第3話ー2
「……驚いた」
それからしばらく経ったある日のこと。珍しくフォークを落として大きな音を立てているかと思えば、リュカ様が目を見開いてこちらを見ていた。
「ああ、リュカ様がいないうちに大きくなりましたものね」
「そんなに劇的な変化はありませんが」
「いや、そっちじゃなくて。そっちもだけど」
フォークを拾い直してリュカ様は言う。
「マナが自分のプリンをあげているものだから」
「全部ではありませんが」
「私はケーキですし、こうして交換することもよくありますのよ」
リリアーヌ様曰く、親子ではよく行われるものらしい。自分が小さい時にそうしていたかは覚えていないけれど。ただ、リュカ様にはそれがとても意外だったようだ。
「ギルベアトが見たら卒倒しそうだ」
「リュカ様は私を何だと思っているんですか」
「いや、えっと……」
「怒りませんから言ってください」
リュカ様は大分悩んで、言葉を選ぶように言った。
「……食いしん坊」
「傷つきました」
「怒らないって言ったじゃないか……」
「傷つきました」
淑女を傷つけてはなりませんよ、とリリアーヌ様から追い討ちまでかけられる。傍目から見ればリュカ様の方が傷付いているように見えるが、冗談はさておいて、とりあえず話題を変える。
「今回の遠征は随分と長かったですね」
「ああ、あちこちでごたごたしていてね。これでしばらく落ち着くと良いんだけど」
「少しお休みになられるとよろしいかと。落ち着いた頃に気晴らしにお出掛けされてみても良いかもしれませんね。マナにも外の空気を吸わせてあげたいですし」
外、というのは単純に城の周りということではあるまい。そんなところへ人質の私が出かけて大丈夫なのだろうか。そもそも。
「外に出られるとき、リュカ様は魔王様の姿ですよね?」
単純に、それでは寛げまい。城内では人間の男性の格好……多分、勇者時代のリュカ様なのだろうけれど、外にその格好で出れば問題が起きそうだ。死んだはずの勇者が魔王を倒した当時の格好そのままで生きているのだから。
「遠征の際はあの格好だけど、普段外出する際はこの格好だよ。認識阻害魔法さえかけていれば見抜く者もいないから」
「勇者のリティスは本当に万能ですね」
その上に研鑽も積まれているのだろう。魔王となった今ではあらゆる魔法をリスクもなく、同時に数多く展開し、使いこなしている。ギルベアト様が敵わないわけだ。
「そうだね。時巡りに必要な材料の採取にも行こうかと思っていたし、また外に出てみようか」
「そもそも私は外に出て大丈夫なんでしょうか」
「逃げないってマナ自身が言っているからね」
まあ、逃げても行くあてもない。
「では、出来立ての外の料理も食べられますか?」
「それは……行く場所と金貨の量によるかな」
リュカ様は苦笑していたが、リリアーヌ様は良かったわね、と頭を撫でてくれた。初めて会って以来、こうして母のように私を可愛がり、時に厳しく時に優しく魔力の鍛錬も行ってくれている。厳しさが多めなのが玉に瑕ではあるが、ギルベアト様の稽古を思えば天と地ほど内容に差がある。
そうして、食事を終えた後、夕飯の余りの海老料理を餌にモノクル様を撫でさせてもらっていると、リュカ様に部屋へ来るように言われた。あの昔話以来だ。今度はなんだろう。
「これ、よかったら」
部屋に入って、唐突に渡されたものは指輪だった。
「……リュカ様」
「違う違う違う! そういう意味じゃなくて、加護がかかっているから、それで」
じっとりとした視線を送れば予想外に慌てふためいていた。落ち着かれた頃合を見計らって聞いてみる。
「これはクロムスフェーンですよね。ルネ様にでも贈られるつもりだったのですか?」
「……うん、その石の名前までは知らなかったけど。マナは相変わらず物知りだね」
「無知は時に罪です」
「ごめん」
ということは、石言葉も知らなかったわけか。勿体のないことだ。
「さっき整理していたらたまたま出てきて、強い加護もかかっているしよかったら使ってもらえたらって。もう、渡す相手もいないしね」
想い人がもういないからとこちらに投げられても困るが、確かに強い魔力を感じる。遊ばせておくには勿体ないというのも分かる。私に渡されても、とはやっぱり思うけれど。
「それではお借りします」
ものがものだけに、戴くとは言い辛く貸借契約と相成った。指に嵌めるのも気後れするので、鎖にでも通して首から下げておこう。
「役に立つ日が来ないと良いんだけど。もしも何かあるといけないから」
「そうですね、今代の勇者が現れないとも限りませんし」
「それはやめてほしいなぁ……」
「その時は、クリス様に迎え撃っていただきましょうか」
英雄対勇者。どちらが勝つのか見ものではある。まあ、話を聞く限りクリス様が圧勝しそうではあるけれど。リュカ様と同じくらい勇者が強ければ分からないかもしれない。
「その前にギルベアトが出るんじゃないかな。アイツ強い者に目がないから」
「でもデイジー様ならともかくギルベアト様では頭が少々足りませんよ」
「それは……困ったね」
相変わらず信用がないというより事実頭の悪いギルベアト様と仮定の困った話は置いておいて。
「食事の時に話をしていたけど、少し休めば出られると思うから。行きたいところがあれば教えてくれる?」
「美味しいものがあるところが良いです!」
そうして、後日。
「……リュカ様は私とリリアーヌ様とどちらが大切ですか?」
「いや、そういう話じゃなくて」
「私がいなければ時巡りできませんよ」
「そこを突かれると弱いんだけど……」
少しでも学びの場となるところへ、と進言したリリアーヌ様を無視して、外出先では楽しく食べ歩きをした。
城へ戻って白状したリュカ様のせいで翌日以降のリリアーヌ様の鍛錬が鬼のように厳しくなったことは言うまでもない。
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