第7話-1

「静かですね」

「ギルベアトがいないからね」


 昨夜こそこそと準備をしていたギルベアト様だったが、案の定リュカ様にはバレてしまっていたらしい。今朝出掛ける際には視察隊の隊長であるかのように堂々と、そして意気揚々とモノクル様達とともに出発していった。クッキーのことさえ覚えていてくれれば何でも良いのだけれど。


「なんでああ物をなくすんでしょうね」

「私も毎回きつく注意しているのですが」

「今朝もリリーに怒られたと騒いではいたけどね」


 騒いだとしてもその場限りできっと忘れてしまうのだろう。クッキーが不安になってきた。夜の楽しみなのに。


「デザートのゼリーじゃ」

「ありがとうございます。デイジー様は今日出られなかったんですね」

「ギルベアトの馬鹿が代わりに出たでのう。全く本当にあの馬鹿は」


 なるほど。デイジー様の愚痴が始まる前に話を変えよう。


「今日の予定は?」

「午前中に魔力操作の勉強をして、午後は野外実習にしようかと」

「野外実習ですか……」


 前回はもう勘弁してくださいと泣きついてからも十回以上は魔力を放出してすっからかんになった記憶がある。あの日はさすがに晩御飯も食べられずに寝てしまったんだっけ。今日は適当なところで泣きつこうかな。バレるかな。バレそう。無理そう。ああ。


「昼過ぎには行商が来る予定だから、今日は控えめにしておいたらどうかな」


 リュカ様が助け舟を出してくれた。さすが元神様だ。器が違う。


「そうですわね。ではその時間は休憩にしましょう」

「あ、うん」


 助け舟は難破したらしい。こうなればクッキーどころではない。どうすれば夕飯が食べられる程度に練習量を抑えられるかを考えた方が良いだろう。


「リュカ様のためにも頑張りましょうね。マナ」

「そうですね」


 せめてもの仕返しにリュカ様にじっとりとした視線を送っておく。同じく視線で謝られた。全く気分は晴れないが行商が扱っているお菓子にでも期待しよう。

そうして、午前中は座学で魔力操作について学び、午後は野外でリリアーヌ様が放った魔力獣を追い回し、すべてを退治した後で例の魔力放出。早い段階から泣きついたものの。



「マナはやればできる子だって知っていますわ」



 と優しい顔で鬼のような言葉を吐かれ、結局また限界まで魔力を放出させられたのだった。ふらふらの体と働かない頭でなんとかサンドイッチだけぱくついたものの、その後すぐに倒れるように眠り込んでしまったらしい。目が覚めたのは次の日の昼だった。朝ごはんすら逃した。睡魔が憎い。



 ギルベアト様を含む視察隊が一人を除いて全滅したという話を聞いたのは、その夜のことだった。

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