第10話 守れる命はひとつ
あいつ……あのじいさんだ。
七志は唾を飲みこんだ。
脳裏に毎朝公園で出会う老人の姿が浮かんでくる。
その姿と写真に写っている人物がぴたりと重なった。
視線が写真から外れ、忙しなく左右を往復しつづける。
なぜじいさんがターゲットなんだ?
元殺し屋とはいえ、いまでは全くの役立たず。
放っておけばいい。
これまでターゲットの殺される理由など気にもしなかった。
殺されるだけのわけがあるのだろう、金さえもらえればどうでもいいというスタンスだった。
だが、今回は違った。
なぜ殺されるのか?
誰に依頼されたのか?
疑問が浮かぶ。
だが、答えを知る術はない。
桐谷はそういった情報は一切教えない主義だ。
依頼者の秘密を守るため、ターゲットへの感情移入防止など理由は様々あるのだろう。
「ターゲットは殺し屋を辞めて、現在は情報屋として裏社会と繋がっている。
一時期は殺し屋としてトップだった奴がここまで落ちぶれるとはな」
桐谷が苦笑いを浮かべた。
俺がじいさんを殺す?
頭が混乱し、桐谷が話しかけてきているが少しも反応できない。
理論的に状況を把握し、分析することができない。
ただひたすら老人を殺さなければならないという現実に戸惑い、動揺した。
桐谷がその後なにを話したのか覚えていない。
どうやってアジトを出て公園に向かったのかも……。
先ほどの出来事は夢だったのではないだろうか?
一瞬思ったが、すぐに握りしめた写真を見て現実を突きつけられた。
最後の殺しのターゲットはじいさん。
写真に写った老人がじっとこちらを見ている。
視線は実際には七志に向いていない。
だが、感じる。
その恐怖から逃れようと写真を裏返した。
そこに地図が描かれている。
老人が
略図ではあるが、すぐに公園内であると気づいた。
場所はだいたいわかる。
寝込みを襲えば数分で片づくから三日も必要ない。
計画を立てる必要すらない簡単な仕事だ。
だが、気持ちは複雑だった。
守れるのはたったひとつ、自分自身か老人の命かのどちらか。
できるならどちらも失いたくない。
だが、それは無理な話であることは重々承知している。
選択しなければならない。
どちらを守り、どちらを捨てるのか——。
考えるまでもない。
七志はポケットに手を突っこみ、ナイフを確認した。
これで仕留める。
迷いは命取りのもと。
気を引きしめ、しっかりとした足取りで地図にある場所に向かった。
公園の隅っこ、ダンボールハウスが点在している。
このなかのどれかが老人の根城だ。
一軒一軒たしかめるしかないかと思った矢先、犬を発見した。
あんぱんをねだるあの犬だ。
犬っころがいるってことは、あそこだな。
当たりをつけて一軒のダンボールハウスに向かった。
たどり着くまでに脳内で計画をまとめていく。
在宅していれば理由をつけて家に入れてもらい、室内で口を塞いで一気に刺す。
もし不在なら待ち伏せし、帰ってきたところを襲う。
「わん、わん」
七志の姿に気づき、犬が嬉しそうに吠えている。
「あんぱんはないぞ」
両手を犬に見せた。
それでもなお吠え、足にすりついてくる。
「じいさん、いるか?」
ダンボールハウスの入り口に立ち、声を掛けた。
だが、応答がない。
「勝手に入らせてもらうぞ」
もし老人が室内にいたとしても言い訳ができるよう声掛けし、ドア代わりのビニールシートをくぐって室内に入った。
もわっと悪臭が
慌てて手で鼻を覆った。
こんな不衛生なところで寝泊まりしているのか。
薄暗い室内を見渡した。
悪臭が漂い、埃っぽいところはホームレスの家らしい。
その反面、似つかわしくない物をいくつか発見した。
筆記具にノートといった事務用品に加え、鍵付きの箱がある。
なにが入っているんだ?
興味がわき、箱の上蓋に触れた。
当然、施錠されており箱は開かない。
ジャケットの内ポケットから細い金属棒を取りだし、その先端を鍵穴に入れて動かす。
ほんの数秒で小気味良い解錠音がした。
すぐさま上蓋を持ちあげる。
「金目のものじゃないのか」
箱には写真や資料といった類のものが入っている。
七志は落胆しながら、適当に写真を一枚手に取った。
それに目をやる。
「お、俺?」
コンビニ袋を提げて歩く七志の姿が写っている。
深く瞬きをし、もう一度写真を見た。
俺だ……。
何度見ようが結果は同じ。
それは七志の写真だった。
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