極致転移-無い無い尽くしの異世界でモフモフたちとスローライフ……できない-

白雲八鈴

第1話 空を見上げると月が二つあった

「勇者様方。よくぞランフェルト聖王国の召喚に応じてくれた」


 よく通る声が、大きな空間に響き渡る。

荘厳さに満ちた建物の中は緊張感に満ちていた。円状に多くの人が集まり、円の中心に視線を向け、固唾を呑んでいる。


 その中心には五人の男女が呆然と床に座り込んでいた。


「勇者?」


 そのうちの一人がそう呟いた。

 すると固唾を呑んでいた周りの者達から歓声が沸き起こる。次々に成功を喜ぶ声が聞こえたのだ。


 中心にいる五人もまた喜びを顕にしていた。

「まさか本当に?」

「女神様が言っていたとおりだ」

「俺Tueeeeできるんだよな!」

「やったー! 家に帰らなくていい」

「確か魔王を倒せって言われたよな」


 そう口々に異世界に来たことに対して希望を持っている。その一方で絶望の淵に立たされた者もいた。




 勇者召喚が行われたランフェルト聖王国の辺境の地に、その者はいた。その者の現状といえば、春の暖かな日差しの中、地面に伏していた。


 黒いスーツを身にまとい、後ろで一つに結った黒髪でさえ地面についてしまっている。


 その目の前には、この世の終わりかと言わんばかりに項垂れている二足で立っている猫と、放心状態で心ここにあらずの銀色の犬がいる。

 猫の方は人の子供ぐらいの大きさだが、犬に至っては象よりも大きいように見える。


 その獣たちの前で、一人の女性が土下座をしているのだ。


 女性が突然、顔を上げて叫びだす。


「確かに私が悪いのだけど! 一番悪いのは何も無い草原に召喚した人なんだからね! 好きでこの世界に来たわけじゃないの! だから絶対に元の世界に帰ってやるんだから!!」


 春の淡い青い色の空に響き渡る声。


 そう、召喚された者は全部で六人。一人だけ別の場所に召喚された意味とは何か。


 少し時間を戻してみよう。五人の召喚者が女神という者に出会っていた時間。

 女性はこの世界の地を踏みしめていたのだった。










 今、私は途方に暮れている。


 終電の電車に乗って、家の近くの最寄りの駅で下りた。そして、夕食と言う名の夜食とビールとツマミ。翌朝の朝食のパンと缶コーヒー。仕事をしながら昼食がとれるように、おにぎり二個とお茶と水をコンビニで買って、家に帰っている途中だった。


 そう、途中だったのだ。しかし突然、足元の地面が無くなった感覚に陥いった。地面に膝をつけば、そこはアスファルトではなく、土と石が入り混じった地面であり、草が生えている。顔を上げれば空に月が二つあった。


 それは私の知らない空だった。


「え? なにこれ? 私、疲れすぎ? 明日は企画会議なのだけど、帰れるよね」


 明日は重要な会議がある。いや今日と言い換えよう。

 終電は日付を跨いでおり、すでに翌日になっている。それも会議は十四時からなので、昼ご飯を食べながら、見直し作業をするつもりだった。

 だからこそのおにぎりと、会議室に持ち込む水を既に買っているのだ。


 月が二つに見えてしまうほど疲れているらしい。それもいつもの駅で降りて、いつものコンビニでご飯を買って、帰っていると思っていたのに、全く知らない駅でおりてしまったらしい。


「そんなわけないし! コンビニはいつもの店長だったし!」


 この時間にコンビニに行くと、いつも店長がレジを通してくれる。だから、私がこんな何も無い草原で突っ立っていることがおかしいのだ。


「ここはどこ!」


 叫んでみても、誰も返事はしてくれない。

 しかも、私のお腹も同時に叫び声を上げている。


「晩ごはんぐらい食べる時間ぐらい欲しい! なに? 明日の企画会議の資料がまだできていないって! それも言ってきたのが十八時! 私が帰ろうとしていたときを狙っていたよね! 絶対に! 自分一人でできるって言ったのは誰! 君だよね! なぜ、私が明日の資料を仕事が終わってから作らないといけないわけ? それも入院している母親のお見舞いに行くって言いながら、会社を出るときに営業の新人と手を繋いで退社しているの窓から見えているんだよ! 私のこと絶対に馬鹿にしているよね! はぁはぁはぁはぁ」


 愚痴を言っても、私のこの状況は何も変化は見られなかった。顔を上げれば、二つになった月が浮かんでいる。

 はぁ、駄目だ。空腹過ぎてイライラしか沸き起こってこない。


「お弁当を食べよう」


 取り敢えず、お腹を満たさないと、何も考えられない。


 私はコンビニの袋から『のり弁当』を取り出す。別にのり弁当が好きというわけではなく、100円引きになっていたから買ったのだ。こういう節約は必要だ。ただでさえ外食が多く、食費がかさんでいるのだから。

 いや、自炊なんて何年もしていない。


 冷たいご飯を口に運ぶ。


「はぁ、コンビニで温めてもらえばよかった」


 家に戻ってレンチンするからいいと思って、温めはしなかったのだ。いや、まさか家に帰るのに迷子になるとは思わないじゃないか。


 ……あ! スマホで現在地を確認すればいいじゃない?


 お腹が空いていると、こんなことも思いつかなくなる。空腹は敵だ。満腹も睡魔が襲ってくるから敵だけど。


 スーツのポケットから、スマホを取り出す。さっきコンビニで電子決済したから、使えることは確認できている。


 が、電波状況が『圏外』!


 このご時世に圏外って、どれほど山奥に私はいるのだ! ってことはだ。この近くに民家がない可能性がある。


 いや、うすうすは気がついている。現実をそろそろ認めなければならないのかもしれない。


 ここが日本でもなければ、地球でもないことに。


「月が二つって! 嫌がらせすぎる! 一つならまだ希望が持てたっていうのに! ……はぁ、取り敢えず食べよう」


 脳に栄養素は必要だ。これからどうするか考えなければならないのだから。


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