第14話 先代副総長の宗士さん

 次の日の放課後。

 この日私はアジトじゃなくて、響夜さんの入院している病院に、お見舞いに来ていた。


 紫龍の動きを警戒して、ボディーガードを引き受けてくれた拓弥くん。それにもちろん、生霊の響夜さんと一緒に。


 今日は響夜さんに、もう一度病院に行ってくれないかって、お願いされたの。


「悪いな。付き合わせちまって」

「いえ、大丈夫です。今日こそ体に、戻れるといいですね」


 あれからだいぶ経ったけど、響夜さんの体は眠ったまま。

 幽体がここにいるんだから仕方ないけど、一向に戻る気配がないの。

 だから試しにもう一度、生霊の響夜さんを連れていったら、何か変わるんじゃないかって思って来たんだけど……。


 以前も来た病室では、響夜さんが横になって目を閉じている。

 そして生霊の響夜さんもいて。こうしてみると、まるで双子みたい。

 生霊の方の響夜さんは自分の体に近づいて、中に入れないかやってみる。

 すると、その様子を視ることができない拓弥くんが聞いていきた。


「響夜さん、どうしてる?」

「今、体に戻れないか試してる。私に憑依する時と同じで、体を重ねたら戻れるかもしれないけど……」


 けど、戻る気配はない。

 あれこれ頑張っていた響夜さんだったけど、疲れたように体から離れる。


「くそ、ダメか。美子になら憑依できるのに、どうしてできないんだ?」

「たぶん私に憑依できるのは、とり憑いたことで結び付きが強くなっているからだと思います」

「結び付き……それなら元の体の方が、強いんじゃないのか? 本来俺はこっちにいる方が、自然なんだろ?」

「それは……ごめんなさい、それは私にもわかりません」


 私は霊感体質だけど、なんでも知ってるわけじゃないの。


「響夜さん、戻れないのか?」

「うん。まだダメみたい。脳も心臓も、ちゃんと動いてるのに」

「そういえばこの前美子、心に問題があると、幽体が体に戻れないことがあるとか言ってたっけ? 後で思い出したんだけど、似たような話を昔本で読んだんだよな」

「え、そうなの?」

「ああ。幽霊とか魂について調べたことがあって、幽体離脱をして体に戻れないケースってのが、書いてあった」


 響夜さんが、今まさにそんな状態。

 もしかしたらその本に、解決するためのヒントが書いてなかったかなあ。

 というか……。


「拓弥くん、幽霊のことを、調べたことあったんだね」

「んんっ! む、昔たまたま、読んだことがあるってだけだよ!」


 なぜか顔を赤くしながら、顔を背ける拓弥くん。

 響夜さんは、「なるほど、理由は美子か」って言ってるけど、どう言うことだろう?

 けどそれよりも……。


「それで、戻れないのにはどんな理由があるの?」

「ああ。本で読んだだけで、今思えば胡散臭い本だったから本当かはわからねーけど。たしか戻りたくない理由があるからって、書いてあった」

「戻りたくない理由?」

「ああ。例えばスゲー辛い目にあってて、体に戻っても苦しいだけだから戻ろうとしないとか。そういうやつだったかな。けど響夜さんは……」


 戻りたくないどころか、今日もこうして戻る方法を探している。

 そうなると、なにか別の要因があるのか、拓弥くんの読んだ本が間違ってるのか。

 だけど……。


「戻りたくない? 俺が?」


 眉間にシワを寄せて、何か真剣に考えてるみたい。


「響夜さん、きっと本が間違っていただけですって。何か方法はあるはずですから、探していきましょう」

「ああ……そうだな」


 響夜さんが体に戻りたくないなんて、そんなことあるはずないもの。

 けど、話していると……。


「おや、誰か先客がいるのかな?」


 病室の扉が開いて、誰かが顔をのぞかせている。

 それは高校生くらいの、知らない男の人だったけど……。


「宗士さん!」


 名前を呼んだのは、響夜さん。

 響夜さんの病室を訪ねて来たくらいだから、お知り合いかな?

