第9話
そうだ、指輪を作ろう。
そう思い立った理由は、なんとなく収まりの悪いまま、鎖に通されて胸元で輝いている指輪を見てのことだった。リュカ様がルネ様に渡すはずだった指輪。
加護の力があるからということで渡されたものではあるが、正直渡されてもといったところではある。いらないとも言いづらかったし。想いが重い。なんてものを何の考えもなしに託すんだ。リュカ様はリュカ様でギルベアト様と違った鈍感さがあって困ったものだ。
そうこう困っているうちに、この指輪と対になる指輪を作って、リュカ様にプレゼントしつつ、この指輪は時巡りをしてルネ様にきちんと渡しなさいとお返しするのがスマートなやり方なのではないかという考えに淑女な私は行き着いたのだった。
知りもしない淑女が作った指輪を嵌めているリュカ様を見て、ルネ様がどう反応するのかは知らない。そこは大目に見て欲しい。
「一人で? 駄目だよ」
というわけで、リュカ様に内緒で出かけようとしたが、私の立場上さすがに許されなかった。それはそうだ。そして、大変面倒なことに、サプライズの相手であるリュカ様と共にこの指輪が作られた街へやってきた。不服。
「珍しいね。マナが食べ物以外に興味を示すなんて」
「私だって年頃の乙女ですよ」
「そうだったね」
リュカ様と初めて会った時はまだ子供だったから仕方がないけれど、いつまでも子供扱いはやめていただきたい。まあ、正直宝飾品に興味は露ほどもないのだが。
しかし、宝飾品が名産というだけあって、あちこちの露店で売られている。工房もあるので、どこを見ればいいのか分からない。これは素直に聞いてしまおう。
「この指輪はどちらで作られたのですか?」
「ああ、それならあっちだよ」
年に一度の大会で何年も連続で優勝したらしい職人がいるというその工房は、大通りで見たものに比べると少し寂れていた。まあ、何十年も前の話になるからそういうこともあるのだろう。
「入らないのかい?」
「リュカ様がいると入れません」
何といっても、今回の目的はこの加護の指輪の対の指輪を作ることだ。リュカ様に知られては面倒だ。素直に話せば遠慮されそうだし。
『もう、渡す相手もいないしね』
そう、悲しげに笑ったリュカ様が、今度こそルネ様に渡せるように。そして、共につけられるように。私が依頼するのは変な話かもしれないが、このくらいしないとなかなかリュカ様を焚き付けることはできないだろう。変なところで退くんだから。
「ええと……できれば一緒に入りたいんだけど」
「恥ずかしいものを頼みたいのです」
リュカ様がたじろいだ。
「知られたくありませんし、見られたくもありません。決して逃げませんし、逃げてもリュカ様ならすぐに捕まえられるでしょう? 何があろうとここだけは譲れません」
その言葉に、リュカ様は困った顔で思案する。正直、私にそこまで甘くなくてもとは思うが、こちらにとっては好都合だ。
「……そんなに、見られたくないものなの?」
「見られたら死にます」
自分で言いながらどんなものだとツッコんでしまいたくなるが、しばらく考えて思い当たるものでもあったのか、折れてくれた。何に思い当たったのかは逆に知りたい。
「分かった。一時間したら迎えに来るから。それでいい?」
「寛大な御心遣いに感謝します」
ガッツポーズをしたい気持ちを堪えて頭を下げる。私の演技力がなかなかのものなのか、リュカ様が単に甘いだけなのかは分からないが、とりあえず目的は果たせそうだ。
さすがに、リュカ様が依頼した職人は他界していたものの、曽孫にあたる人が請け負ってくれた。元勇者から貰った、というとややこしいので偶然手に入れたことにしたが、その曾孫の彼にも曾祖父の仕事に感極まるものがあったのか、最高の品を約束された。ありがたい。
そんなこんなで案外と早く終わってしまった。工房の前で待つのは退屈だけれど、逃げないと言った以上、ここにいるしかない。パン屋さんの前で待ち合わせにでもするんだった。
と、しばらく近くのベンチに腰掛けていると、もう一人。私と同じくらいの背丈の男の子がやってきた。何も言わずに隣に腰かけられる。彼も待ち人だろうか。
「あ、か、勘違いするなよ! 人を待ってるだけで、口説こうとかそんなんじゃないからな!」
「知っています」
