第19話 用心すべき相手
七志はため息をついた。
なぜこうなってしまったんだろう。
この世界で他の誰かを探そうとしたまでは計画どおり。
だが、出会った相手が悪かった。
視界に藤田の後ろ姿が飛びこんでくる。
初めて奴の姿を発見したとき、本能がすぐさま危険信号を発した。
裏社会で生きてきた経験から、ある程度の警戒度は一瞬で見分けられる。
放っておいても害のない奴から、警戒しなければ刃を向けられる奴まで様々なパターンと接してきた。
そのなかでもかなりレアなケースがある。
危険度マックスだと本能が告げるが、どう危険なのかがわからない場合だ。
こういうケースは十中八九、自分とは異なる危険を
つまり、身体に危害を加える殺し屋ではない。
なにをしでかすかわからない精神的に危険な奴である。
藤田ってじいさん、奴は間違いなくレアケース。
用心しなければならない相手だ。
もうひとりの奴は……。
藤田に引っつくようにして歩いている綾香を見た。
馬鹿がつくほど素直なお人好し。
放っておいても危険はないが、じいさんを慕っているのが問題だ。
面倒を起こさないといいが。
再びため息をついた。
とりあえず警戒するのはじいさんだけでいい。
まずは探りをいれてみるか。
七志は早足で進み、藤田の数歩後ろまで迫った。
近くにいる綾香が七志に気づき、逃げるように藤田の前に進みでる。
馬鹿みたいにわかりやすいな、この女。
綾香の存在を視界の隅にやり、藤田を中央に
「じいさん。あんた、卑怯だな」
挑発するように話しかけてみる。
すると、藤田より先に綾香が反応した。
足を止め、藤田と七志の交互に視線を送って反応をうかがっている。
「なんだって?」
耳の遠い老人が聞きかえすような口調で藤田が歩きながら答えた。
「さっき、あんただけ話さなかっただろう。この世界の情報をさ」
「あっ、そっか、そっか」
七志の言葉を聞き、藤田は立ちどまって手を叩いた。
「わざとじゃないよな?」
「まさか。すっかり忘れておっただけだ」
振りかえった藤田の顔には笑顔が張りついている。
これまでに何度となく目にしてきた作り物の笑みだ。
それはなにかを隠すための仮面。
「そうか? 俺はてっきりじいさんに煙に巻かれたのかと思ったよ」
挑発しつつ、探りをいれる。
返答の内容はもちろん、声質や視線の揺れ、体の動きには答える者の本音が見え隠れするもの。
藤田がどう反応するかを楽しみに待った。
「藤田さんに喧嘩を売るなんていい度胸ね」
予想に反して綾香が答えた。
言っているセリフとは裏腹に声は微かに震え、藤田の陰に隠れるようにして立っている。
怖いなら黙っていればいいものを。
どうして馬鹿な奴ほど勝てない相手に食らいつこうとするんだ。
苛立ちを視線に込め、綾香を睨んだ。
「まぁまぁ、綾香ちゃん、落ち着いて」
藤田は綾香をなだめつつ、七志を制するように真正面に立った。
「忘れていた、か。本当かどうか怪しいもんだ。
今回はこれ以上、追及しないでおく。
だが、次はない。いいな」
七志は口で藤田に、心のなかで自身に念押しをした。
こいつを信じない。
今回も、次も、なにがあっても。
「わかった。とはいえ、残念ながらわしが知っていることは、きみたちと大して差はない」
藤田は冷静に淡々と受け答えしている。
だが、言い終えたあとにわずかだが瞳が揺れた。
「ここに来てどれくらい経つ?」
「さぁて、わからん。
七志くん、気づいているかい。この世界では時間の経過がないって」
「えっ、そうなの!? お腹が空かないのはそのせいなのね」
綾香が藤田の背後から顔をひょこりと出す。
やっぱりこいつ、馬鹿だ。
「……ああ、知ってる」
七志は綾香に対する呆れた気持ちを隠しながら答えた。
「ちょっと。いま、わたしのこと馬鹿だと思ったでしょう」
綾香は七志を指差し、責めるような口調で言った。
なぜわかったんだと内心驚いたがそれをひた隠し、知らぬ顔をしてそっぽを向く。
「驚いているんでしょう。なんでわかったかって」
綾香に図星を指され、七志はとっさに目を向けた。
それを睨まれたととったのか、綾香は首をすくめる。
驚いている——。
その通りだ。
心を読まれないよう感情を顔に出さない訓練を幼少期から受けてきた。
だから、そう簡単に読まれないはず。
それなのに……。
しかも、あの女に感情を読まれてしまった。
馬鹿だと思っていたあの女にだ……。
七志は心の奥底で動揺した。
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