第4話
「ちび助、ちょうどいいところに! かくまってくれ!」
「嫌です」
大慌てで食堂に来たのはギルベアト様だった。何だか面倒事を抱えていそうなので無視しておくことにする。これからおやつの時間だ。邪魔しないでもらいたいものだ。
「背に腹は代えられねぇ! おやつのプリンやるから!」
「大変不本意ですが協力させていただきます」
プリンは多いほど良いものなので、仕方ないがかくまうことにした。といっても、食堂のテーブルの下に隠れただけだから見つかるのは時間の問題のような気もするが。テーブルクロスがどれだけ持つかが見どころだろう。
「あら。マナ、ここにギルベアトが来なかった?」
「リリアーヌ様。ギルベアト様がまた何かやらかしたんですか?」
または余計だ、とでも言わんばかりに足を蹴られた。テーブルクロスを今すぐ剥ぎ取りたい気分に駆られるが、プリンのためにぐっと我慢をする。
「ええ。リュカ様に負けた腹いせか知らないけれど倉庫のドアが壊れていて。中に入れておいた花器が壊れてしまっていたのよ。結構したのに」
「そうでしたか。どうしようもない方ですね」
痛いから蹴るな。負けたのはギルベアト様が悪いんじゃないか。
「おやつのプリンじゃ」
いつもの通り花の耳飾りを揺らしながらデイジー様が愛しのプリンを運んできてくれた。この丁寧な仕事ぶりをギルベアト様にも見習ってほしい。
「デイジー様ありがとうございます。リリアーヌ様も召し上がられますか」
「ギルベアトを探してからにしようと思っていたけれど、そうね。先にいただこうかしら」
出されたプリンを置いておく理由はない。テーブルの下は適度に蹴り返すことにしてお祈りに移行する。プリンを口に入れると、しつこくない甘さが口中に広がり、後味は控えめのため次へ次へとスプーンが進んでしまう。さすがクリス様。テーブルの下の余計な攻防さえなければもっと美味しくいただけたのに。
「マナは本当においしそうに食べるわね。いてくれるだけで食卓が華やかになるわ」
「そう言っていただけると光栄です。美味しいお料理をそのまま食べているだけなので」
リリアーヌ様はくすくすと笑う。華やかというなら、リリアーヌ様の存在の方だと思うけれど。食堂の隅に飾ってある花が背景となって余計に上品に見える。あの花は確か。
「あの黒百合もリリアーヌ様が飾られたものですか? お城の周りに生えていますよね」
「ええ。ただ、飾ったのはクリスだと思うわ。縁起が悪いからやめてって言っているんだけど」
「縁起が悪い、ですか」
黒い花を忌避する風習があるところもあるが、こと魔王城において黒色を異端扱いする理由もないだろう。匂いが苦手という人も少なくはないが、雄しべを取って日を空けたものを飾っているためか特段匂いもない。ふむ。
「ほら、花言葉が」
「ああ」
確かに、黒百合の花言葉には呪いというものがある。見た目と合わせて嫌っている人が多い理由もそれなんだろうけれど。
「ただ、もうひとつありますよね」
「え?」
黒百合の花言葉は呪いだけではない。ということをリリアーヌ様はどうやら知らなかったらしい。東方では黒百合を使った料理もあるくらいで、その可愛らしい花言葉から好まれる部類に属するのだけれど、それは感覚の違いというものだろう。
「そう、そうなの。そんな花言葉があったなんて、知らなかったわ」
リリアーヌ様は嬉しそうに微笑み、そろそろ行かなくちゃ、とギルベアト様を探しに戻られた。黒百合に何か思うところでもあったのだろうか。
「行ったか」
「足が痛いです」
「そんなに強く蹴ってないだろ」
「淑女はか弱いんですよ」
さて、そんなことよりギルベアト様のプリンをいただかなければ。デイジー様にそのことを伝え、今か今かと待ち侘びる。
「リリアーヌの機嫌も良くなったみたいで助かったわ。ほら、アイツの名前黒百合からきてるからさ」
「ああ、そうだったんですね」
以前にリュカ様のネーミングセンスがないという話は聞いていたが、リリアーヌ様もそのままだったということか。デイジーの花飾りのデイジー様、モノクルをつけたモノクル様。リュカ様に作られた仲間であるリリアーヌ様も近くにある黒百合でも見て付けられたのだろう。
勝利を確信したのかギルベアト様は高笑いまでしている。うるさいので早くどこかへ行って欲しい。
「機嫌が良くなったから、案外、扉の件も忘れてたりしてな」
「そこまで馬鹿じゃありませんよ。ギルベアト様じゃないんですから」
「そうね。ギルベアトじゃないんだから」
案の定忘れてはいなかったリリアーヌ様が後ろに立っていた。
「おわっ!? どうしてここが!」
「貴方の声って大きくて響くのよ」
「高笑いまでしていましたものね」
謀ったな! とかなんとか騒がれているが、ギルベアト様が勝手に墓穴を掘って落っこちていっただけだ。人聞きの悪いことを言うのはやめていただきたい。
ギルベアト様は騒ぎながらテーブルからシャンデリアを伝い、もう一つの扉から逃げ出す途中。
「バレたから報酬はナシな!」
「わっ!? ギルベアト! 貴様何をするのじゃっ」
デイジー様が運ばれていた皿を奪い取り、宝石のような黄金色のプリンを何の感慨もなく口に流し込んで食堂から走り去ってしまった。
「あーっ! あーっ!」
プリン、プリン、プリン。私が、私が大切にしていた大切な大切なプリン。美味しく食べるための食べ方も全て完璧に計算していたプリンを。私のとっておきの楽しみを!
「マナが匿っていたのね。じゃあ、マナにもお仕置きが必要ね」
「とばっちりです! 私とギルベアト様には何の関係もありません!」
私の懇願は聞き入れられることはなく、ギルベアト様共々叱られ、なぜか私まで倉庫の扉の修復を手伝わされる羽目になってしまった。憎い。
「おや。今日は随分ご機嫌斜めだね」
そうして無駄に疲れて部屋に帰る途中、リュカ様に声をかけられた。
「リュカ様は神罰とか下せませんか?」
「……どうしたの、本当に」
頬を膨らませて経緯を話すと苦笑された。今度ギルベアト様と戦われる際はもう少し痛めつけてもらいたいものだ。
「今度行こうかと思っているところの近くに、お菓子が名産の街があったはずだから調べておくよ。プリンじゃなくて申し訳ないけど。それで手打ちにしてもらえたら」
「心待ちにしています」
ギルベアト様への悪感情はなかなか消えることはないだろうが、名産のお菓子の情報はそれはそれでとても良いものだ。続報に期待しよう。
そうして、ギルベアト様がいつものように不貞寝をして三日が経過した後、詳細な情報を掴んだらしいリュカ様から、その名産のお菓子がそれはそれは美味しいクッキーであることが伝えられた。
いつの日か誰かに頼もう。
そのいつの日かは、案外と早く訪れることになる。
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