第9話 腰蓑オンリー!……そうじゃなくて

「私、もう耐えられない!」


 夜が明けて、太陽が三つとも山の峰から顔を出し、草原を照らし始めた。


 叫ぶ私に毛むくじゃらの顔だけれども、朝から何を叫んでいるのかという感じがありありと見て取れるクロムと銀太。


「朝から何を叫んでいるんだ? 水が欲しいと言ったから、変わった水入れに水を入れてやっただろう?」


 飲水の確保はクロムが精霊術というので、水の精霊からのありがたい水を、ペットボトルに入れてくれた。これで飲水でお腹を壊す心配はなくなった。


 それもそうなんだけど!


「もう四日も着替えていない! お風呂にも入っていない!」

「まぁ、そうだろうな。旅に出るとそんなの普通だろう!」


 私は旅に出るつもりもなかったし、そもそも旅に行っても旅館やホテルに泊まるのが当たり前だと思っていた。だから、野宿四日目の想定もしていなければ、この状況を受け入れることまでしたくない。

 着替えたい! お風呂に入りたい!

 そのためには……


「だから人の街に行きたい!」

「やめろ!」

「ワフっ!」


 クロムから否定されることは覚悟していたけど、銀太まで否定される私ってなに?


「ああ……服が欲しいなら、カリンが叫べば持ってきてくれるヤツがいるかもしれないぞ」

「それはないでしょ」


 いや、ちょっと待って……今までの流れから行けば、その可能性もある。

 私が喉が渇いたと言えば水が湧き出て、お腹が空いたと言えば食べ物が貢がれた。

 そして、今朝もそうだけど、化粧水が欲しいと言えば、どこからともなくしっとりとした水が顔に掛かってきた。


 いけるかもしれない!


「ふ……服が欲しいな」


 大声で叫ぶのは、何だか心情的に恥ずかしいので、小声で言ってみる。


 ………………しばし待つと、ガサガサっという音と共に、地響きが鳴り響いてきた。


 辺りを見渡すと、巨大な鳥を地面に叩き落とし、私に果物を貢いでくれた大きな木が向かってきている。


 今思うと、木が動くって凄く気味が悪い。きっと異界の木は自分で移動するのが普通なのだろう。


「あれ、ツタに捕まると養分を吸い取られるっていう肉食の木だな」

「何! その怖い名前の木! もっといい名前なかったの!」

「人語では3лое деревоだな」

「だから聞き取れないんだよ。もう少しゆっくりと、赤子に言うぐらいの速度で言って欲しい」


 発音が良すぎて聞き取れないよ。


 そんなことを言っていると、養分を吸い取るというツタが伸ばされてきた。その先には何かがある。これを私にくれるようだ。


 受け取ると、これ以上は居たくないと言わんばかりに、凄い速度で帰っていった。


 どちらかと言うと、ツタから養分を吸い取る木の方が恐ろしいと思う。

 そんな木から貢がれた物を広げてみる。


 うん。これは見たことあるよ。見たことあるけど……


「フラダンスの腰蓑オンリー! それも何かの植物の腰蓑! せめて布地なら上にあげてワンピース風になったのに! 蓑!」

「貢がれた物に文句を言うなよ」

「私は文明的な物が着たい!」

「それも文明的だぞ」


 そうクロムから言われ、腰蓑を握りしめながら項垂れる。


「人の手が入った服が欲しいです。クロムが着ているような……あれ? ケットシーの国に行けば手に入るんじゃない?」


 そこに国の入口があるって言うし。


「やめろ! 普通のケットシー族は俺ほど強くねぇ。それにカリンが着るような大きさの服はねぇよ」


 ……言われてみればクロムは子どもぐらいの大きさしかない。例えて言うなら小学生の低中学年ほどだ。 

 流石にその大きさの服は私には着れない。


 やっぱり人の街に行くしかない。そしてお風呂に入りたい!


「グジグジ言ってないで、メシを食え。普通はこんな高級な肉は食えねぇぞ」


 そして昨日食べた肉より白っぽい焼いただけの肉を出された。それも葉っぱの皿に乗せられている。


 あれ? 昨日は葉っぱの皿なんてなかった。それに周りには大きな木はない。見渡す限り草原で、遠くに山がある。

 あっ! そうか!


「この葉っぱ。山まで行って採ってきてくれたの?」


 銀太がいれば、それぐらいの距離はすぐに往復できるはず。


「何を言っているんだ? さっきの肉食の木の葉っぱだ」


……え? 腰蓑をくれた巨大な動く木の?


「ほら、慌てて戻っていったから、葉っぱを落としているだろう?」


 クロムが指す草原の草の上には、私の手にある葉っぱと全く同じ物が落ちている。それほど慌てて帰らなくてもいいのに……


「この葉は香りがいいから、夕食はこの葉に肉を包んで焼こう」


 クロムは嬉しそうに言っているけど、食べた白い肉は、パサパサしたササミの肉っぽかった。臭みはなかったけど、塩味ぐらい欲しい。


 これが高級肉? 普通の鶏の肉の方が美味しいと私は感じてしまった。いや、空腹はしのげているのだから文句は言っては駄目だ。


「お! 泣くほど美味いか! そうだろう! そうだろう!」

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