第10話 総長代理のあいさつ

 次の日の放課後。

 私は拓弥くん達に連れられて、七星のアジトに案内された。

 何度か行ったアジト教室とは違う、学校外にある大きな倉庫を改造したアジト。


 そこには七星のメンバーが2、30人くらい集まっていて、拓弥くん達3人がなにやら話している。

 そして私は奥にある部屋から、その様子を隠れてうかがっていた。


「きょ、響夜さん。七星って、あんなに人いたんですか?」

「まあな。美子、もしかして緊張してるのか?」

「はい……。これから、あんな大勢の前で話すと思うと……」

「そんなに気負うな。学校の教室で、発表するようなものだから」

「わ、私、発表って苦手なんです」


 大勢の前に立つとテンパっちゃって、上手くしゃべれないの。

 しかも今日は、朝からたらと視線を感じてるんだよね。


 なぜか学校に行ったら、みんなビックリしたみたいにこっちを見てる気がするの。

 やっぱり、髪型を変えたのが変だったのかなあ?

 って、そんなの自意識過剰だよね。

 ちょっと髪型を変えたからって、元が地味キャラじゃあ注目なんてされるわけないし。 

 それよりも大事なのは、これからのこと。

 見ると晴義先輩たちが、チームの人達に話をしている。


「……というわけで、響夜は無事だ。入院してはいるが、回復の目処はたっている。だが、戻ってくるまで時間がかかるだろう」

「そこで、響夜が戻ってくるまでの間、ある人に総長代理を頼むことにしたんだ」


 直也先輩の言葉に集まっていた人達がザワザワと騒ぎ出して、拓弥くんがこっちに来る。


「美子、いけるか?」

「う、うん」

「顔色悪いけど、本当に大丈夫か?」


 響夜さんは心配してくれてるけど、今さらやめるなんてできない。

 すると背中に何かを感じて、見ると響夜さんが手を触れている。


「ここまで巻き込んでしまって悪い。けど、何かあったら俺もついてる。大丈夫だ」

「響夜さん……」


 ハラハラしていた心が、少し落ち着いた気がする。

 拓弥くんに連れられて、七星の人達の前へと歩いていく。


「女? あの子誰だ?」

「メチャクチャかわいい」


 みんながザワつく中、晴義先輩と直也先輩の間に立つ。


「彼女が総長代理の、皆元美子さんだ」

「お前ら驚くなよ。美子ちゃんは響夜の彼女で、あの響夜が自分に何かあったら俺達を頼むって、七星を託していた子だ」


 2人が言うと、ざわめきがさらに大きくなる。

 み、みんなどう思っているだろう? 私みたいなのが彼女って言っても、信じられないんじゃ……。


「響夜さん、彼女なんていたのか? 女子なんて眼中にないって感じだったのに」

「あの子は、特別なんじゃないか。かわいいし」

「まあ、あの子なら響夜さんの彼女って言われても、納得かも」


 あ、あれ? 意外と疑われてはいないみたい。

 だけど……。


「晴義さん。ソイツが響夜さんの彼女ってのは分かりました。けど、だからって総長代理なんて、勤まるんですか?」

「そうですよ。紫龍に殴り込もうって時なんですよ」


 あちこちからあがる、総長代理への疑問の声。

 いくら響夜さんの彼女だからって、いきなり総長の代わりだなんて言われても受け入れられないのも無理ないよね。

 けど、これくらい想定内。

 私は、一歩前に出る。


「みなさん、はじめまして。私の名前は皆元美子。響夜さんから、七星を任されました。突然のことで混乱してる人もいると思います。ですが、いくつか言わせてください。まずは紫龍への報復について。現状ではこれは、一切考えていません」

「は、なんで?」

「総長の仇討ちをするんじゃないのか!?」

「みなさんの気持ちは、わかっているつもりです。ですが、響夜さんはそんなことは望んでいません。大事なのは紫龍を倒すとこじゃなくて、七星をま、まみょることょ」


 ──っ! 大事な場面で噛んだー!


 事前に響夜さんから言ってほしいって言われていた言葉を、体育祭の入場行進なみに何度も練習してたのに、盛大に噛んじゃった!

 や、やっぱり大勢の前でスピーチなんて、難易度高かったーっ!


 おそるおそる前を見ると、案の定みんな、「こんなのが総長代理で大丈夫か?」って顔をしてる。

 や、やっちゃったー!


