第十六話 久慈という人

 僕は午前中にある程度の掃除を済ました。


 しかし、まあ、久慈さんいうのはどういう人なんだろう。あの天羽さんが尊敬するレベル──


 と、思いを巡らせていたら、インターフォンが鳴った。


 「あ、はーい!」


 久慈さんが着いたんだろうか。と相手を確認せずに出てしまったのがまずかった。


 「どーも、君が荒木くんだね──?」



 あ、これは、やばい。


 明らかな敵意。殺意。その二つのみが僕の全身を覆っていく。


 「っ…………!ぐぅぁぁぉぁ…!」



 思い切り首を掴まれ、どんどんとその力は強くなる。首から聞いたことのない音ばかり聞こえる。


 やばいやばいやばい!死ぬ死ぬしぬっ!




 「能力使わないのかい?───残念だ。」


 


 ───ここはもうやるしかない。




 あの時、僕は東雲さんからあることを聞いていた。




 『その制御器には制御できる割合がある。それを自分で調整できるんだ。』




 今は0%解放となっている。でも──今はやるしかない。


 僕は腕の制御器をいじる。


 

 「制限解放…率!───20%!」





 その瞬間、僕の心をどんどんと憎悪と殺意に蝕まれていった。また、なんとも僕が僕じゃなくなる感覚へと襲われていく。



 でも──!こらえる!ここは自分を自分で保てるように──保って!


 「っ〜〜〜〜〜!っらぁ!」


 僕の拳が入った。その時、今まで感じたことのない感触を感じた。


 なんだろうか。今までで一番力が入った瞬間だった。

 思わず、僕を襲ってきた男は手を離し、殴られたところを押さえる。




 「なるほどな。これは───よし。」




 男を腕に着けていた制御器をいじると、僕のほうに両手を差し伸べてきた。



 「はっ!」



 「ッ………!!!?」


 その瞬間僕の体は動かなくなり、金縛りを受けている感覚に陥る。




 いや、これは──紛れもない金縛りだ。




 これは、まずい。このままでは制御器を触れない。これ以上の制限解放ができない。動けず、殺される。



 「ふむ…すまなかったな。お前を試したんだ。東雲さんから聞いてるだろう、俺が久慈だ。久慈光希くじみつき」


 そうして、金縛りを解かれ、右手を差し出し握手を促してくる。


 「ん…え、?」


 この人が、久慈さん!?!?こんな、初対面で襲ってくる人が!?



 いやいやいや、僕はこんな人と能力の訓練をしないといけないのか。怖すぎる。


 「とりあえず、よろしくな。あと、金縛りは俺の能力だ。」


 「あ、はい…どうも…」


 一応、握手をした。その手はなんとも分厚く何度も死線をくぐり抜けてきて生きてきたことをひしひしと伝えてくる。


 正直、この時の僕は不安でいっぱいだったが、特訓はそうでもなかった。


 しっかりと力の使い力を教えてくれたり、殺意の抑え方を教えてくれた。


「違う!!もっと自分の大切な人を想え!殺意を消せ!」



 「うっ、うぅぅぅ!」



 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい!!


 何もかもめちゃくちゃにしてしまいたい!!



 でもだいちゃんや…姉さんの悲しむ顔は…見たくない。



 自分がどうなっても構わない。でも…この二人は…!


 「ふぅぅぅ…」



 「よし、上手く抑えられたな。今日はここまでにしよう。お疲れ様だったな。」



 「はい…!ありがとうございましたっ…!」



 僕はなんとか制限解放率25%まで、殺意を抑えることができるようになった。



 そこでやはり疑問に思うのは東雲さんは、制限解放率何%くらいまでいけるんだろう───?



 「あ、東雲さん?俺です、久慈です。」



 「彼────もしかして例の一件絡んでんじゃないですかね──?


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 コンコンッ




「結翔、今いいか?」


 特訓終わり、僕が自室でくつろいでいると部屋の外から久慈さんの声が聞こえてきた。


「あ、はい!」



 そうして、僕はすぐに自分の部屋の扉を開ける。そこには、やはり何度見ても凄いと思わせてくる大柄の男が立っていた。



 その後すこし話がしたいと言ってきたため、僕は珈琲を用意し、居間に座ってもらった。


「珈琲です。お口に合えばいいんですが。」


「あぁ、ありがとうな。」


 久慈さんはとても優しい目をしている。しかし、その目の先にはなんというか憂いを帯びている。


 やはり、人殺しの目をしていることには何ら違いはなかった。


「なにか話したいことが?」


「いやなに、少しな。」


 一体何なんだろうか。これまでこうやって正面と向かってちゃんと話をしたことがなかったのでとても衝撃だ。


「これからお前は想像以上に辛いことが起こる。それこそこれまで知り合った人これから知り合った人皆死ぬかもしれねぇ。それをまず心に刻んでほしい。」


 それは僕は充分わかっていた。この呪いはその危険性があることぐらい充分分かっている。



 しかし、それでも。その事実を突きつけられるのはとても心苦しく、重かった。到底、噛み殺せる事実ではない。



「だからって別に即不幸になるって言ってんじゃない。もちろん人を殺さなきゃお前は生きていけない。それは『当たり前』なんかじゃねぇ。当たり前にしちゃいけねぇことだ。でも、それをお前自身がどう受け止めるかだ。それ次第でお前はどうだって生きていける。───人を殺すのは俺たちにとって生きるに等しい行為だ。だから殺さずにはいられない。だから、お前は殺した分、人を助けろ。」



「それを伝えたくて、今日ここへ来た。」


 この人はかなり不器用だ。だが、伝えたいことはちゃんと伝えてくれる。そう言った優しさがある。


 僕は一生久慈さんのことを尊敬したいとまで思った。ここまで僕は人に対して敬意を払おうと感じたことはない。




──────生きよう。そして当たり前の日々を護ろう。

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執行対象a〜僕は史上最悪の犯罪者〜 @hinata081231

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