薄情者のフェアリーテイル
めの。
第8話
「……壮観ですね、リュカ様」
小高い丘は一面の花畑となっている。青水晶のような色は陽の光に透き通り、まるで地上のオーロラのように輝いていた。
「もう限界かな?」
「そうですね。そろそろ大合唱です」
近場とはいえ歩いてくるにはなかなかの距離があった。小さく抑えてはいるが、悲鳴を上げている私のおなかに気が付いたのだろう。リュカ様は空間魔法で敷布とお弁当を取り出してくれた。
「どの辺りで食べようか」
「あちらはいかがですか? 木陰もあって眺めも良さそうです」
私が指した木を見て、リュカ様は一瞬何か思い当たったような顔をしたが、
「……いや、あちらにしよう」
言葉と共にすぐに歩き出した。ここでも昔、何かあったのかもしれない。そして、それはリュカ様にとってあまり喜ばしいものではないのだろう。聞くべきか、否か。首もとで光っている加護の指輪に手をやり、問いかけは呑み込んで私も後に続く。
敷布を広げてお弁当箱の蓋を取る。詰められていたサンドイッチはひとつずつ中身が異なっているようで、クリス様の張り切りようが目に浮かんだ。お茶を入れ、準備が整ったところで祈りを捧げる。
「リュカ様とギルベアト様とモノクル様とリリアーヌ様とクリス様とデイジー様と……」
連なる名前は親愛の証。
「……私のために摘み取られた命と、食べられる喜びに感謝します」
祈りの手を合わせ手に変えて。
「いただきます」
サンドイッチは果実のジャムを挟んだ甘めのものから揚げた肉を挟んだ重めのものまでバラエティーに富んでいた。なかなかどれも甲乙つけ難い味で、気がつけばお弁当箱の中身は半分ほどになっていた。恐ろしい。
「しかし、随分と長くなったね」
お祈りの口上のことだろう。確かに、以前から考えると大分時間がかかっている。
「ええ。ギルベアト様も入れるようになりましたから」
「ギルベアトのせいだけじゃないだろうに」
言って、リュカ様は目を細めた。リュカ様のところへ来るまでの祈りとは違い、心の底から感謝ができる。長い口上は幸せを感じはすれど、決して苦ではない。
と、リュカ様が顔を変えた。
「どうされました?」
「……羊の腸の肉詰め」
そういえば、リュカ様は苦手だったっけ。渋い顔のリュカ様に断りを入れてありがたくいただく。
「なんで入れるかな……」
「身も心も強くあって欲しいのでしょう。それに、ゴロネズミの内臓に比べればとても美味しいものです」
「どんな味だったの?」
「羊の腸の肉詰めから肉を取って羽虫とヒルを詰め込んだような味です」
リュカ様が引いたことを確認してサンドイッチをついばむ。何日か食事抜きになった時に洋燈の火で炙って食べてみたが、さすがにあれは食べられたものではなかった。人間の体は極限までおなかが減ったとしても受け付けないものが存在するらしい。
「……食べ辛くなった」
「それはいけませんね。僭越ながらお手伝いいたしましょう」
「謀られたかな」
「淑女は謀なんてしませんよ」
淑女という言葉を疑問視しているリュカ様にはじっとりした視線を送っておく。そうして思いの外、私の分量が多かった食事も終わり、リュカ様が空間魔法で収納してくださっている間にじっくりと花を観察してみる。見たことのない花だが、花の形はメコノプシスに似ている。毒性もなさそうなので、持って帰って飾っても良いのかもしれない。
「摘んで帰るのかい?」
「はい。ギルベアト様とモノクル様に」
二人の姿を想像してか、リュカ様は苦笑した。
「モノクルはともかく、ギルベアトは……似合いそうにないな」
私も倣って想像をしてみたが、花よりは鎖付きの鉄球でも持った方が余程似合いそうだった。
「やめておきましょうか」
「いや、たまには落ち着いて花を愛でる大切さでも学んでもらおう」
嫌がる顔が容易に浮かぶ。
「そうですね。たまには戦いのことは忘れてゆっくりしていただきましょう」
花の香りは強くはないものの、嗅ぐと胸にすっと入り、晴れやかな気分にしてくれるような感じがした。
「預かるよ」
「ありがとうございます。ところでリュカ様」
