第5話 時間の概念がない世界

 生気せいきのないこの世界で、どれくらいの月日が流れただろうか。


 藤田は禿げた頭をでながら考えた。


 一日……。

 一週間……。


 いや、違う。


 一ヶ月……。

 一年……。

  

 わからない。

 だったら……。


 十年……?


 気が遠くなるほど長かった気がする。

 だが、具体的にどれほどの期間だったかはわからない。


 藤田は首をひねった。


 客観的に判断すれば、短期間だった可能性もある。

 ……わからない。

 長かったのか、短かったのか……そんな簡単なことさえも。

 

 ただひとつだけはっきりしている。

 それは、苦痛だということ。

 

 ここに来てどれくらい経つ?

 あとどれくらいここにいる?


 そんなことはもう気にならなくなってきた。

 現状感じている苦痛は、なにもわからないことに起因きいんしている。


 わからない……。


 この世界にやってきてどれくらい経ったのかまるでわからない。

 ……わかるはずがない。

 

 この世界にやってきた当初、時間の経過を把握しようと試みた。

 太陽の動き、植物の成長具合、体の変化など。

 だが、どれも無駄な努力。


 空を見あげた。

 相変わらずの曇天どんてんにため息をつく。

 この雲のせいで太陽の位置から時刻を割りだせない。


 周囲に視線を走らせた。


 木々や草花。

 どれも枯れている。

 緑色などどこにも存在しない。


 だから、待った。

 草花が育つのを……。

 だが、無駄だった。

 いつまで経っても枯れたまま。


 顎に手を置いた。


 一向に伸びない髪と髭。

 空腹を覚えず、眠気が起きない。

 おまけに尿意も皆無かいむ

 走ったりすればしばらくは疲れを感じるが、休息を取ればあっという間に回復する。


 長い間、この世界にいた経験からふたつの結論に達した。


 この世界には時間という概念がない——。


 それと……。


 明らかに異常なこの世界を受けいれれば、恐怖や絶望が薄らぐ——。


 世界を疑問なく素直に受けいれる。

 そう心を決めたとき、恐怖や絶望の対象が希望へを変化した。


 明らかに異常な世界だ。

 だが、いまは恐怖や絶望をほとんど感じない。

 むしろ心地よいとさえ思える。

 

 いつまでもここにいたい。

 ここがわしの思い描くような世界になりえるのならば……。


 再び空を見あげる。

 相変わらずの曇り空だ。

 だが、異変が起きつつある。


 もうすぐだ。


 雲の変化に目を凝らす。

 

 いつものあれか?


 心がわくわくしてくる。

 久々に感じる高揚感。


 ……もしかすると。

 あれだ。

 

 期待感に胸を弾ませる。


 曇り空の異変をまじまじと見つめた。

 灰色の雲の一部が漆黒に染まっていく。


 来る!


 拳を作った。


 次こそ必ず叶えてみせる。


 心に強く誓う。


 息を吐き、漆黒に染まった雲が浮かぶ方向へと歩きだす。


 わしが行くまでがんばって逃げろ。

 土蛇に飲みこまれるんじゃないぞ。


 まだ見ぬこの世界の来訪者に向かって心のなかで語りかけた。


 待っていろ。

 すぐに迎えに行く。


 藤田は辺りを警戒しながら、歩く速度をあげた。

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