第二話 継承

 クリスマスツリーの周りにも、当然だが人が沢山いたが、その九割がカップルだ。互いに愛し愛され愛を育んでいるのが見て取れる。


 その情景を横目に僕はただ歩き続ける。




 その瞬間、一人の異様な黒いコートを身に纏う男とすれ違った。




 なんと言えばよいだろうか、この異様さは。直接何か危害を加えられたわけでもない。


 しかし、この凍てつく空気。冬の寒さではなく、この恐怖か、血の滴るような背筋の凍るような。『人』という存在を侮蔑しているのかと思わせるほどの圧である。




 「──ッ……!!」




 その男の視線の先には───倉本さんがいた。




 どうやら一人のようだ。こんな状況にも関わらず、その『一人しかいない』という事実からホッとしてしまうような屑な自分がいた。




 いや、そんなことを言っている間にもこの男はまっすぐと倉本さんのほうに向かう。




 知り合い…?いや、まさか。でももしかしてあの二人は恋人同士か?だとしたらどのような繋がりなのだろうか。まだ、僕にも入る隙はあるのだろうか?




 そんな仮定と自己中心的な思いばかりが交錯していた。




 どんどんと考えを深めている間にも、着々と男は歩き続ける。




 そして、僕は見た。男と倉本さんがすれ違う瞬間、男はスーツから『何か』を取り出し、それを倉本さんへと差し出す?ような仕草をした。






 その刹那、それまでのくだらない低俗な思考は、一瞬で断ち切られた。






 「────どさっ…」




 辺りに人が倒れる音が響き渡る。




 そこには、血で溢れ、髪も鮮血に染まっている倉本さんの姿があった。




 そして、その血塗られた倉本さんを無表情で見る男。その手には赤く、純血に染まり返るナイフを手にしていた。そのナイフを握る手もまた真っ赤に染まっていた。




 「───はぁ……?えっ……え…?」




 言葉が、出ない。別に倉本さんと特別親しいわけでもないのに、むしろ相容れないほどの関係だったのに。


 


 ただ、気になっていた人。諦めようとしていた人。そんな人が目の前で吐血し、鮮血がその一帯を染めている。




 人が、目の前で刺されるという『非日常』に呼吸は荒くなり、視界が歪む。




「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


「うわぁぁぁぁぁあ!誰かッ…!誰か警察!!あと救急車ッ!!」


 耳には、周りのカップル達が絶叫し、逃げ出す音のみが入ってきた。




 僕は、動けないままだった。




 当然、足は震えていたし、寒さか恐怖か全身が震えていた。



#####################################



 何秒経ったのだろう。刺した男は僕の目の前にたっていた。




 そんな中、この男は自分に何故か話しかけてくる。


「…逃げねぇんだな。いや、逃げられねぇのか。」




「はぁ…はぁ……ふぅー…」




「はぁ…息をするのに精一杯ってか?情けなぇなぁ、おい。」




 何を言ってるんだろうか。何か言葉は聞こえはするが、意味を考えるほどの脳はもうない。


 その時、思考は完全に止まっている。




「ふぅん…ま、託してみてもあり、か。」


(見たとこ、割と使えそうだ。継承しても即問題にはなんねぇだろ。後はこいつ次第、だな。)




「おい、聞こえてるかー?返事しないと刺しちゃうぞー?」




「ん、ぅ…」




 反応があることを確認すると、僕の頭を雑に掴んだ。


「よし、聞け。今からお前に『呪い』をかける。いいな?」




 呪い?いったい何を言ってるんだ?そんなものがあると言いたいのか?


 しかし、それは僕がこの目で呪いを受けた人『被呪者』を見たことがないからである。




 『被呪者』それは自らに呪いを付与し、それを対価に能力を得た者の総称である。


 しかし、この呪いはかなり厄介なものらしく、なんでも付与された者は───決まって絶望の道を歩むとの噂だった。




 僕は幽霊など信じるタイプでは無かったし、この被呪者というのはどうにも信じがたいものだった。


 


 だが、この血の冷酷さだけで生きてきたような男がこのように真剣な眼差しで言ってくるのを聞いて、それがブラフのようにはどうにも聞こえなかった。


 


「間違いなくこれからてめぇは地獄を見る。だからって、天国をその後見れるわけでもねぇ。これから、ずっと、地獄だ。」




「っ………あぁぁぁ……そ…んな…いやだ…。」


 そんなの、嫌だ。と、僕は涙目になり拒む。まだ、したいことだってある。それを、奪われるかもしれない。そんなの、絶対に…。


 だが、その想いすらも伝えられない。伝えたところでこの行いをやめてくれるなどとは思わないが。




「諦めろ。お前がこの場に居た。それが運の尽きだったってだけだ。誰かが悪いわけじゃない。それがてめぇの天命だったわけだ。」




 そして、僕は意識を失った。恐らく、この男になにかされて、失神させられたのだろう。








 ────ここから始まるのはこの男が言った通り、地獄の日々であった。


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