第2話 細長い物体の正体
前方に悲鳴をあげながら走る四十代の男がいる。
その背後には奇妙な物体が……。
七志は目を見開き、その奇妙な物体を目で追った。
人間の肩幅くらいの太さで長さは四メートルほどの物体が、全体をくねくねさせながら這いすすむ。
その姿と動きはまるで蛇だ。
だが、目や口といった器官が見当たらない。
蛇なのか?
形と動きは限りなく近いが、視覚器のない蛇など存在するのだろうか。
疑問がわきあがってくる。
だが、いまは目の前で起きようとしている出来事に意識を集中させた。
蛇に似た物体が引きずるような音をさせ、男を猛スピードで追っていく。
異様な光景に視線を外せない。
なりゆきを見守った。
男は逃げていく、蛇は這いすすむ。
弱い者は強い者に捕食されるという自然の摂理が繰りひろげられている。
追いつかれるのは時間の問題だ。
七志は男と蛇の速度と距離を目算し、追いつくであろう位置を予測した。
その場所が見渡せ、かつ身を潜められる物がないかと探りをいれる。
あの大木がいい。
すぐさま移動し、男と蛇の様子をうかがいながら木に登っていく。
高い位置から見おろせることに加え、安全も担保される絶好の位置だ。
息を殺しながら待つ。
予測通り男がやってきた。
必死の形相で悲鳴をあげる男の背後にぴたりと蛇がつく。
やはりあれは蛇じゃない。
七志は唾を飲みこんだ。
感覚器がないだけでなく、蛇独特の皮膚感がない。
表面は茶色でざらっとした物質で覆われている。
あれは土?
いや、違うか。
土っぽいけど、そんなものでできた物体が動くとは思えない。
もう一度、確認するように凝視した。
物体の先頭に当たる部分に顔らしき器官は存在せず、のっぺらぼうのようになにもない。
表面は皮膚というより土。
とても生物とは思えないものが蛇のように地面を這い、男を追っている。
そんなおかしな生き物が存在するはずがない。
じゃあ、あれはなんだ?
七志は答えに
思考を続けるが、明確な解答は得られない。
やめだ、やめ。
考えるだけ無駄だ。
思考の流れを切った。
そもそも、この世界からして説明がつかないことだらけ。
土でできた蛇——土蛇がなぜ動くのか。
どうして人間を追っているのか。
現状、疑問を解くだけの情報がない。
いまはなりゆきに任せ、状況把握に努めよう。
視線を戻した。
土蛇が地面を這い、男を追っている。
二者間の距離は縮まり、もうすぐ追いつく。
この先どうなるのかと見守っていると変化が生じた。
鎌首をもたげる蛇のように土蛇の先頭部分がぶわりと浮きあがる。
男の頭上を遥かに越えたところで動きを止めた。
襲う気だ。
七志は肌で感じた。
人間が発する殺意とは違った野生動物特有の獲物を狙う気配を発している。
土蛇の先端部分が動いた。
逃げつづける男の斜め上で一旦静止。
下降しながら先頭部分が口を開くように裂ける。
その部分が一気に男を飲みこんだ。
一連の動きを見た七志は、脳裏に蛇が蛙を丸飲みする場面を思い浮かべた。
食べられた蛙の末路は当然、死。
男はどうなるのだろうかと土蛇に意識を戻した。
土蛇は踊るように全身を動かし、とぐろを巻きはじめる。
飲みこまれた男が土蛇のどのあたりにいるのかわからない。
消化されたのか、それともとぐろ内にいるのか。
男はどうなる?
土蛇は?
映画を鑑賞するような気持ちで七志は現状を見守った。
土蛇はとぐろを巻いた状態のまま、動きを止めている。
内部にいると思われる男に動きはない。
永遠にこの状態なのだろうかと思ったところ、変化が生じた。
とぐろ状態の上部から下部に向けて崩壊しはじめる。
氷が溶けるように土が崩れ、大きな音をさせながら大地へと戻っていく。
完全崩壊まで十数秒、あっという間に土蛇は土に
そこに男の姿はない。
なにがどうなっているんだ。
七志は頭の混乱を抑えようと唇を噛んだ。
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