第11話 偶然ではない出会い
七志は写真をじっと見つめた。
近所のコンビニから出てくる七志の姿が撮影されている。
いつ撮られたんだ?
考えはじめてすぐ思考を止めた。
このコンビニに毎日通っている。
おまけに、いつも同じ時刻、服装で出かけてあんぱんを買う。
つまり、写真だけでは日付の特定は不可能。
ふっと息を吐き、何気なく写真を裏返した。
0607——。
四桁の数字が記されている。
この数字は……日付か?
すぐさま記憶を探り、初めて老人に会った日を思いだす。
「なんてことだ」
あきれを通り越して情けなくなった。
その日付は老人と出会う一週間ほど前。
つまり、出会いは偶然じゃない。
老人は七志を認識して声をかけてきたのだ。
もしかすると犬があんぱんをねだったのも計算ずくだったのかもしれない。
なんのために?
疑問が生じる。
犬を通じて顔見知りになるまで、老人の存在すら知らなかった。
一方的に認識されている。
なぜと考えたところで、老人が情報屋であることを思いだした。
じいさんは俺の情報を集めていたんだ。
より深く情報を得るために犬っころをだしにして近づいてきた。
ため息をつき、様々な顔を思い浮かべる。
そのなかの誰かが老人に依頼をし、七志の情報を集めていた。
目的は明白。
殺すため——。
殺し屋として大勢のひとを殺してきた。
恨みはない、全ては生きるための金を得るため。
だから、金のために命を狙われても不思議ではないし、請けおった者を責めたりしない。
殺し屋として仕事の依頼を請け、責任をもって
同業者としてその考えを理解し、真正面から受けとめよう。
どんな情報を集めたのか気になり、箱を探った。
多数の写真には七志の日常行動がわかる場面が撮影されている。
この数週間で写真を撮られたと感じたことは一切ないし、尾行された覚えもない。
だが、しっかりと撮影されている。
あのじいさん、相当やるな。
さすが元殺し屋。
写真以外にも調べあげた情報が記されたメモが数枚ある。
それらを
目的はなんだ?
情報を売るためだけなら遠くから監視して調査すればいい。
危険を冒してまで声をかけてきたのはなぜだ?
そもそも、じいさんに俺の情報を集めるよう依頼したのは何者だ?
疑問が浮かぶ頭の片隅で次に考えるべきことがよぎる。
いったん引きあげるべきか。
桐谷からの依頼の期限は三日。
今日、計画を中止しても時間的余裕はある。
このままターゲットを殺害することに問題はない。
だが、誰が老人に調査依頼したのか気になった。
同業者に狙われた経験は何度もある。
だが、一度だって依頼主や理由を知ろうなどと考えなかった。
それなのに、妙に気になる。
どこかおかしい。
なにかある気がする。
理論的に説明できないが、本能が七志に告げる。
写真を元に戻し、箱を閉じた。
今日は中止だ。
違和感の正体がわかるまで動かないほうがいい。
直感を信じてダンボールハウスから出ようとしたとき、ビニールシートが持ちあがった。
その隙間から老人が顔を半分覗かせ、ねっとりとした視線を七志に送ってくる。
「じいさん」
唾を飲みこみ、ゆっくりと右手を後ろに回していく。
指先で拳銃を探り、いつでも行動に移せるように準備を整える。
「どうしたんだ、こんなところで」
老人がきょとんとしている。
本心からの表情か、それとも芝居なのか七志にはわからなかった。
「犬っころがいたから、ここがあんたの寝床だと思ってきたんだ。
勝手に入って悪い」
それなりの言い訳をし、老人の反応をうかがう。
「全然かまわんよ。
わしと兄ちゃんとの仲じゃないか」
老人が笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえると助かる。
じゃあ、帰るよ」
足を踏みだす。
老人に警戒の色はない。
「わしに用があったんじゃないのか」
尋ねる老人の視線が一瞬にして変化した。
獲物を狙うように鋭く、ある一点を貫く。
見ていた、ほんのわずかな間——。
すでにもう老人の視線はそこにはない。
だが、確かに七志は目にした。
老人の視線が箱にあったのを……。
勘づかれたかもしれない。
七志は素知らぬ振りをし、退出しようとした。
老人が見て見ぬふりをするならそれでよし。
もし疑いの目を向け、それを確かめようとするなら応じる。
「……誰に頼まれた?」
老人がいつもの口調で聞いてきた。
「なんのことだ」
七志は答える。
「目的はこれか?」
老人は箱に近づき、そっと触れた。
「違う」
「だったら、どうして鍵が外されているんだ?」
これみよがしに老人が箱の上蓋を開けた。
開錠後に上蓋を閉じても自動的に施錠されないタイプだったようだ。
七志は舌打ちをし、心を決めた。
今日、ターゲットの命を奪う。
ぐっと腹に力を入れた。
「昔ならともかく、こんな老いぼれの命を奪おうとする奴がまだいるとはな」
老人は吐き捨てるように言い、
構えると同時に動きだす。
だが、足の悪さが邪魔をして俊敏さに欠ける。
七志は軽々と攻撃を避け、老人の後ろを取った。
ポケットにあるナイフを手にし、一気に首筋を狙う。
「待て!」
老人が叫んだ。
懇願されようとも聞くつもりはない。
老人はターゲットであり、殺し屋稼業を引退する条件でもある。
必ず殺す、いますぐに。
「誰に狙われているのか知りたくないか?」
老人の言葉に決意が揺らぎそうになった。
普段なら気にならない。
誰であろうと関係がない。
だが、今回は引っかかりを感じる。
そのうえ、胸騒ぎがしてならない。
手にしたナイフの力が緩む。
その七志の行動になにか察したのか老人が高々と笑った。
「兄ちゃんも哀れなもんだな」
「どういう意味だ」
「わしの過去を知っているんだろう? 元殺し屋だって」
老人の問いに七志は答えなかった。
「殺し屋ってのは利用するだけ利用されて、用済みになったら捨てられるんだ」
話しながら老人が不自由な右足を叩いた。
「それがどうした」
ナイフを握る手に力を込める。
「兄ちゃんもいずれわしのようになる。
利用できないと判断されると、あっさりと捨てられるんだ」
言い終えると老人は狂ったように笑った。
自身をあざげるようでもあり、七志を憐れむようでもあり……。
あっさりと捨てられるんだ——。
老人の言葉が胸の刺さった。
ずっと感じていた違和感の正体が少しずつ形になっていく。
予想と違う言葉と行動。
その違和感をどうして真正面から受けとめようとしなかったのだろう。
それは恐れか、思考の放棄か。
七志は唇を噛んだ。
「兄ちゃん、心当たりがあるんだろう?」
老人が探るように聞いてくる。
七志は視線を逸らし、老人の首筋に当てたナイフに力を込めた。
「気にやむな、殺し屋がみんな通る道だ。
兄ちゃんはちょっと早かっただけ」
ナイフで脅そうとも老人は
なおも語りかけてくる。
「知りたいだろう、依頼主が誰かって」
「黙れ」
七志は即座に答えた。
だが、老人の言葉が心のなか奥深くに潜りこむ。
そのまま沈んでしまえ。
七志は願った。
だが、言葉が心の壁を引っ
依頼主は誰?
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