 すると私の視線に気づいて、響夜さんが言う。


「この人は宗士さん。俺が総長になる少し前まで、七星の副総長をしていた人だ」

「七星の副総長さん?」


 驚いて思わず声に出して言うと、宗士さんはピクリと反応する。


「へえー。君、俺のこと知ってるの?」

「えーと……響夜さんから聞いたことがあって。七星の副総長の、宗士さんですよね」

「え、宗士さんって、先代総長時代に活躍したっていう、あの副総長の宗士さん?」


 声を上げて、宗士さんを凝視する拓弥くん。

 拓弥くんが七星に入ったのは響夜さんが総長になった後だから、どうやら面識はなかったみたい。


「元、副総長だけどな。そういう君達は、響夜の知り合い?」

「俺、今七星の切り込み隊長やってる、森原拓弥と言います。それで、こっちは……」

「み、皆元美子です。一応、七星の総長代理を任されています」

「総長代理?」


 驚いたように私を見て、すぐにいぶかしげに目を細める。

 ど、どうしたんだろう? もしかしていきなり総長代理なんて言ったもんだから、疑われているのかも?


「そうか、代理かあ。今の七星は、そんなことになっているのか。響夜が大変なことになったって聞いて様子を見に来たけど、まさか君みたいな子が総長代理とはね。驚いたよ」

「す、すみません。いけなかったでしょうか?」

「いいや。そもそも引退した俺が、口出しするようなことじゃないだろ。七星はもう、響夜や君たちの居場所なんだから」


 よかった。

 怒られたらどうしようって心配したけど、ホッと胸をなでおろす。


「宗士さんは蓮さん……先代総長の親友で、俺もよく世話になった。怖い人じゃないから、警戒しなくていいぞ」


 響夜さんが、耳元で教えてくれる。

 私は響夜さんがトップってイメージしかなかったけど、響夜さんにもお世話になった先輩がいたなんて、不思議な感じがするなあ。


「それにしても。響夜がこんなことになるなんてな。このバカ、いつまで寝てるんだか」

「きっと今に、目を醒ますはずです。そのために、頑張っていますから」

「そうしてもらわないと困るぞ。七星は、蓮が作ったチーム。引き継いだからには、しっかり守ってもらわないとな。でなきゃ、蓮が悲しむ」


 そう言って、どこか遠い目をする宗士さん。

 そういえば……。

「先代総長の蓮さんって、今はどうしているんですか?」


 それは何の気なしに聞いた質問。

 だけどその瞬間、宗士さんの顔が強ばり、拓弥くんと響夜さんもギョッとしたように私を見た。

 え? 私何か、おかしなこと言った?


「……アンタ、響夜から聞いてないのか?」

「美子……先代総長の蓮さんは、病気で亡くなったんだ」

「えっ……」


 時が止まったようにシーンと静まりかえる病室。

 そんな中響夜さんが私にだけ聞こえる声で「悪い、言っておくべきだった」って、静かに言う。


 私、無神経なことを言ってしまったんじゃ。

 すると、拓弥くんが口を開く。


「まだ俺が七星に入る前の話だけど。蓮さんに病気が見つかって、それで響夜さんが後を継いだんだ。けど、蓮さんはそのまま……」

「そんなことが……ごめんなさい。私、何も知らなくて」

「いや、いい。知らなくったって、仕方ないさ。七星はもう、あの頃とは違うんだもんな」


 気遣うように言う宗士さん。

 けどどこか寂しそうに見えるのは、私の気のせい?


「アンタが総長代理だって言うなら、七星のことよろしくな。蓮が作ったチームを大事にしてやってくれ」


 それだけ言うと、宗士さんは用があるからと言って帰っていった。


 宗士さんに、蓮さんかあ。

 私、まだ全然七星のことを知らなかったんだなあ。

 けど仮にも総長代理なんだから、これじゃあダメだよね。

 後で響夜さんに、昔の七星について聞いてみよう。

 けど、それにしても……。 


 チラリと響夜さんを見ると、まるで何かを考えてるように黙ってしまっている。

 響夜さん、いつも伝えたいことがあるときは私に憑依してしゃべるのに、今日はそれをしなかったなあ。


 憑依される感覚に完全に慣れたわけじゃないけど、相手がお世話になった先輩なら、構わなかったのに。

 宗士さんの去った扉を、無言で見つめている。響夜さん。

 その目がなんだか切なそうなのが、妙に気になった。



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