第一話 情弱
「おまえってさぁ!ほーんとに女っ気ないよな!」
場も選ばず、この閑静な喫茶店で大声を出す非常識な男は僕の唯一の親友の二宮大貴にのみやだいき。
「別に…好きな人がいないだけだよ…」
「おいおい!嘘つくなって!」
「荒木、前に隣のクラスの倉本さん見てたじゃん。───まあ、あの人おっぱい大きいから見ちまうのは分かるがな!」
ほんとにこいつは空気を読まない。
ほら見ろ、他のお客さん全員こっち見てるよ。あまりに痛すぎる他のお客さんの視線に僕は頼んだミルクティーをひたすら啜るしかなかった。
「そ、そんなんじゃないから…好きな人でもないし…」
僕は慌てて弁明する。見てたのは確かに胸だったのだが。
だが、倉本さんのことは少し…いや、かなり気になっている。しかし当然のことながら他の男からも、また同性からも人気がある人だ。
でも、そんな人にもちろん僕なんかが近づけるわけもなく、話すなんてもってのほかだ。
「ふーん?つーか彼女はまだしも友達な!俺の他にいんのか?」
「それは…頑張るよ…」
僕には友達がいない。
いない言い訳をするつもりもない。このチキンでどうしようもなくコミュ障な性格が災いを呼び、ただただ今までできずに高校一年という月日が経ってしまったのである。
「頑張るったって…お前なぁ〜…はぁぁぁぁ…」
とても大きいため息を付きながら、薄目でこちらを見る。その目の色を変えるためにも僕は必死に言葉を並べる。
「ほんと…いつもだいちゃんには感謝してるよ、こんな僕にいつも付き合ってくれてさ。」
「それはいいって。俺は好きでお前に付き合ってる。」
先ほど、僕はこの男は非常識な男だと言った。
現に髪型は金髪に染めているし、装飾品もとても趣味の良いもの、だとは言えないだろう。
でも、本当にこいつはいい奴で、優しいんだ。
それをこの幼少期、そして今歩んでいる青年期で実感したことだ。
「とりあえず、友達作りからだな、女友達なら花マル100点くれてやる。」
「ま、またむすがしいことを言うなぁ…」
「ほれ!とりあえず笑顔だ!荒木はスマイル欠けてんだよ!マックのスタッフ見習え!」
僕はそう言われ、作り笑いをしてみる。
どれほど滑稽な顔だったのか、だいちゃんは思わず吹き出した。
「あっははは!ったくー、荒木、笑いのセンスはあるわ!」
僕も、だいちゃんのその眩しい笑顔に釣られて自然と、笑ってしまっていた。
そして、数刻楽しい時間を過ごした後、僕達は喫茶店を後にした。
「んじゃなー、荒木。また学校でな!」
「うん、またねっ」
だいちゃんは後ろを向き、足早に帰路につく。なんでも、推しのライブが始まるらしい。僕は推しというものは決めないでいる。
どうにも推しとやらを決めてしまうとそれに貢いでいまいたくなる。
それを一度味わって、かなりの金欠生活を強いられた経験からもう推しは作らない、と決めた。
そして、僕は行く宛も特に無かったのでまっすぐ家には帰らず、少し辺りを歩くことにした。
買い物もしなければいけなかったし、何よりクリスマスが近いということもあって、いつも通り慣れている街並みが非常に明るくライトアップされているため、その様子も見に行きたかったから、という理由がある。
外は、少し雪が振り始めていた。
ひんやりとした空気に体を震わせる。そして、木枯らしが吹き冬の到来を実感させられる。手が悴み、鼻は赤くなる。
そして、少々鼻をすすり辺りを見渡す。街はすっかりクリスマスムードで、カップルが大勢いる。
「あははっ!もー!ケンくんったら!」
「ごめんごめん!大好きだよ、リコ」
その情景を横目に僕は、ジャケットのポケットに手をそっと入れて進み続ける。
そうやって、ナルシシズムに浸っていても、結局思うことは一つ。そして、情けない言葉が思わず口から零れ出る。
「…いいなぁ。」
彼女への憧憬。その気持ちは揺るがない。でも、本気で作ろうっては思わない。
「自分に自信がないから」なんだろう。
それが足枷となり、僕の足を止めてしまってるのだ。
いや、本当に作ろうと思ったら、ナンパでも何でもやって意地でも作る。猛アタックをしまくって、だ。
じゃあ何でそれをしないかって?答えは一つ「自分が傷つくのが怖いから」だろう。
仮に、僕がナンパをしたとする。そしたら、きっと僕のこのコミュニケーション能力の低さから僕は口籠ってしまうだろう。
上手くて面白い話の種など、僕は他の男より手持ちが少ない。そうすると、女の子達は立ち去っていくだろう。
その顔は、僕に対して不快そうな顔を突きつけてくる。それもただの嫌悪顔ではなく、苦虫を噛み潰したような顔だ。
そんな顔を向けられて、僕はどう思う?否、辛く後年に渡って自分を蝕み続ける呪いとなるだろう。
そして、それは自分自身から告白することも同義である。自分の精一杯の想いを否定されるかもしれないその恐怖!なんと恐ろしく漆黒に染まりきった恐怖だろうか。
それを僕は噛み殺すことができる自信がない。だから僕は「好きな人なんていない」と言い聞かせて、それを他の人にも聞かせ、それがより事実なんだと自分に錯覚させる。
そうやって、逃げて逃げて逃げつづけて、生きてきた。
冷たく、澄んだ空気を一息吸う。
そしてふぅー、と白い息を吐く。その白い気霜が消えてなくなる様はなんとも冬の寒さを感じさせる。
僕は、少し広けたクリスマスツリーがある広場へと、足を運ぶことにした。
何故かそこへと、誘われるかのように足が動いたのである。
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その間もなくである。始まりを告げる地獄の日々。
それは辛く苦しい道。そこに光があるのか、それすらもわからない。
人生も同じ。だが、それよりも更に底の底。まさしく地獄だ。
「当たり前」を手に入れるための戦い。
───今、始まる
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