第3話-1

「と、まあギルベアト様がポロポロと零された内容からそんなところかなと」

「……ギルベアトは本当にどうしようもないね」


 そのどうしようもないギルベアト様がリュカ様について思うままに情報を漏らしてくださったお蔭で、時間を取っていただくまでもなく相当話の整理ができてしまった。リュカ様が元勇者で元神様で現魔王というややこしい肩書を持っていた理由。


「話をする相手は選んだ方が良いかと思いますよ」

「僕もそれは痛感してる」


 額に手を当て溜息を漏らすリュカ様には気の毒だが、事実である。


「悪い奴じゃないんだけどね」

「確かに、気は悪くなさそうです」

「気分以外にも良いところはあるんだよ、多分」


 フォローも及び腰になっている時点で信頼度が伺えるが、まあそれはそれだ。


「他に聞きたいことは……なさそうかな」

「そうですね。聞いても聞かなくても私のやることに変わりはありませんし」


 時巡りのリティスを発動させる。単純明快、ただそれだけだ。


「明日にはリリアーヌ……女性型の魔物なんだけど。彼女が戻ってきて、君のお世話係をさせてもらうことになっているから。魔力を高めたり時巡りの術式を学んだりするのはそれからかな」

「分かりました」


 あっさりと終わった話にお互い拍子抜けしてしまったが、これもすべてギルベアト様のせいである。私は悪くない。



「逃げ出したく、ならない?」



私が部屋を出る直前。不意に、リュカ様が口を開いた。


「なりませんよ。特に生きる目標なんていうものもありませんし、食事さえ与えていただければ」


 背を向けた先で、リュカ様はどんな表情を浮かべているのだろう。人を救う、優しい元勇者だったリュカ様は。


「明日の朝食も楽しみにしています。おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」


 リュカ様の部屋を出て長い廊下を歩き、広間を通り自分の部屋に戻ろうとすると。


「お、ちび助」

「うわ、ギルベアト様」


 うわ、とはなんだと言いたげだが、それは腹にしまったらしいギルベアト様と出会った。


「良いところにいたな。付き合え」

「申し訳ありません。この時間に眠らないと起きられない体質なのです」

「そうか。夜食を貰いにクリスのところへ行くんだけど」

「お腹が空いていては眠れませんね。同行させていただきましょう」


 日に日に良い性格になってないか、と気分のよろしいギルベアト様に言われる。ギルベアト様と一緒なのは不本意だが仕方がない。美味しい夜食が私を待っているのだ。


「おや、珍しい組み合わせですね」

「さっき拾った」

「夜食があると聞いて馳せ参じました」


 クリス様は笑って厨房へ入れてくれた。調理台がテーブル代わりとなっており、美味しそうな料理が並んでいる。夜食というから軽いものかと思いきや肉料理もしっかりとあってなかなかお腹に溜まりそうだ。こちらもそのボリュームに負けてはいられない。


「そういやリュカとなんか話してたのか」


 料理を口に運びながらギルベアト様に聞かれた。まあ、これくらいは話しても問題ないだろう。ギルベアト様自身が情報源だし。


「ええ。リュカ様の昔話を」

「ああ、元勇者だった時の話とかか」

「ギルベアト様から聞いていたお蔭でそんなに話すことはありませんでしたが」

「俺のお蔭か、悪くはねぇな」

「得意げになって良いところかは知りませんよ」


 なんとなく察したのか、クリス様は苦笑する。ギルベアト様はその言葉に不思議そうな顔をしているが、せっかくの良い気分を否定することもないだろう。黙って料理を口に運ぶ。海老が入っているのでモノクル様が喜びそうだ。もし余れば明日また貰って、これと引き換えにモノクル様を撫でさせてもらおう。もふもふ。


「元勇者時代のリュカ様とも手合せ願いたかったものですね」

「クリスは魔王になってからしか知らねぇもんな」

「クリス様もリュカ様と戦われたのですか?」

「戦いと言えるほどのものではありませんでしたよ」


 聞けば、現料理長のクリス様は私と同じ人間でありながら、圧倒的な力を持ったリュカ様に心酔し、戦いの最中にひれ伏し、末席にでも名を連ねさせてほしいと懇願したのだとか。人間をよく徴用したものだと思ったが。