急に話しかけてきたと思ったら、よく分からないことを言われた。初対面の相手を口説く人間もそうはいまい。
それから、沈黙が場を支配し、隣の彼がそわそわしてなんとなく落ち着かない中で十分程度が経過した。
「本当に人が来るから……」
「疑っていませんよ」
割と面倒な人のようだ。口に出すことで、胡散臭さが追加されるというのに。
「お前こそこんなところで何してるんだ?」
初対面の人間にお前呼ばわりされるのも不服ではあるが。
「貴方と同じですよ。待ち人です」
「来ないじゃないか」
お前が言うな。
「待ち合わせまでまだ時間があるだけです」
「俺もそうだ」
「ならいいじゃないですか」
「そうか」
よく分からない会話を終えて、また十分程度経過した。
「……来ないのかもしれない」
「ご愁傷様です」
「来ないわけじゃないんだよ!」
どっちだ。
「朝、ちょっと喧嘩したんだよ。だから、それさえ根に持ってなければ来るはずなんだ」
「来ないのかもしれませんね」
「来るよ!」
もはや願望になっている。
「来るなら来るで待っていればいいじゃないですか」
「……不安になるんだよ」
私よりも余程乙女だった。見た目だけは勇ましいのに。
「前にも置いて行かれたことがあったんだ」
「ご愁傷様でした」
「聞いてくれよ!」
どうやらまだ話に付き合わなければならないらしい。リュカ様早く来てくれないかな。
「その時はもっと子供の頃で、ようやく外に出た時には誰もいなくて。その代わりに魔物がいてさ。……絶望した」
「よくご無事でしたね」
「絶望はしたけど諦めたわけじゃなかったからな。段々腹立ってきて、何とか倒せたんだよ」
俺は怒ると怖いんだぜ、と何故か威張られる。リュカ様遅いな。
「それからアイツらと出会って旅してるんだけど、こういうのがもう七回目でさ。不安にもなるわけよ」
「なんで喧嘩したんですか?」
「俺が朝食で出た揚げ芋一人で全部食べたんだ」
「万死に値しますね」
「そんなに!?」
私がギルベアト様に同じことをされたらと考えてみる。うむ。
「私なら絶対に来ません。二度と顔も見たくなくなるでしょう。例えし野垂れ死んでいたとしても鼻で笑います」
「そんなにか!?」
そんなにか……繰り返し口にして、項垂れてしまった。致し方ない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
ただ、いつまでも隣でべしょべしょと悲しんでいられても居心地も悪い。この芋泥棒も反省しているようだし情けの一つもかければ、神様も感嘆して夕飯を一品増やしてくれるかもしれない。情けは人の為ならずというわけだ。
「そもそも待ち合わせ場所は合ってるんですか?」
「合ってると思うんだけどな……ほら、ここがパン屋の前だろ?」
思い違いも甚だしかった。
「……パン屋はあちらの通りです。近くに大きな看板の宝飾店があったはずですから、それを目印に行けば迷わないと思いますよ」
「そっか! ありがとな!」
そうして彼は颯爽と走り出し、
「あれ?」
茂みから再登場した。どういうことだろう。
「どういうことだ?」
それはもう私が言った。
「もしかしてあれは宝飾店じゃなかったのか……」
何と見間違えたんだろう。実に面倒な人だ。
「もう一回行ってくる」
そして違う茂みから再登場した。まだ付き合わなきゃいけないのかな、これ。一品増やすだけでは見合わなくなってきた気がする。
「もしかしてあれは看板じゃなかったのか……」
半刻も経たないうちに目印の宝飾店も看板も潰えてしまった。私の教え方が悪いせいではないと思いたい。
「もう一回行ってくる」
どうせ戻ってくるんだろうと思っていたら、案外とそうではなかった。やれやれ。とりあえず神様ことリュカ様には三品くらいは増やすようクリス様に命じていただきたい。
と、茂みから熊が覗いた。
熊、くま、クマだ。まずい。
攻撃魔法を放とうとするが如何せん実戦経験がない。手間取っている間に熊の方が素早く動き、咆哮と共に爪を立てて勢いよくこちらに振り下ろしてくる。
私を切り裂こうとしたその腕は次の瞬間には宙を舞っていて、それを視線で追いかける暇もなく熊の断末魔が上がった。
「大丈夫かっ!?」
先程までの格好悪さが嘘のように、大切な剣だろうにそれをあっさりと投げ出して、彼は腰の抜けた私をしっかりと支えてくれた。
