幕間ー④
沈んでいく。意識も、身体も全部。沈んで沈んで消えていく。ああ、消えるのか。死ぬって、こんな感じなのか。そうだよな。胸を貫かれて生きているはずがない。
このまま死んで、勇者は魔王に殺されて終わる。俺は、このまま。死ぬ。
『それでいいのかい? 坊』
頭に先生の声が響く。もういいじゃないか。こんな、人の命を奪って、仲間を死なせてまで戦わなくても。俺なんかよりよっぽどできたら人間がいるはずだ。
『勇者のリティスを持つのは貴方だけですよ』
死なせたばかりのフィロメーナにも、生きていた頃と同じように窘められる。別に勇者のリティスなんてあったところで、誰も守れなかったじゃないか。
『じゃあ、私も死ぬんですね』
その声に意識が引き戻される。俺が傷つけて、魔王と魔物に連れ去られた、悲しげな顔をしたあの子。マナという名前の殴られたことにお礼を言わされていた、悲しい女の子。
『勇者がいないなら、私はただ殺されるだけです。村は滅ぼされて、仲間は殺されて、奴隷になって、今度は時巡りをして、命を奪われるだけ』
手を伸ばしても届かない。なんで、こんなに手が届きそうなところにいるのに。
『いいんですよ、きっと私。そういう運命なんです』
マナは、俺と同じだ。村を焼かれて、家族も仲間も奪われた。奴隷となって、魔物に囚われた分、きっと俺より酷い扱いを受けてきたに違いない。最初に会った時、別れの時に振り返って見た彼女の顔は困惑の色が表れていた。
助けて、と言えなかったのかもしれない。
それなのに、俺は彼女を傷つけた。勇者という一番彼女の拠り所になるはずの人間に殴られて彼女がどれほど絶望したことだろう。
助けなきゃ。
もがいて、もがいてもがく。ここから出なくちゃいけない。何をやっているんだ俺は。みんなから期待されて、感謝されて。それだけじゃないだろう。期待も感謝も、全て魔王討伐へ、世界の平和へ繋がっていることだ。今のまま諦めちゃ、絶対にいけない。
『勇者様』
フィロメーナの声がする。段々と大きく、叫ぶように。
「勇者様っ!」
目を開ければ、心配そうにこちらを覗き込むルイス達の顔が飛び込んできた。その中に、フィロメーナもいる。
「フィロメーナ、どうして……?」
指だけ残して、消えてしまったはずのフィロメーナがそこにいた。
「たまたまフィロメーナの村へ行く途中で解呪してもらえたんだよ。ほら、覚えてるか? お前が好きな子のお姉さん!」
マナのお姉さんが、たまたま? いや、彼女の本当の仲間はもういないはずだ。じゃあ、それも魔物なんじゃないのか?
「あの状態から戻れるなんて思いませんでしたから、まだ生きた心地はしませんよ。でも、本当に助かりました。……あの子を魔物かもしれないだなんて、失礼な話でしたね」
「いや、あの。ちょっと待って。待ってくれ」
理解が追いつかない。とりあえず、自分に起きたことを全て話すことにした。俺だけよりもみんなで考えた方が絶対に良いはずだ。
先ほどあったことをすべて話し終える。混乱していたからうまく話せてはいなかったけれど、仲間達の誰もそれを攻め立てる者はいなかった。
「……随分と複雑な話ですね」
「でも、その子が人質だとしたら、外へ出したりするか?」
みんなで悩んでもなかなか結論は出ない。聡明で、こういう時にさっと助言を出してくれるデイジーでも黙ったままだ。
「少し調べてみる必要がありそうだな」
そうして道中で聞き込みをして、行く先々の国の本を読んで、昔のことを調べて。ある仮説へと辿り着いた。
先代の勇者リュカが魔王となり、時巡りをしようとしている、と。
マナが滅ぼされた北方の国の出身であるのは本当で、奴隷として虐待されていたのも本当。魔王が滅ぼした村や国はマナの村を迫害していた記録があり、先代勇者の仲間の一人もまたその村出身で、冤罪をかけられて虐殺されていた。他の仲間も、悲惨な末路を辿っていた。
勇者が魔王となる理由までは分からないけれど、事実がひとつひとつ明らかになるにつれて、魔王が先代勇者である可能性が高まっていく。
「魔王の時巡り、止めた方がいいのかなぁ」
ティノがぽつりと漏らした呟きに、ルイスが真っ先に反論する。
「当たり前だろ。そりゃ仲間が死んで……生き返したいと思ったからって、世界中の人間がそれやったらどうなるよ」
「そりゃそうなんだけど。気持ちが分からなくもないかなって思ったりもー……さぁ」
「そんな弱気でどうするんだよ!」
言いあうティノとルイスの間にフィロメーナが割って入る。魔王が勇者リュカだったとして、フィロメーナを助けたのは罪の意識に苛まれでもしたのだろうか。いや、そんなものがあるなら村を滅ぼしたりはしないだろう。新たな勇者が生まれる可能性があっただけで、俺の村は滅ぼされたのだから。じゃあ、助けた理由は?
「お前さんは、どう思う?」
デイジーに水を向けられる。答えはなかなか出ない。自分が勇者リュカの立場なら、どうしただろうか。ルイス、ティノ、フィロメーナ、デイジー。皆を失ったとしたら。魔王を倒しても、世界が平和にならなかったとしたら。俺は。
「それでも……やっぱり間違ってると思う」
俺だって、村のみんなが、父さんや母さんが戻ってくるなら戻ってきてほしい。そんな方法があるならすぐにでも試したいと思ってしまうだろう。
だけど、それをしたなら、今ここに俺はいない。
村を滅ぼされて、先生と出会って、仲間と出会って。それをすべてなかったことにすることが正しいなんて、俺には思えない。
「今までの全部があってこそ今につながってて……それを、人の命を奪ってまで時を巡って、やり直したらいいなんて、分かるけど、それでも。俺は、違う気がする」
マナは、どう思っているだろうか。案外とすべて納得した上で協力しているのか、逃げ出せないからもう諦めているのか、ルイスの言うとおり洗脳されている可能性もあるのか、それとも。
「じゃ、決まりだな。魔王を倒して時巡りを止める! 助けられるなら、人質の子も助ける!」
「いいねいいねー。分かりやすいの好きー」
「じゃあ、作戦を立てなきゃいけませんね」
「いっそのこと奇襲でもするかのう。勇者が奇襲するなんて、聞いたこともないじゃろう?」
「お、名案!」
笑って、明るく作戦を立てる。そうだ、俺達はずっとこうやって進んできたんだ。
道は決まった。理想論だと言われるかもしれない。けれど、勇者だからこそ、その道をあきらめることなく進み続けなければならないと思う。俺達はずっとこうやって進んできたんだから。
『ありがとう』
その道の先で、いつか、そう言ってもらえるように。なんの憂いもなく、笑ってもらえるように。
そうして、彼女と道を違えたことに気付かないまま、俺達は魔王城へと辿り着いた。
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