第11話 【響夜side】 無防備すぎるアイツ

【響夜side】


 真っ暗な真夜中。

 少し前から雨が降りだしたようで、外から聞こえてくる雨と雷の音が聞こえてくる。

 そんな中俺は美子の家の、アイツの部屋の前の廊下で、足を崩して座っていた。


 何をするわけでもなく、本当にただ座ったまま。朝が来るのを待つだけ。

 正直退屈でしかたねーけど、これも幽霊の宿命なんだろうな。

 美子にとり憑いているせいで、アイツから離れることができない。

 オマケに幽霊は眠ることもできないらしく、おかげで最近は毎晩こうして、美子の部屋の前で時が過ぎるのを静かに待っている。


 どうやら美子から離れられる距離が決まっているらしく、ある程度以上離れそうとすると見えない壁にはばまれるように先にはいけなくなるんだ。

 ギリギリ部屋の外に出られたのは幸いだった。

 寝ているところなんて見られたくないだろうし、風呂やトイレのときも、できるだけ離れている。

 けど美子にとってはきっと、それでもしんどいだろうなあ。


 ……巻き込んでしまって、悪かったと思ってる。

 とり憑いてしまったこともそうだけど、総長代理なんて頼んだことも。


 けど断ってもよかったのに引き受けるなんて、アイツはとんだお人好しだ。

 きっと困ってるやつを、放っておけないんだろうな。

 初めて見たときから、アイツはそういえやつだったからな。


 美子は知らないだろうけど、実は俺は前から、美子のことを知っていた。

 最初に気づいたのは、朝学校に行く途中。

 道の真ん中で何かに向かって、しゃべってるのを見たときだ。


『そう……そんなことが……。辛い思いをしたんだね。元気だして。私でよければ、話し相手くらいにはなるから』


 1人でぶつぶつしゃべっていて、変なやつだと思ったけど。

 それから度々、同じように何かに話しかけてる美子を、俺は見かけた。

 なんとなく気になって、拓也が同じクラスっていうから聞いたことがあったけど、そのとき返ってきた答えは。


『え、美子ですか? アイツはその……昔から、変なものが見えるって言ってるんです。ちょっと変わったやつですけど、でも、悪いやつじゃありません。……美子と、何かあったんですか?』


 興味本意で聞いただけだったけど拓也のやつ、やけに動揺してたっけ。

 今ならわかるけどたぶんアイツは美子のことを……そういう風に、思ってるんだろうな。


 気持ちはわかる。美子は、いいやつだ。

 あのとき美子がいったい何に話しかけていたのか、今ならわかる。

 今朝俺も会った、真夏とか言う事故で亡くなった、真夏とかいう女の子の幽霊。

 きっとあの子が寂しくないよう、話しかけているんだ。


 その結果周りから変に思われても、放っておけないのが美子だ。

 変な話だけど、生霊になった俺を見つけてくれたのが、美子でよかった。

 けど反面、申し訳ない気持ちもある。

 俺はアイツに世話になってばかりで、何一つ返せてない。

 くそ、我ながら情けねー。

 もしも体に戻れたとして、こんな俺が七星を引っ張っていくなんて、できるのか……。


 ──ゴオォォォォン!


「きゃあっ!」


 なんだ?

 考え事をしていたら大きな雷の音がして、部屋の中からは美子の悲鳴が聞こえてきた。


「どうした美子?」


 俺は立ち上がると、美子の部屋へと入っていく。

 ドアは閉じたままだったけど、生霊の俺にはそんなものは関係無い。

 すり抜けて中に入れるんだから、セキュリティもなにもあったもんじゃないさ。

 中に入ると寝巻き姿の美子がベッドの上からこっちを見ていて、目が合った。


「美子、何があった?」

「きょ、響夜さん。すみません、大きな声を出して。雷の音に、驚いただけです」


 ペコペコと頭を下げたけど、何もなかったのならよかった。

 けどホッとしたのも束の間。

 暗い部屋の中でうっすらと見える美子の顔を見ると、胸の奥がざわつきだした。

 少し前までは顔を隠すくらい伸びていた前髪が、今ではバッサリなくなっていて。素顔がよく見える。


 俺は正直、今まで女の顔の良し悪しなんてよくわからなかったけど、これは……。

 生まれて初めて誰かの顔を、キレイだと感じてる。

 顔の造作だけを言っているんじゃない。

 よく見えるようになった透き通った目が、まるで美子の無垢な心を表しているみたいに澄んでいて、どうしようもなく引き込まれてしまうんだ。

 ……キレイだ。

 それ以外の感情を忘れて、見とれていると……。


「響夜さん……あの、響夜さん!」

「──っ! 悪い、ついボーッとしてた」


 ヤバいな。

 話しかけてるのにも気づかずに、見とれていた。


「それで、何の話をしてたんだ?」 

「ええと……よろしければ、今夜はこのまま、部屋で寝ませんか?」

「……は?」


 一瞬、幻聴が聞こえたかと思った。

 いきなり何を言い出すんだコイツは?


「それは、なんだ? 雷が怖いから、いてほしいってことか?」

「ち、違います。さっきはたまたま大きく鳴ったのでビックリしましたけど、いつもはべつに怖がったりしませんから。ほ、本当ですよ」

「わかったわかった。けど、それならなんで?」

「響夜さんをずっと、廊下に追い出したままというのが申し訳なくて。廊下じゃ、眠りにくいですよね」

「いや、どうやら幽霊は、眠ることができないらしい」


 どうせ眠れないんだから、廊下で座ったり横になったりしてればいい。

 だが、美子の部屋で寝るというのは……。


「軽々しく、男を部屋に入れるなよな。……今の俺は触ろうと思えば、お前に触れるんだぞ。何かされるとは、思わないのか?」


 少し脅かすように、声を低くする。

 怖がらせたらかわいそうだけど、コイツは無防備すぎだ。

 少しくらいきつめに言っておいた方がいい。

 だというのに……。


「何かって……そ、それはホラー映画であるような、寝ているところに幽霊が乗っかってきて首をしめる等の、呪い的なことですか!?」

「なんでそうなる!? 俺は悪霊じゃないんだ。首なんてしめるか!」

「なら大丈夫じゃないですか。いつまでも外に出しておくのは、やっぱり悪いですよ」


 キョトンとした顔で言う美子に、思わず脱力する。

 こんなときまで、俺に気を使うなっての。

 呆れた俺は美子の頭に手を近づけて、触れるのをいいことに、デコピンを一発食らわせてやった。

「あうっ!?」

「気持ちだけ受け取っとく。けど男相手に二度と軽々しく、そんなことを言うんじゃねーよ」

「は、はい?」


 返事はしたものの、たぶんわかってねーな。

 だいたい寝ている美子と同じ部屋にいるなんて、俺の方が無理だ。

 まったく、無防備すぎだろ。少しは自分の魅力を、自覚しろっての。

 特に髪を切ったこれからは、言い寄ってくる男が増えるだろうしな。


「いっそ悪い虫がつかないように、憑依して蹴散らすか?」

「虫? 憑依? いったい、何の話をしているんですか?」


 案の定美子は全然わかってないみたいだから、やっぱり心配だ。

 けどこんな風に考えてしまうのは、本当に無防備な美子を心配しているだけなのか、それとも別の思いがあるのか。

 答えは、俺にも分からなかった。

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