第3話 完璧な殺し屋
土でできた蛇——土蛇が男を追い、頭から飲みこみ……。
最終的には土蛇は崩壊し、土に
飲みこまれた男の末路は……。
自然と視線が土に向いた。
蛇の形から本来の土の姿へと戻っている。
そこに男の姿はない。
焦るな、冷静になれ。
心を落ちつけようと唱える。
心拍数が少しずつ戻りはじめたところで、記憶をひとつずつかき集めていく。
都会の
そこは登山やハイキングを楽しむような爽やかな雰囲気は
入山してすぐに発見しづらい入り組んだところを探した。
遺体を発見されたくない。
もし誰かに見つかれば知られてしまう。
俺が何者でもないことが……。
適当な場所を探しあて、ためらいもなく拳銃を手にした。
引き金を引けば終わる。
覚悟など立派なものはない。
あるのは発砲後に訪れる安堵感。
それを求めたときだった。
意識が飛んだ。
そればかりではなく、肉体も瞬間的にこの世界に移動していた。
七志はため息をつき、先ほどまで土蛇がとぐろを巻いていた場所に目をやった。
これまでいた世界と大きく違っているこの世界。
そのなかでも一番の驚きは土蛇だ。
現実世界にはいない存在。
土でできていて、蛇に似た動きをする。
それが餌を求めるように人間を襲い、飲みこみ、消滅させた。
あれはなんなんだ。
脳裏に土蛇が大地を這いすすみ、ひとを追い、襲い、骨ひとつ残さず消しさった一連の行動を思い浮かべた。
まるでホラー映画。
だが、全く恐怖は感じない。
それどころか興奮を覚えた。
土蛇は完璧な殺し屋だ。
肉体の欠片すら残さず葬った。
消滅とは死なのだろうか?
思考を巡らせていく。
医学的な死を意味するのだろうか。
この世界から消えただけなのか。
肉体そのものが土蛇のなかで溶けてしまったのだろうか。
再び別の世界へ飛ばされたのか。
可能性が次から次へと思い浮かぶ。
だが、どれひとつとして正解とも不正解とも判断がつかない。
疑問のまま残りつづける。
他にも情報はないだろうかと記憶を辿っているさなか、空に異変が起きた。
灰色の雲の一部が漆黒に染まり、それが落下していく。
七志は視線を漆黒の雲に向けた。
落下しながら雲は細長く伸びて楕円形になり、人型へと変形してく。
空から人が降ってきた?
まさか、俺も同じような経路でこの世界にやってきたのか?
人型が落下した場所に当たりをつけ、そこを見渡せそうな木を探しだして急いで移動した。
目を凝らし、人型の雲を見つめる。
石鹸で洗った体についた泡を湯で流すように雲が消えていく。
そのあとに残ったのは二十代の青年だった。
せわしなく辺りを見渡している。
表情は確認できないが、様子からして不安そうな雰囲気が伝わってきた。
再び蛇が出現したらどうなる?
ふと考えた。
さっきの男と同じく蛇に襲われるだろう。
その結果、肉体が消滅する。
俺にはどうすることもできない。
木に登ったまま、高みの見物をきめこんだ。
青年は動かない。
その場に立ちつくしている。
いつまでそうしているのだろうかと見飽きはじめた頃、状況が変わった。
青年がいる場所の数メートル先の地面が波打つ。
青年は驚いたようでその場に尻もちをついた。
波打った土が盛りあがり、立体的になっていく。
七志は直感した。
土蛇になる!
根拠などない。
ただ、波打つ土に禍々しい力を感じた。
土は波打ち、盛りあがり、立体的になり、形作る——土蛇に。
「うわぁっ」
青年の悲鳴がここまで届く。
土蛇は大地を這いすすむ。
尻もちをついていた青年は立ちあがり、バランスを崩しながらも走りだす。
追う土蛇、逃げる青年。
決着はすぐについた。
土蛇は先ほどと同じく鎌首をもたげ、青年を頭から飲みこんでとぐろを巻く。
次はとぐろが崩壊して青年が消滅する、七志は
だが、先ほどと違って崩壊が起きない。
とぐろ状態のまま、数分が経過した。
さっきとは違うのか?
新たな情報を得ようと観察しつづけていると、突如としてとぐろの中央部分に亀裂が入った。
そこから右手が突きでる。
手はもがくようにして動き、外へ出ようとしていた。
土蛇に飲みこまれても、必ずしも消滅するとは限らないみたいだな。
七志は土蛇に見入った。
右手が土を掻きだすようにして動き、亀裂部分を広げていく。
そこから頭を先頭に体が出てきた。
交通事故に遭ったように全身血塗れでとても痛々しい。
「うわぁぁぁっ」
土蛇から完全に脱出した青年が叫ぶ。
それに混じり、土蛇が崩壊する大きな音が辺りに響く。
かなり出血しているな。
普通なら死んでいるか、よくて意識不明の重体だろう。
なのに、叫ぶ力が残ってる。
おかしい。
それに血が……。
異変を感じとり、七志は木からおりた。
辺りを警戒しながら青年に近づいていく。
詳細がわかる位置まで詰めより、様子をうかがう。
やはりおかしい。
血が止まっている。
あれほど流れていた血が自然に、それもあっという間に止まるのは異常だ。
傷口を調べる必要があると判断した矢先、青年の叫び声が止まった。
苦しみもだえていたのが嘘のように地面で
それからゆっくりと体を起こし、全身を
全身血塗れのままだが痛みをまるで感じていない。
青年は驚きの表情を浮かべ、両手で体のあちらこちらに触れた。
ときおり首を傾げてはまた触る。
それを繰りかえしたあと、この世界と自身の体験に恐怖を感じたのか悲鳴をあげてこの場から逃げさった。
あれほどの血を流して死ななないばかりか、平然と走っていくなんて明らかに異常だ。
なんなんだ、この世界は……。
七志は逃げていく青年の後ろ姿を見送った。
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