「漂浪熊の声が聞こえたから急いできたんだ。ちょうど迷ってて良かった」
結局迷っていたのか。まあ、私にとっては良かったけれど。
「助けてくださってありがとうございます。これは……漂浪熊、だったんですか」
「ああ、凶暴な上に動きも早い魔物だよ。この辺りでもたまに見かける」
本では読んだことがあるが、こうして見ると普通の熊と区別がつきにくい。
「魔物では食べられませんね」
「え?」
本物の熊ではない証拠に飛散して、消えていく。モノクル様やギルベアト様も、こんなふうに最期を迎えたのだろうか。行く末を眺めて、少し胸が痛んだ。
「魔物をあまり見たことがないのか?」
「そうですね……倒されるところは、あまり」
リリアーヌ様達もいつかはこんなふうに消えてしまうのかもしれない。そうならないと良いのだけれど。と、少し複雑な気持ちになった私に見せつけるように、彼が落ちていた剣を取って掲げる。
「ほら、俺強かっただろ!」
私が落ち込んでいるように見えたらしい。確かに、魔物を見たことはあるけど倒されるのは見ていないという言葉だけなら、一方的に魔物に蹂躙されていたようにも受け取れる。気を遣わせてしまった。思わずクスリと笑ってしまう。
「そうですね。認識を改めます」
「そうだろそうだろ。ん、認識を……改める?」
疑問符を浮かべている彼が答えに辿り着く前に声をかける。
「御礼としては不十分かもしれませんが、待ち合わせ場所までお付き合いしますよ」
「それは助かる!」
そうして、特に難しくもない道を歩き大きな看板のある宝飾店近くのパン屋まで辿り着いた。思わずここに住みたくなるくらい良い匂いがする。素敵だ。
「ありがとう、助かったよ。お礼になんか食べるか?」
「私が一方的にもらいすぎて申し訳ない気持ちはありますが、食べ物に関しては断らない主義ですのでいただきます。いっぱいありますね……!」
種類は少なくとも大量に並んだパンというのはやはり良いものだ。中でも果物とクリームがはみ出るほど挟んであるものに目を惹かれた。均一そうに見えて少しだけパンの大きさが大きいものがあったので目ざとく見つけてそれを選ぶ。
「そっちも美味しそうだなー。ちょっとちょうだい」
普段の私なら断るところだけれど、奢ってもらっておいて断るほど人非人ではない。少し胸は痛むが笑ってパンを差し出す。
と。
たべられた。半分以上。たべられた。
何もかかっていないパン部分を少し齧ってパン本来の味を噛み締めてから、クリームを少し舐めて味の調和を楽しんで一気にかぶりついて口の中いっぱいに広がる甘味を堪能する予定だった私のパンが。一気に、ぱくっと。果物も全部。
「ああああああああああああああ!」
先刻の漂浪熊以上に絶望的な叫びをあげ、パンだけは守って崩れ落ちる。
「ちょ、え、え? どしたの?」
「ひどいひどいひどいひどい。どうしてこんなひどいことができるんですか」
「え? パンのこと? でも、まだ半分残って」
「残ってません!」
厳密に言えば三割九分といったところだがそんな問題ではない。
「もうこれはほとんど全部です……」
「全部、か……?」
「全部です」
「全部か……」
失われてしまったパンも気持ちも元通りにはならない。悲しみから涙が溢れてきそうになるが、変に注目を集めている往来で泣くわけにはいかない。頑張って堪えていると聞き慣れた声が頭に振ってきた。
「どうしたの……パンを抱えて」
長らく待ちわびていたリュカ様の声だ。
「すみません、俺が……その子のパンを全部食べたから」
「全部? でもまだ残って」
「全部です」
「えぇ……」
私の話を信じた彼の話にリュカ様が困惑していた。あまりのショックに感情的になり過ぎてしまったが、場を収めないと。
「すみません。ショックで錯乱してしまいました」
「いや、俺の方こそ全部食べたから……ごめん、悪かった」
「えぇ……」
「何なに、どしたんー?」
そうこうしているうちに彼の仲間達も来たようだ。彼が事情を説明して彼の仲間達も困惑している。
「ごめんな……朝も俺ばっかり芋食ってごめんな……」
「そんなこと気にしてねぇよ! ほら、あの子にもちゃんと謝ったか?」
もう一度謝られ、落ち着きを取り戻した私もそもそも奢ってもらったものだからと謝り、残りのパンも食べてなんとか場は収まった。
