第17話 ときおり感じる別の思い
拳銃を持つ男に対し、綾香はとっさに口走った。
警察なのか、と……。
馬鹿な返答だと即座に思った。
だが、もう取り消せない。
「あ、いや、そ、その……」
この場に流れる妙な空気をどうにかしようとしたが、しどろもどろになるばかり。
どうにかせねばと焦りはじめたところ、男が軽く咳払いをした。
「そう見えるか?」
予想に反して男は口を開き、拳銃を腰から抜いた。
それを綾香の目前に差しだす。
あまりに唐突で、かつ拳銃の脅威から綾香は動けなかった。
「……み、見えない」
確実に藪を突いた。
そこからどんな蛇が出てくるのかわからない。
せめて毒蛇でないことを願った。
「だったら、なんだと思う?」
ねばりつくような声で男がささやく。
「殺し屋とか」
冗談のつもりで言った。
続け様にまさかそんなことはないよねと口にしようとした矢先、男が素早く動く。
銃口を綾香に向けた。
引き金にはしっかりと指が入っており、いつ発砲してもおかしくない。
「あっ、あっ」
綾香は固まった体をそのままに視線を動かし、藤田に助けを求めた。
藤田は特に焦る様子もなく、成りゆきを見守っている。
「殺し屋は存在を知られてはいけない。もし見られたら……」
低い声が次第に大きくなり、綾香への視線が鋭くなっていく。
「だ、誰に?」
綾香はとっさに口を挟んだ。
その行動が予想外だったらしく、男は言い返さずにいる。
力と迫力では明らかに勝てない。
だが、数少ないやりとりから口喧嘩は弱そうだと感じた。
反撃するのはいましかない。
「誰に見られたらまずいの?」
綾香は怖い気持ちを押し殺し、声を張りあげて口調を早める。
それから男に思考する隙を与えず、すぐさま言葉を継ぐ。
「警察? それとも、あなたと同じように拳銃を持つ殺し屋?」
綾香の早口に男はただ目を丸くして黙って聞いている。
「この世界で警察に通報なんてできないし、あなた以外に拳銃を持っている奴なんていないに決まっているわ」
口だけがやけに熱く、それ以外の身体はひんやりと冷たい。
心のどこかでまずいと思いながらも、言葉が口から飛びだしつづける。
「だから、わたしを撃ってもなんの意味もない。労力の無駄よ」
とどのつまり、撃たないで——。
そう伝えたいだけなのに、なにがどう間違ったのか喧嘩を売るような行動を取ってしまった。
目的を達成したせいかもう言葉は出てこない。
あとは野となれ山となれという気分で男の出方を待った。
「確かに……」
男はつぶやきながら拳銃をおろした。
「この世界で俺の顔を知ったところでなんの害もない。
それに撃っても死なないんじゃな」
「わかってもらえてよかった、よかった」
藤田が話に割って入り、男に近づいた。
「あんた、馬鹿なのか?」
男は藤田を無視し、綾香に話しかけてくる。
「えっ?」
どう答えたらいいものか考えているあいだ、男の不思議な視線に耐えた。
これまでの刺すような感じに変化はないが、ときおり丸みを帯びるときがある。
敵意のなかにひっそりと人情が隠れているような……。
まさか。
拳銃を持っている奴にそんな感情があるなんて。
綾香は激しく首を横に振った。
「こんな物を持っている奴に喧嘩を売るような真似をするなんて。まるで……」
いつになく
綾香から視線を逸らし、唇を噛んでいる。
「まるで、なに?」
「なんでもない。
そうやって俺みたいな奴に食ってかかるのはやめるんだな。
寿命を縮めるだけだ」
男は綾香を
まただ。
心が戸惑っている。
拳銃を持ち、本能が危険だと告げる男。
それなのに、ときおり感じる別の思い……。
危険のなかに見え隠れする人情。
本当に男が悪人なら言うはずがない。
——そうやって俺みたいな奴に食ってかかるのはやめるんだな。
——寿命を縮めるだけだ。
放っておけばいい。
なのにこの男は忠告するように言った。
綾香は不思議な気持ちになった。
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