この花も綺麗だが、当初の目的を忘れてはいけない。
「時巡りに必要な幻の花はどちらでしょう」
丘から森にまで続く一面の花の中からそれを見つけることはなかなか至難の技のように思える。確か、人里から離れたところにしか自生せず、日光や土に含まれる魔力量等の条件が揃わないと育たないはずだから、もっと森の奥まで入ったところにいかないとないのかもしれない。
「ここだよ」
空間魔法で収納しながら、花畑を指す。
「もう、ここは人里ではないからね」
風が吹き、花が揺れる。陽の光を含みながら波のように揺れ動くそれは、確かに幻のような光景だった。
「人が、いたんですね」
「そうだね」
頷いたリュカ様の瞳には、この光景は映っていないのだろう。
「情に厚く、陽気な人が多い村だったよ。祭りが盛んでね。一度目に訪れた時は丁度月祭りをしていて……巫女があの木に登って舞うんだ。さながら曲芸のようだったよ」
かつての仲間と、夜通し楽しんだのだろうか。細めた瞳からは愛しさが読み取れる。ただ、ここにはもうその気配はない。
「二度目に、一人残らず殺したからね」
三日、かかったそうだ。
親も子供も男も女も逃げる者も向かってくる者も助けを乞う者も近隣諸国からの援軍も近隣諸国自体もすべて残らず殺して、滅した。
痕跡すらも残さず消え去ったここには、今はその名が誤りとすら思えるほどの幻の花が一面に咲き誇っている。綺麗に。綺麗に。
「このあたりでは、仲間が一人、捕らえられて殺されてね。家畜の方が余程温情があるんじゃないかと思うくらい凄惨な死に様だったよ」
「ルネ様ですか」
「そうだね」
想い人のその姿は、リュカ様の瞳にどう映ったのだろう。何もできずにそれを見て、見続けて憎しみで埋め尽くされて。その感情を否定することは、誰にできるだろうか。
「切り刻まれた体が吊るされて、それを見て村人は皆笑っていたよ。陽気に。とても、楽しそうに酒を煽っていた」
一度目は歓迎され、二度目は惨殺の上に嘲笑されて。救いのない話に、自然と手を組んでいた。そのまま祈りを捧げる。
「祈りは、どちらに?」
惨殺された彼の仲間か、虐殺された村人か。
「私は、知り得るものにしか祈れません。ですので、リュカ様に」
祈っても、きっと何にもなりはしない。ただ、今私ができることといえばこのくらいだ。そんな私を見て、リュカ様は悲しげに微笑んだ。
「もう氷結魔法を使われますか?」
「ああ。予備も含めて五本くらい貰えるかな」
言われた本数分花を摘み、渡す。氷結させ、固定魔法を使い、空間魔法で収納する。流れるような魔力操作は、見事というしかなかった。
「それにしても変わった生態ですね。外側を氷漬けの状態にすることで魔石に変化するなんて」
「原種は寒冷地方の花だからね。自らを魔石に変えることで、鳥魔物に運ばせていたんだろう」
そういえば魔石を体内に取り込む魔物もいたはずだ。消化はされないので体外に排出され、氷漬けが解かれてこの地に根付いたということか。
「魔石になるまで三年はかかるから、気の長い話だけれどね」
「三年、ですか」
儀式に使用する魔石ができるまで、三年。
「三年」
風が吹く。私のものとしてすっかり定着したマントが風に揺れる。
「僕が君を殺すまで、あと三年だ」
彼の仲間と村人がいた地を青い波は静かに隠していく。まるで、最初からここには何もなかったかのように。
「では、その間に美味しいものをたくさん食べないといけませんね」
明確な期限が提示されたのは初めてだった。あと三年。三年か。
「そうだね。とりあえず途中の村で、焼き菓子でも買って帰ろうか」
「すごく種類がありましたね。全部戴けるなんて夢のようです」
「……全部?」
「ええ、棚を空にしても構いません」
金貨を確認し始めたリュカ様とともに、二人で帰路に着く。行きと同樣、楽しく、とても楽しく話しながら。
これは、なんということはない。リュカ様に私が殺されるだけの、ただそれだけの物語だ。
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