第7話ー3
「墓所に?」
「ええ。ギルベアト様からそんな場所があると聞いていたことを思い出しまして」
リュカ様に墓所へ行きたいとお願いしたのは、あれから一か月経ってからだった。なかなか踏ん切りがつかなかったけれど、クッキーも食べ終わったこのタイミングが一番良いと思えたから。
「じゃあ僕も一緒に行くよ。水辺に近いから滑りやすいけど大丈夫?」
「この靴なら……多分大丈夫だと思います」
水辺の墓所というものにはあまり馴染みがないが、地下水脈でもあるのだろう。そこはあまり気にせず、リュカ様と階段を降りていく。
「墓所に納めるつもりで?」
「ええ」
ギルベアト様が羽織っていたマント。勿体のないことに今はクッキー缶のお包みとなっている。それと、ポケットにはひしゃげたモノクルも入っている。
「東方では、一月程度後に納骨する風習があるらしいですよ」
誰も東方の出という訳ではない。ただ、クッキーを食べているうちにそのくらいの時が経ってしまっただけだ。それでも、このモノクルとクッキー缶を受け取ってから一月経つと、そこそこ受け止め方が違ってきたように感じる。
ああ、いないんだと。
これが、これからの当たり前なんだと。
「時間は偉大だからね。過ぎることでしか得られないものもある」
「そうですね。時折得たくないものも得てしまうのが瑕ではありますが」
「確かに」
百年近く生きているリュカ様が言うと重みが違った。きっと、得たかったものも得たくなかったものもすべて、この背には覆い被さっているのだろう。
「着いたよ」
そこは、泉だった。
どこからか差し込む光が水面を照らし、ここが魔王城であることを忘れてしまうくらいに聖櫃な空間を作り出している。泉の向こう側には祭壇のようなものまであり、墓所というよりは教会の儀式場に近い雰囲気だ。
「勇者時代には世話になった場所でね。ここで休息できていなければ危なかったかもしれない」
「確かに……水も清らかです。どうしてここに、こんなものが」
まさか自分を倒しに来る勇者のためにわざわざ作っていた訳ではあるまい。
「僕も直接聞いた訳じゃないから分からないけれど」
リュカ様は言いながら祭壇に向かい、祀られている鏡を手に取り光に当てる。浄化の光が反射し、辺り一帯に満ちていく。
「もしかしたら、僕らと同じかもしれないね」
かつての魔王にも、悼む気持ちがあったのだろうか。
「案外と仲良くなれたんでしょうか」
「それはないよ」
当時は分からなかった魔物語を翻訳魔法で解析したところ、かなりボロクソに言われていたらしい。まあ、相容れないものだ。
「いいのかい? 浄化すれば消えてしまうけれど」
浄化の光へ祈ることで、物質も魂も天へと還る。魔物のそれが人間と同じかは分からないけれど、このクッキー缶とモノクルは失われてしまうだろう。
「はい。いつまでも置いておくと、叱られちゃいそうですから」
一応、クッキー缶には一枚だけ残して。消えてしまう前に、きちんと口に入れて欲しいものだ。とても、とても美味しかったのだから。
「じゃあ、貰うね」
リュカ様が鎮魂魔法を唱え、手を離すと、クッキー缶とモノクルは浄化の光の中に消えていく。
『いきなり、だめ。少し、少し』
ふかふかの体と柔らかな耳。抱きしめるといつも暖かで、いつも私を助けてくれたモノクル様。
『俺は!?』
意地を張らずに、いつものお祈りの中に加えていればよかった。今更、本当に今更だけど。
お二人に、今までの分の感謝を込めて。
「ありがとうございます。……さようなら」
そうしてしばらく、何も言わずにリュカ様と並んで、浄化の光を見ていた。別に何かを答えてくれるわけではない。二人の幻影が見える訳でもない。
それでも。
もう何もできないけれど、ギルベアト様とモノクル様が笑ってくれたらいいな、なんて。
そんなことを思いながら、ただ、光を見ていた。
「さて、それはどうするんだい?」
クッキー缶は渡したものの、手には貴重なマントが残ったままだ。大きさは完全に余るけれど、羽織ってそれなりの形にしてみる。
「似合いますか?」
「ギルベアトよりは」
「では、私にください」
「後でリリーに直してもらわないとね」
ぶかぶかのマントを羽織って、降りてきた階段を歩き辛くなったその姿で、一段ずつ踏みしめるように登っていく。
一歩一歩。
彼らの想いを、背負って歩けるように。
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