第16話 本能的に危険を感じる男

 綾香は歩みを止め、先を行く藤田の様子をうかがった。

 男たちを凝視している。


「だめか。やっぱり死ねない!」


 突然、中肉中背の男が叫び、逃げるように走っていった。


 死ねないってどういうことなのかしら。

 言葉の意味がまるでわからない。


 藤田の意見が知りたくなり、声をかけた。

 だが、考え事でもしているのか気づかない。

 その場に残った拳銃を持つ男を鋭い目つきで見つめている。

 中肉中背の男には興味がないのか、一度も視線を向けなかった。

 藤田の目には拳銃を持つ男しか映っていないようだ。


 一緒にいた男たちが別々の道に向かっていく。

 これから接触できるのはどちらか一方。

 主導権は藤田にある。

 どちらを仲間にしようとしているのか口にはしない。

 だが、視線がある程度物語っている。


 拳銃を持っている男は絶対にやめて。


 いやな予感がした。


 拳銃を所持している時点で犯罪者なのは確定。

 そのうえ、おそらく撃っている。

 一発、または二発。

 どちらにせよ擁護ようごのしようがない。

 そんな男のもとへなど恐ろしくて行けない。


「行こう」


 藤田が号令をかけ、歩きだす。

 嫌な予感が見事に的中。

 進む先には拳銃を持つ男がいる。


「藤田さん、走っていった男性にしましょう」

「あの男が怖いかい?」


 藤田は歩きながら問いかけてくる。


「当たり前じゃないですか。

 拳銃を持っているんですよ」

「……じゃあ、ここで待っているといい。

 わしひとりで行ってくる」


 藤田は止まらない。


 ここで待っているか、それとも一緒に行くか。


 選択肢が浮かんだ。


 待っていれば男の恐怖から逃れられる一方、土蛇が来たら襲われる。

 どちらを選んだとしても危険とは無縁でいられない。

 だが、藤田と一緒に行けば男と土蛇の両方から守ってもらえる。

 ひとり取り残されるより安全かつ安心だと考えたところで結論が出た。


「い、一緒に行きます」


 綾香は藤田のもとへと急いだ。


「大丈夫だ。わしがいるからな」


 追いついた綾香に向かって藤田はにっこりと笑顔を向けた。


「頼りにしています」


 綾香も微笑みかえす。


 怖い気持ちは消えないが、いざとなったら助けてもらえるという安心感がある。

 藤田と一緒なら大丈夫だと心を強く持ち、男に近づいていく。


「あの男、わしらに気づいて警戒しているな」


 藤田は足を止め、手で綾香を制した。


「あっ、本当だ。わたしたちを見ていますね」

「このまま近づくべきか、それとも様子を見るべきか」


 藤田が独りごちる。

 全ての判断を藤田に任せ、綾香は待ちながら男の様子を眺めた。


「藤田さん。見て、あれ」


 綾香は男を指す。

 こちらに向かって手招きしている。


「呼んでいるのか?」

「そうみたいですね。でも、怪しくありませんか? 

 なにか魂胆があるのかも」

「魂胆か……まぁ、なにかあるだろうな」


 藤田が思案している。


「あいつのところに行くの、やめませんか。

 いまからでも遅くありませんよ」


 無性に危険を感じる。

 この本能的な感覚を無視できない。


「行く」

「どうして?」

「あの男はわしが知らない情報を持っている気がするんだ。

 この世界を知るために必要ななにかを」


 藤田が取りかれたような目をしている。


「そのために危険な目に遭うかもしれないんですよ」

「この世界にいることが既に危険だとは思わんか」

「ええ、まぁ、そうですね。でも……」


 綾香はどうにかして止めようと思った。

 だが、藤田は聞く耳を持たずに動きだす。

 手を振りながら男のもとへと走りだした。


 現実世界なら確実に藤田と別行動をとり、自身の判断に沿って動く。

 だが、この世界ではそうはいかない。

 わからないことだらけで単独行動を取るのは危険だ。

 だから、先住者であり情報を持つ藤田と行動を共にしている。

 ところが、一緒にいることで危険が増大するかもしれない可能性がでてきた。


 不安がのしかかってくる。


 この世界に絶対的な安全なんてない。

 常に危険と隣り合わせ。

 だったら、ひとりより誰かと一緒にいたほうがいい。


 綾香は覚悟を決めた。


 藤田を追っていく。

 男との距離が数メートルまで近づいている。

 男はぴくりとも動かず、藤田の動向を注視していた。


「おーい、きみ」


 藤田が男に呼びかけた。

 男は視線をそのままに無言を貫いている。

 その姿はまるで警戒心の強い野良猫だ。


「きみに危害を加えたりしない、話をしたいだけだ」


 藤田はゆっくりとした歩みで男に近づいていく。

 男の態度に変化はない。


「この世界の情報を共有したいんだ」


 なおも藤田は近づく。


「……わかった」


 男が低い声でつぶやき、藤田に歩みよっていく。


 綾香は追いついた藤田の背後に隠れ、やってくる男の姿を凝視した。

 長身のせいか異様な威圧感があり、長い前髪に隠れた目つきは鋭く冷たい感じがする。

 身近にいる男性に似たような雰囲気を持つ者はひとりとしていない。

 ひとを寄せつけない近づき難さがある。


「きみ、最近この世界にやってきたのかい?」


 藤田は男に対して警戒心や不審感があまりないのか、綾香と接するのと同じように話しかけている。

 男は品定めするように藤田を見つめるだけでなにも答えない。


「名前は?」


 なおも藤田は問う。

 男は眉間に皺を寄せ、無言を貫く。


「ここにもうひとり男性がいたけど、なにか話したかい?」


 一歩前進し、藤田が男に迫る。

 男は即座に後退し、視線を綾香に向けた。

 不意に目が合う。

 強い視線に射抜かれ、反射的に目を逸らす。

 その先に腰に差した拳銃が見え、心臓が早鐘を打つ。

 どうにか落ちつこうと視線を上に向けると、また男と目が合った。

 なんとなく気まずい感じがし、その場をつくろうように言葉を探した。


「け、警察なの?」


 とっさに浮かんだセリフを言い、拳銃を指した。

 男は鋭い目つきで綾香を睨んだ。

 一瞬にして体が凍りつき、藪蛇やぶへびだったと猛省もうせいした。

 どこをどうみても警察の風体ではない。

 わかっているのになぜか口をついてでてしまった。


 どうしよう。


 綾香は肝を冷やした。

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