「だって、連れて行ってくれないのなら今死ぬから傀儡兵としてでも使ってくれって腹を切り出すんだよ。怖いよ」


 と、後日リュカ様が眉を顰めながら語ってくれた内容で納得した。いきなりそれは確かに怖かっただろう。


「幻惑のリティスを使う元人間の英雄も今では俺の夜食係だしな」

「貴方のではありませんけどねぇ、ギルベアト」

「そうですね、クリス様も仕える先は……元人間の英雄?」


 なんでも、かつての英雄が使っていた剣を授けられるほどには強く、近隣に名を轟かせてもいたのだとか。相変わらず貴重な情報を底抜けにばら蒔いてくれる方だ。


「それが今では料理長だもんな」

「まあ、私が前線に立つと話がややこしくなりますからねぇ」


 人間の英雄が魔王に屈して魔王側になったということ自体も面倒だし、第二第三のクリス様みたいな人間が出てきたとしてもリュカ様も対応に困るだろう。料理もお上手で私もお世話になっている。結果的に良い落としどころだったのかもしれない。


「今もリュカ様とはたまに手合せいただいているので、何かあれば出るつもりですけどね」

「まあ俺がいるからな」

「それはクリス様もご不安でしょう」

「そうなんですよ」

「おい」


 お二人のうちどちらが強いのかは知らないが、とりあえずこの調理台の上で一番の強さを誇ったのは私だったらしい。お二人が手を止めて感心するほどの量を食べて小腹を満たし、満足して眠りについた。



 明日の朝食も楽しみだ。



   *   *   *




「あらあらあらはじめまして! とても可愛らしくて可憐ね。リュカ様から娘のように可愛がってよいと聞いていたけれど本当に可愛がりたくなるわ。素敵! とりあえずこの洋服から着てみましょうか、さあどうぞどうぞ」


 と、慄く私を部屋へ放り込み、日が傾くまで服を着せて脱がして選び、髪を整えアクセサリーを付けて、あれも似合うこれも素敵とやたらと褒められ、月が出る頃にリリアーヌ様特製の小奇麗な私が完成した。

 ここへ来てからは私自身無頓着であったし、リュカ様達もこちらの方面は得意ではなかったので、伸びた髪もそのままに与えられた一張羅をありがたく着させていただいていたが、リリアーヌ様にはそれが許せないことであったらしい。視察から帰って早々、幼くても淑女の扱いを心得よ、とリュカ様たちを叱り、今の私が出来上がったわけだ。ふむ、我がことながら変わるものだ。


「見てくださいませリュカ様! マナとても可愛いでしょう!」

「うん、そうなんだけど……。リリー、魔力の鍛錬は?」

「明日にいたしましょう」

「……うん」


 なんだか、魔王様が部下に大したこともない用件で丸め込まれているのを見た気がする。


「リュカ様」

「……そんな目で見ないでくれ」


 視線で問いかければ、目を伏せられた。深追いはしないことにしよう。


「リュカ様、着飾った女性を前にその態度もいただけません」

「ごめん、ええと……似合ってるよ」


 多分本当に不得手なんだろうなということがひしひしと伝わってきた。このあたりで勘弁してあげてほしいものだ。助け舟として話題を変える。


「リリアーヌ様は視察ということでしたが、どのようなことをされているんですか?」


 その言葉に、今度はリリアーヌ様がリュカ様に助けを求める。機密的なことだっただろうか。


「リリーやギルベアトには、たまに外の様子を見に行ってもらっているんだ。この城に向かってくるものがいればまずいし、魔王の存在を忘れて戦争してもらっても困るからね。適度に殺して、適度に畏怖を与えているんだよ」

「時巡りの邪魔をされないようにですか?」

「そうだね、ここは大事な拠点だから」


 確か、ギルベアト様が地下に祭壇があると言っていた。その場所が失われるのは不味いだろう。私も、せっかく得た住居を失いたくはない。と、思っているとおなかが悲鳴を上げた。抑えていたが限界のようだ。


「食事にしようか」

「賛同させていただきます」

「では、私もご一緒させてくださいませ」


 何やら話があるようで、リュカ様とリリアーヌ様が先を並んで歩かれる。リリアーヌ様は戻ってきてからリュカ様に割合と言いたい放題していたが、この態度、この距離の近さを鑑みるにそういうことか。と思ったものの、そのお相手であるリュカ様はまるで気付いてはいらっしゃらないのであろう。


 そちらも不得手そうだ。




 という私の読みは、なんとなく当たっていた。



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