死ぬために生きる——生が失われた異世界で土蛇が襲いくる!
こみる
序章 それぞれのはじまり
第1話 絶望を絵にしたような世界
なんだったんだ、あれは……。
男は頭を抱えて座りこんだ。
頭が激しく混乱している。
ここは……。
視線だけを動かし、周囲の景色を
目に映る景色と脳裏に浮かぶ記憶が交差する。
どうやって僕はあの世界から……。
なにが起こったのか思いだそうとすればするほど、答えが遠のいていく。
そんな感覚に襲われた。
このままではいけない。
男はカバンからメモ帳を取りだし、ペンを握った。
急がないと。
奇妙な焦りが男に襲いかかる。
消えてしまう。
根拠はないが、そう感じる。
男はメモ帳に文字を書きなぐっていく。
——土でできた蛇……。
一秒ごとに記憶を失っていく感覚のなか、必死に言葉を絞りだす。
どんどん消えていく、おぼろげになっていく……。
——ひとを飲みこんだあと……。
急がなければ。
ペンを走らせる速度をどんどんあげていく。
——土蛇に飲みこまれたひとが……。
記憶が消えてしまわないうちに残したい。
あの世界のこと、そこで起きたことをひとつも残らずに。
……。
……?
なんだっけ……。
消えてしまう。
記憶が遠のいていく、あの異様な経験が……。
記憶を呼びおこそうとメモを読みかえした。
『土でできた蛇に追われる』
『ひとを飲みこんだあと土蛇は崩壊する、ひとは消滅』
『土蛇に飲みこまれたひとが脱出、全身血まみれ、土蛇は崩壊』
大丈夫、まだ完全に消えていない。
ちゃんと覚えている。
あと少し、もう少し書き残したいことがある。
次の瞬間——。
頭のなかが
それが先ほどまで浮かんでいた言葉を少しずつ包みこんでいく。
このままではまずいと思い、男は激しく首を振った。
だが、靄は増殖し続ける。
もうだめだ、消えてしまう。
あとふたつ……これだけは書かないと。
力を振りしぼり、残った数少ない言葉を指先に伝えた。
それに呼応し、ペンを持つ手が動く。
すると、ペン先から言葉が生まれてきた。
よし、なんとか間にあった。
それと共に手からペンが落下。
ぽとんっ。
地面にペンが落ちた。
その
「……僕、なにをしていたんだ? ここは?」
男は周囲を見渡しながら、もやもやとする記憶を探った。
なんとなく見覚えのある景色。
なにをしにここへ来たんだっけ?
首を傾げた数秒後、もやっとしていた記憶がはっきりとした。
「ああ、そうか。僕は……うん? なんだ、これ」
自然と視線が手元に向かった。
大事そうにメモ帳を持っている。
どうしてメモ帳を?
記憶をたどってもメモを取った記憶がない。
だが、しっかりと文字が書かれている。
男は唾を飲みこみ、上から順に文字を読んだ。
読むごとに眉間に皺がよっていく。
「意味不明だな。なんだってこんなものを書いたんだ?」
首を傾げ、少し考えてみる。
だが、答えは見つからない。
ふっと息を吐き、メモ帳からそのページを引きちぎって丸めて捨てた。
……帰ろう。
男は逃げるように走っていく。
その場に捨てたメモ書きと長い縄を残して……。
※※※
意識が飛んだ。
いや、それだけじゃない。
俺自身も飛んだ、のか?
先ほどまで緑豊かな山中にいたのに、いまはなぜか枯れた木や草花が生息する場所にいる。
まるで見覚えがないところだ。
ここはどこなのか、なぜこんなところにいるのか?
疑問が浮かんでくる。
生まれてきてから今日まで様々な修羅場をくぐり抜けてきた。
いつだって冷静に対応し、そのおかげでこうやって生きのびている。
だが、いまはこれまでの経験が通用しない気がした。
瞬間移動したかのように別の場所にいる。
明らかに異常だ。
そのうえ、この世界は地球上にあるとは思えない異質さを放っている。
周辺のどこを見ても色彩を失い、昆虫や動物といった生物が見当たらず、植物は枯れていて生気の欠片すらない。
絶望を絵にしたような世界だな。
そんな世界のなかで七志は息を吐く。
恐怖はない。
だが、なにが起きたかわからず動揺している。
現状を把握しなければ、いずれ未知に対する恐怖へと変化していくだろう。
それだけは阻止しなければならない。
恐怖の先には心の死がある。
そうなったら生きながら死ぬという最悪な状況に陥る。
考えるんだ、どうしてこうなったのかを。
視線を右手に向けた。
しっかりと拳銃が握られている。
俺は死のうとして山に入った。
それから銃口を側頭部に当てたところで意識がぶっ飛んだ。
つい数分前の出来事をはっきりと思いおこせる。
ところが、なぜ意識が飛んだのかはわからない。
答えを導きだそうと何度も記憶を
わからない。
解決の糸口さえも……。
状況を把握できなければ次の行動を起こせない。
わからないことばかりの現状に恐怖の種が芽吹く。
このまま育っていけば、確実に飲みこまれてしまう。
そうなる前に手を打たなければ。
心拍数の上昇と共に両耳が反応した。
遠くから物音がする。
なんの音だ?
全神経を耳に集中させた。
小さな音が遠くから聞こえてくる。
あれはなんだ?
悲鳴、それと重いものを引きずるような音がする。
音がする方向に目を向けた。
遥か遠くに物体が見える。
正体は不明だが動いているのは間違いない。
皮膚がひりつく。
危険を感じる。
それと同時にこの世界を知る手がかりになりそうな予感がした。
この場にとどまっていてもなにもはじまらない。
危険の渦中に飛びこんでこそ得られるものがある。
そうやって二十年余り生きてきた。
行く。
物体に狙いを定め、身を屈めた。
常に辺りを警戒しつつ、岩場や木に身を潜めて進んでいく。
しばらくすると物体の輪郭がくっきりとしてきた。
四十代の男が悲鳴をあげながら走っている。
その背後に奇妙な物体がいた。
茶色の細長い物体が男を追っている。
なんだ、あれは。
七志は唾を飲みこんだ。
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