さんが亡くなったのはデマだったって、ちゃんと知れわたったみたいだけど。

 どこをどう伝わったのか、私が七星の総長代理になったことや、響夜さんの彼女という話までかなりの人が知ってて、度々こんな感じの質問をされることがあるの。

 今聞いてきた女子達はみんな目が血走っていて、圧がすごい。

 否定することを願っているのが、ひしひしと伝わってきたけど、私は……。


「ほ、本当です。付き合っていたというか……今も付き合っています」

「──っ! マジなの? 嘘言ってるんじゃないでしょうね?」


 信じられないという顔で、集まった女子達はみんな、顔を見合わせている。

 無理もないよね。私みたいな地味女が、響夜さんと付き合ってるだなんて、おかしな話だもの。

 なのに、私の後ろで事態を見守っている生霊の響夜さんは。


「嘘は言っちゃいないな。どこに行くにも、こうして付き合ってるわけだからな」


 って言ってるけど、そういう意味じゃありませんからー!

 女子達は納得してなさそうな顔で睨んできてるし、どうしよう?

 と、思っていたら。


「お前ら、あんまり皆元をいじめんなよな」

「美子ちゃん、困ってるなら、力貸すよ」


 って言ってきたのは、クラスの男子達。

 するとさっきまで私に問い詰めていた女子達が、表情を曇らせる。


「なによアンタたち。今まで皆元さんのこと相手にしてなかったのに、イメチェンしたとたん手のひら返し?」

「ち、ちげーよ。だいたい皆元は、響夜先輩の彼女なんだろ」

「そうそう。困ってるみたいだから助けようとおもっただけで、決していいとこ見せようとか、そういうわけじゃないからね」


 私の様子をチラチラうかがう男子達。

 そっか。響夜さんの彼女だから、助けてくれたんだ。

 本当は彼女じゃないから良心が痛んだけど、同時に響夜さんの彼女設定が、男子にも女子にも影響を与えていることにビックリする。


「響夜さんの影響力って、すごいですね」

「野郎共はどう考えても、俺より美子目当てだろうけど。まあ、そういうことにしておくか」


 けど男子と女子がバチバチしてて、今にもケンカが始まっちゃいそう。

 だけどそのとき。


「お前ら、うちの総長代理になにか用か?」

「あ、拓也くん」


 割って入ってきたのは、登校してきた拓也くん。

 彼は集まっていた男子と女子に言い放つ。


「知らないやつもいるかもしれねーから言っとくけど、美子は響夜さんの名代、七星のトップだ。余計なちょっかいかけたり、色目使うんじゃねーぞ」

「わ、私たちは、ちょっと気になったから聞いただけよね」

「お、俺達も、なあ」


 集まっていたみんなは、そそくさと解散していく。

 さすが七星の幹部。あっという間に場を収めちゃった。


「拓也がいれば女子も何とかしてくれるし、虫除けにもなってくれるか」

「え、どういうことですか?」


 響夜さんが言っていることの意味がわからずに首をかしげていると、拓弥くんが聞いてくる。


「響夜さん、そこにいるのか? なんだって?」


 すると響夜さん、「美子のことは卓也に任せたと、言っておいてくれ」って言って、私はそれをそのまま伝える。


「……了解です響夜さん。美子のことは、俺に任せてください」

「あ、さらに付け加えてもう一つ。『俺が常に側にいるから、お前も変な気は起こすな』って言ってるんだけど……」

「──っ! わかってますよ。……響夜さんの命令なら、逆らえねーか」


 伝言の意味はよく分からなかったけど、素直にきこうとしてる拓弥くんがちょっとかわいい。

 拓弥くんって本当に、響夜さんを信頼してるんだろうなあ。


「そういえば、ちょっと聞いていいかな?」

「ん、どうした?」

「拓弥くんっていったい何がきっかけで、七星に入ったの?」


 実はずっと、気になっていたんだよね。

 昔いっしょに遊んでいた頃は暴走族に入るイメージなんてなかったのに、今では七星の幹部なんだもの。

 すると拓弥くんは複雑そうな顔をしながら、「あ~」って声をもらす。


「きっかけな……なんて言うか、自分を変えたかったんだよ。俺は、友達が困ってても助けられない意気地なしだったから、七星に入れば、少しは変えられるかなーって思って。まあ、あんまり変わってねーんだけどな」


 そう言って、切なげに笑う拓弥くん。

 友達が困ってても、助けられなかった? それがいったい誰のことを、いつのことを言っているのかは分からない。

 だけど……。


「そんなことないよ。少なくとも私はさっき、拓弥くんのおかげで助かったんだから」

「──っ! 本当か?」

「うん。拓弥くん、本当に逞しくなったって、私は思う。昔友達となにかあったかは知らないけど、もしもその人がまた困ってたらそのときは、力になってあげられるよ。拓弥くんなら、きっとできるよ」

「ああ……美子にそう言ってもらえたら、心強えーよ」


 さっきはアンニュイな感じだった拓弥くんだけど。よかった、元気出たみたい。

 さっきまでより、笑顔が晴れやかだ。

 するといったい何を思ったのか、彼は私の手をそっと握った。


「え? た、拓弥くん?」

「俺、何かあったら絶対に美子のこと守るよ。今度は必ず」


 握られた手から、熱が伝わってくる。

 拓弥くん、どうしちゃったんだろう? 

 さっき響夜さんに私のことを任せられたから、張り切っているのかなあ?

 けど、熱い目で見つめられると、なんだか……。


「美子、体を借りる…………拓弥、俺がいるってことを、忘れるなよ」

「──っ! 響夜さんか!?」


 響夜さんが憑依して、それに気づいた拓弥くんが手を放す。

 た、助かった。

 幸い誰も気づいていないみたいだけど、教室の真ん中で手を握られてたら、恥ずかしいものね。


 響夜さんは一言だけ言って離れて、拓弥くんは残念そうな顔で、小声で言う。


「響夜さん、まるで保護者だな……なあ美子。お前は正直なところ、響夜さんの彼女って設定、どう思ってるんだ?」

「え? うーん、最初は戸惑ったけど、七星をまとめるためには、いい方法なのかな」

「いや、そうじゃなくてな……もし本当に響夜さんが彼氏だったら、美子は嬉しいか?」

「ふえ? か、彼氏?」


 そんなこと言われても。

 カレカノ設定はあくまで七星をまとめるため。

 総長代理になるべく作った設定であって、本当だったら嬉しいかどうかなんて、考えたことがなかった。

 もしも私と響夜さんが、そういう関係だったら……。


「俺は、嬉しいかもな。少なくともとり憑いたのが美子で、よかったって思ってるよ」

「響夜さん!?」


 話を聞いていた響夜さんが割り込んできて、思わず声が出る。

 と、とり憑いたのが私でよかったって……。


「も、もう。からかわないでくださいよー」


 あんなの冗談。でなかったら、社交辞令で言ったに決まってる。

 なのに………。

 どうしてこんなに、胸がドキドキするんだろう?


 結局響夜さんに気の聞いた返事をするわけでも、拓弥くんの質問に答えられもしないまま、朝のホームルームが始まってしまった。

 ……響夜さんも拓弥くんも、どうしてあんなことを言ったのかなあ?


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