「でも、そっちもちょうどお姉さんに会えてよかったな」
認識阻害魔法が上手く働いているようで、左手に袋を下げたリュカ様は買い物帰りの私の姉ということになっているらしい。リュカ様は慣れているのか優しく笑って声をかける。
「君達は山脈を越えるのかい?」
「ええ。今は魔物達の動きも沈静化しているようですから」
あの山脈か。それこそ越えるだけでご愁傷様と言いたくなるほどに疲れそうだ。
「追い剥ぎの話も出ていたから気をつけて」
「ああ、最近多いみたいですね。ついでに退治していきますよ」
「これは頼もしい。頑張ってね」
言いながら、リュカ様は彼の肩を優しく叩いた。彼は一度私に声をかけると、仲間と共に楽しそうに騒がしく話しながら、山脈へ続く道へと向かっていく。
「勇者なんだからもっとシャキッとしろよ」
看過できない言葉を残して。
「振り向くな、気取られる」
リュカ様の言葉に動きかけた体を無理矢理止める。体は凍りついているかのように固く、自分の意思とは無関係に震え出す。
「もう、大丈夫だよ」
「……リュカ様」
知らなかった。気づかなかった。気づかなかった。
『何とか倒せたんだよ』
あの人が、ギルベアト様達を殺したんだ。
「やっぱり、一人にすべきじゃなかったね」
私は、腑抜けていた。
ギルベアト様達の件で思い知ったはずなのに、私がいなくなれば時巡りもできず、全てが無駄になってしまうのに。
「……ごめんなさい」
「マナが気にすることじゃないよ」
リュカ様は言いながら頭を撫でてくれる。優しく。
「どうにも魔力探知で上手く追えなくてね。ここにいるはずはないと思っていたんだけど。僕も油断した」
マナが知らなかったのは反応を見れば分かるよ。そう付け加えられた言葉で、今回の件が不問に付されることが分かり、少し安心した。甘いだけではなく、リュカ様は私を信頼してくれていた。嬉しい気持ちと申し訳なさが入り混じって感情が上手く働かない。
「ほら、蜂蜜入りのパン。買っておいたんだ。食べて元気出して」
「……食べ物さえ与えておけばいいと思っていませんか?」
「嫌いじゃないだろう?」
袋を受け取り、ふかふかしたパンを口いっぱいに頬張ってみる。ふんわりとした食感と共に甘い味が口いっぱいに広がった。少し元気が出た。単純だけれど。
「少しだけど収穫はあったしね」
と、そんなことを言いながら。先程勇者に触れてからマントで隠れていた右手を出した。右手には淡い光が玉のような形を象って煌めいていた。
「綺麗ですね」
「人の命の輝きに勝る美しさはないという魔物もいたけど、確かにそう思えるよ」
そんな美しい光を、
「よいしょ」
さして固くもない瓶の蓋でも開けるような声と、食べ終わった後のゴミでも扱うかのような手付きで。
何の躊躇いもなく潰し、飛散させた。
「……これは?」
「あの勇者の寿命みたいなものかな。ギルベアトが大分削ってくれていたはずなんだけど……どこでこんなに延ばしたんだろうね」
寿命を延ばす方法に心当たりがあるのか、リュカ様は少し苦い顔をした。空へと消えていく光は、先程飛散した魔物のそれに似ていて少し恐ろしさを感じる。
「死ぬん、ですか?」
「そうだと嬉しいんだけどね」
人が死ぬのを嬉しいと、リュカ様はあっさりと言ってのけた。体の奥が凍りついたように感じて、いつものリュカ様のはずなのになんだか苦しい。
この時以外にも、リュカ様が勇者を何度か殺そうとしていたことは、後になって知ったことだった。ただ、因果なもので勇者という運命づけられた存在はそんなに簡単に殺せる存在ではなかったようだけれど。
「足止めくらいはできるといいんだけどね」
溜息を吐きながら、飛散した光を見送る。残り少ない寿命の中で、あの勇者はリュカ様の元まで辿り着くのだろうか。それとも。
「帰ろう」
「…………はい」
本来、人が帰るべき場所ではないところへ。人々の希望に背を向けて歩き出す。
「ところで、なんで勇者と一緒にいたんだい?」
「それはですね……」
話して行くうちにようやく残っていたパンが全部食べられたことになったことが分かって、リュカ様はいつものように優しく苦笑した。
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