「直也さん! やっぱり俺、納得いきません!」

「いくら響夜さんの彼女だからって、こんな」

「まあ待て。お前ら落ち着けって」


 直也先輩、それに晴義先輩や拓弥くんも慌てて収集に入る。

 わ、私のせいで大変なことに。

 だけどそのとき、ポンと肩に手が置かれた。

 響夜さんだ。


「美子、体貸してくれるか?」

「は、はい」


 これも事前に話していて、もしも何かあったら響夜さんに憑依してもらうことになっていたんだけど、今がそのとき。

 響夜さんは私の中に入ると、下がっていた顔を上げる。


「お前ら、ゴチャゴチャ言ってんじゃねー!」

「「「っ!!」」」


 空気をビリビリと震わす声が、倉庫に響いた。

 さっきまで騒いでいたみんなは水を打ったみたいに静かになって、こっちを見る。


「言いたいことは分かる。紫龍の奴らをのさばらせたくないってのは、俺だって同じだ。だけどハッキリ言うぞ。今のお前らが挑んだところで、返り討ちにあうのがオチだ」

「なっ!? そんなの、やってみないとわかんねーだろ!」

「いーや分かる。今の七星は、まるでまとまりがねー。こんなんで殴り込みをかけて本気で勝てると思ってるやつがいたら、前に出てみろ!」

「──っ!」


 さっきはあんなにやる気だったのに、痛いところをつかれたのか、誰もなにも言い返せない。

 一瞬で黙らせちゃうなんて。

 響夜さん、本当にチームを引っ張る、総長さんなんだなあ。


 さっき私がしゃべっていたときとは全然違って、体も声も私のものなのに、私じゃないみたい。

 一人称だって、俺になっちゃってるし。


「悔しい気持ちも、なめられなくねー気持ちもわかる。けどここで早まったマネをしたら、それこそ敵の思う壺、今は耐える時だ。響夜なら絶対にそう言う。俺が言うんだから間違いねー」


 そりゃあ、私の体を借りて、本人が言ってるんだものね。

 みんなは響夜さんが憑依してるなんてわからないだろうけど、やっぱり本人が言うと説得力が違うのかな。

 誰も反対なんてしてこない……って、思ったけど。


「それじゃあ俺は、チームを抜ける。一人でも、紫龍にケンカ売ってやるよ!」


 そう言ったのは、金髪の男子。

 彼はワタシを、キッとにらみつける。


「彼女かなんか知らねーけど、ぽっと出のアンタが響夜さんの代わりだなんて、俺は認めねー。響夜さんの代わりなんて、いないんだよ!」

「圭介……いきなり代理なんて言われても、納得できなくても無理ねーよな。けど、お前1人を行かせるわけにはいかない。力付くでも止める」

「は、女になにができるってんだ!」


 圭介と呼ばれた彼は、ワタシに向かって拳を振り上げた。

 な、殴られる!


 だけど響夜さんは難なくその手を掴んで、逆に締め上げた。


「いでで! な、なんだコイツ!?」

「いきなり殴りかかるとは、いい度胸だな。けど、寸止めするつもりだったんだろ。お前、女や弱いやつは絶対殴らないって言ってたもんな。お前が拳を振るうのは、いつだって仲間のためだ」

「なっ!? アンタ、どうしてそれを?」

「俺……響夜から聞いたんだよ。お前は弱い者いじめをしない、仲間思いのやつだってな」

「響夜さんが……」


 驚いた顔をする圭介さん。

 響夜さんは手を放して、彼を解放する。


「だけどな圭介、仲間を思う気持ちは俺達も同じだ。さっきは紫龍にケンカを売るなって言ったけど、もしもお前が殴り込みをかけたら、そのときは七星総出で駆けつける。だろ、お前ら!」


 響夜さんの言葉に、みんな多少戸惑いながらも頷きあってる。

 さらにフォローするように、晴義先輩が言う。


「仲間に何かあったら、絶対に助けに行く。これは七星の総意だ。だけどさっきも言った通り、まだ戦う時じゃない。だから頼む、今は耐えてくれ」

「──っ! そんな、頭上げてください。すみません、俺が間違っていました!」


 頭を下げる晴義さんに、圭介くんも頭を下げる。


「確かに響夜さんならきっと、同じことを言います。響夜さんがどうして姐さんを代理にしたか、今分かりました。総長代理は、姐さんしかいません!」

「お、俺も。姐さんの言うことなら従います」

「だよな。響夜さんの留守は、俺達で守っていくんだ!」


 すごい。さっきまでバラバラだったのに、響夜さんが出てきたとたん、一つにまとまっていってる。

 これが七星をまとめる、響夜さんの力。

 感心しているとその響夜さんが、私にだけ聞こえるように言ってくる。


「もう大丈夫みたいだな。美子、後は頼めるか?」

(え、もう引っ込んじゃうんですか?)

「あんまり長いこと憑依してて、美子の体に影響あったらマズイだろ。この前だって、ぶっ倒れたし」


 あれはお昼を抜いてたせいもあるけど、憑依のせいで体にどんな影響が出るか、ハッキリとはわかってない。

 言われた通り響夜さんには引っ込んでもらって、私が表に出てくる。


「そ、それではみなさん。響夜さんが戻ってくるまでの間一丸になって、七星を守っていきましょう」

「「おおーっ!」」


 こうして私の、総長代理としての挨拶は終わった。

 ほとんど響夜さん任せになっちゃったけど、まとまったのならこれでいいよね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る