第18話 剣と盾の看板って飲み屋なの?

 街への入口で門番と思われる人に話かけられた。だけど、何を言っているのかわからなかったので、対応はクロムに任せた。クロムは首から何かを出して見せて、金属のコインをいくつか支払っていた。


 そう言えば、お金の価値を聞いていないな。あとで聞こう。


 門をくぐると、街は活気に溢れていた。門の直ぐ側は、山の壁があって日陰になっているけど、その先には日が差していて、露天みたいなものが見える。


 人が行き交い、露天から声があげられていた。 


「すごっ! 山をくり抜いているの?」


 そう、日が差しているということは、その先は日を遮る山はないということだ。


「くり抜いているというか、魔法で削ったんだろうな」

「魔法、すごっ!」

「そろそろ喋るな。話すなら、小声で話せ」

「わかったよ」


 人語以外を話すのは危険らしい。人は弱いから仲間意識が強いと。

 いや。これほどの山を削るのに弱いってないよね。


 そう思いながら、口をつぐんだ私は活気ある街の中に入って行った。


 凄く美味しそうなパンの焼いた匂い。露天に広げられている色とりどりの布地。あっ! 帽子もある!


「ちっ!」


 クロムから舌打ちが聞こえてきて、キョロキョロするのをやめて前を向く。

 パンを食べたいというのは我慢した。


 取り敢えず、最初に換金所に行くらしい。買い物はそれからだと言われていたと思い出す。


 だけど、私のお腹は正直だった。ぐーと叫び声を上げる。お昼だ仕方がない。あれだけ歩いたらお腹は空く。空くのだ!


 私はチラチラとクロムに視線を送る。

 パン食べたい。パン食べたい。パン食べたい。


「はぁ。視線が鬱陶しい。どれだ?」


 凄くため息を吐いているクロムに、いい匂いがしているところに向かって指を差す。


「『Χлебмясо』か。」


 聞き取れない言葉が聞こえて、そちらに向かって行くクロム。そこは一軒の店だった。石の壁の建物に大きな窓があり、そこで商品を売買しているようだ。


 店の人と何かを話して、クロムは茶色い紙に包まれたものを受け取った。

 そう言えばどういうものか聞いていなかった。いや話すなといわれたから聞けなかったのだけど。


 クロムから受け取って茶色い紙の包を開けると、丸い白いパンっぽいものだった。


 そう! こういうのを食べたかった!


 私はぱくりと齧り付く。


 腕を掴まれて強制的に歩かされている私の足が止まった。


 言うのであれば薄いパン生地の中に切り込みをいれて、肉と野菜を入れたというものだけど……肉が臭い! 今まで食べてきた肉の中で一番臭い! 肉が硬い!

 そして、それを隠そうとしているのか塩をいっぱいふりかけている。


 違う! そうじゃない!

 先に肉の臭さを取り除いてよ!


「クロムが焼いてくれた、素朴な味のお肉の方が美味しい」


 私は涙目で、口の中に突っ込む。そして、飲み込んだ。


 味わったら駄目なやつだ。鼻で息をしてもアウトだ。これを食べきるためには、飲み込むしかなかった。


 すると足元に何かが当たりだす。何かと思い後ろをみると、クロムの灰色の尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 あ、私が褒めたのが嬉しかったということかな?




 クロムは一つの建物に私を連れてきた。看板があったけど文字がやはり読めない。だけど、剣と盾に見える絵が描かれていたから、武器屋だと思ったら飲み屋だった。


 剣と盾に見えたけど、あれば酒とつまみの絵だったのだろうか?


 中には昼間から丸テーブルを囲って幾人かのグループの酔っぱらいが出来上がっていた。


 働けよ。どうみても成人しているおっさんじゃない。


 そしてクロムは無言のまま一番奥のカウンターテーブルまで行き、そのカウンターテーブルの奥にいる綺麗な銀髪の女性に声をかけている。


 もしかして、このバーテンダーのお姉さんが、ここにいる人たちの目当てだと言わないよね。


 クロムは手のひら大の革袋を取り出して、女性に差し出した。すると怪訝な表情をした女性はカウンターの下からトレイを出してきて、中身をそこに出す。


 出てきたのはダチョウの卵の殻だった。間違えた竜騎が出てきた卵の殻だった。


 それを見た女性は顔色を真っ青に変えて、トレイを持って更に奥の扉に消えていく。


 これは中から出てきたのが、まさかの卵の殻という絶望っていう感じ?

 でも鱗を出さなかったんだ。女性からすれば鱗の方がよかったんじゃないのかな?


 あれ? いつの間にか後ろが騒いでいたのに静かになった。気になって後ろを見ようと首を動かしかけたところで、クロムから頭を押さえられた。


 はい。キョロキョロしません。


 少し待つと、女性が戻って来た。クロムが渡した革袋の何倍も大きなものをカウンターテーブルに置く。


 クロムが革袋の中身を確認しているのを横から覗くと、金色のコインが両手に抱えるほどの革袋にいっぱい入っている。


「ドラゴンのた……いっ」


 私がドラゴンの卵の殻って大金になるんだって言おうとしたら、隣から頭を叩かれた。


 そして革袋をしまったクロムは、私の腕を引っ張って足早に飲み屋を後にした。振り返って看板をみたら、どうみても剣と盾にみえるのだけど、異世界では換金できる飲み屋だと覚えておこう。




「お前馬鹿だろう!」


 建物と建物の間の路地に連れて行かれた私は、早々にクロムから怒られた。


「え? 小声で言ったから問題ないよね」

「ドラゴンは共通語だ。あんなところで言えばドラゴンの素材を売ったことがバレるだろうが!」


 どうやらドラゴンは人の言葉でも『ドラゴン』らしい。異世界の謎が深まった瞬間でもあったけど、クロムの馬鹿攻撃は、五分ぐらい続いた。


 いや、それならドラゴンが共通の言葉だと言っておいてほしい。


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